2章
第10話 吸血鬼の住処
◆
それから、3日の時が過ぎた。
アネットの体調は安定してきて、外で歩けるくらいにはなった。
今は、ヘザーさんやドミニクさんの元で家事を学んでいる。
一方の俺は、姉さんに付き合ってもらい、闇の使い方や戦い方を学んでいた。
今回みたく、急に吸血鬼としての力を求められないとも限らないから、ということらしい。
俺としてもそうなったときにアネットを守らなければならないから、ありがたい限りだ。
そうやって過ごしているとき、姉さんからひとつ注意された。
「ベル、お前はそろそろ血を吸わなければならないが、分かっているか?」
「1週間で禁断症状だっけ」
「そうだ。アネットはまだ体調が万全ではないだろう。ヘザーからもらえ」
そのことをヘザーに伝えに行くと、「しょうがないか」と言われて二の腕を差し出された。何がしょうがないのだろう。
「私たちの運命は、バレるかバレないかで決まるわ。だから、服できちんと隠せるところを噛まないとダメ。例えば二の腕。その後の処置は私からアネットに教えることだけど、とりあえずベル様、血を吸う以外に歯は使わないのだから、きちんと歯は磨いた方がいいわ」
歯を磨き、牙は常にしまっておくこと。そうして清潔にしておいた方が、眷属のためになるようだ。人によっては、太ももや脇腹を噛む人もいるらしい。
そして、ここで初めて牙の使い方を知った。牙に意識を向けると、牙から血が吸えるようになっている。漏れ出た血を舐め取ると、味も分かる。人間の血の味は覚えておかないと、天上人との違いが分からないと思ったから、一応確認した。おいしい。
「アネット、ごめんね。初めてをもらっちゃって」
「あ、いえ。大丈夫ですから!」
牙を抜いて、いつの間にか来ていたアネットの方を見ると、髪が違和感のない程度に短くなっていることに気付いた。後ろを三つ編みで編み込んでいたのが、三つ編みを垂らす感じになっている。ドレスは、姉さんのお下がりか、黒いドレスになっていた。
「アネット、髪短くなった?」
「はい、切って売ったんです。売れるんですよ、髪って」
「そうなのか。そういえば、お金ってどうしてるんですか?」
「エニア様が、吸血鬼の組合から出される仕事をこなして、貰っていますわ。それでやりくりを行っております。眷属の数が増えるようなことがあれば、出稼ぎに出ることも可能かと」
「でも、眷属が増えたら増えたで、お金の使い道も増えそうだな。俺も稼げた方が良さそうだ」
「それはまだ先になりそうですけれど、楽しみにしていますわ」
吸血鬼は吸血鬼で、金銭管理や秩序の面でも社会の仕組みがあるはずだ。闇も、そこまではまだ早いと考えたのか、まだ教わっていない。姉さんからも、まだ教えてもらえなさそうだ。
俺を少し信用しすぎだと思う。何も知らないうちから過度に動き回る気は確かにないが。
逆に言えば、それを後回しにするほど、天上人とのトラブルの方が多いのかもしれない。それなら、鍛えるのが優先になるのは頷ける。能力や天上人との関係性を教えてもらうのが、実際に先に行われたし。
そうやって考えていると、今度はノックの音に気づけた。姉さんが中に入ってくる。
「ベル--と、なんだ、アネットもいたのか。それなら一緒に伝えよう」
「? 私にも何かあるのですか?」
「ああ」
そう言って、一通の手紙を見せてくれる。
「ベルと私に、吸血鬼の組合から呼び出しがきたんだ。いい機会だから、一緒に来ないかと思ってな」
「行く!」「行きます!」
我ながら、早すぎる二つ返事で質問に答えた。
◆
「地下?」
「ああ。この横穴が入り口だ」
数日歩いて、人気のないところにある横穴へ辿り着いた。そこを辿っていくと、やがて照明として松明が等間隔で置かれているゾーンまで来た。更に下っていく。
すると、大きな--いや、大きすぎる空間に出た。角の丸い直方体のようなこの空間には無数の横穴がある。階層もあるようで、1階はそのまま地続きになっており、2階と3階はキノコ状の足場と吊り橋によって行き来を確保されているようだ。
「ここだ。ここに吸血鬼の組合がある」
「ここに住んでいる人って、みんな吸血鬼なの?」
「いや、眷属もいるぞ。共同生活場兼組合と言った方がいいか」
「……凄い」
「本当に、どこからお金が出てるんだ」
「人間と同じように働いている吸血鬼は多い。そして人間が生活していく上でかかる費用が、吸血鬼はほとんどかからないから、稼いだお金のほぼ全額を眷属や他の仲間のために使えるんだ。だから、自分たちで稼いでこういった組合や眷属にお金を当てている。お互い支え合っている訳だ」
姉さんは、優しい笑顔を浮かべながら言う。
「闇は実際に、どうやって吸血鬼たちが自分たちの生活を運営しているかまでは知らないだろうから、お前に知識として吹き込まれてはいまい。新鮮か?」
「新鮮だよ。まさか、こうなっているなんて」
「案内してやりたいところだが、今日は、私の用事の付き添いだからな。少し、仕事の話に付き合ってもらうことになる。ベル、アネット、いいか?」
「いいよ」「構いません」
2階中央、比較的大きな扉の前まで、3人でやってきた。
「バンバック、いるか?」
「お。来たね、エニア殿。後ろの2人は?」
「私の弟のベルと、その眷属のアネットだ」
「おお、そちらが弟か。初めまして、バンバックです」
俺とアネットを一目見てから、握手を求められたので、握手で応じる。
バンバックと呼ばれた人物は、基本洞窟暮らしだからなのか、外見はあまり気にしていなさそうだった。ボサボサの黒髪にある程度黒髭を生やしている。グレーのコートにズボンといった出で立ちだった。
会議でもするつもりの場所なのか、丸テーブルを囲うように椅子が並んでいる。
「まあ、座りなよ。用件は纏まってるからさ」
バンバックは隣の椅子をトントンと叩いた。エニアはそこに座り、俺とアネットもそれに習う形で隣に順に座る。
「さて、エニア。実は今回は、お前だけでなく、ベル君にもお願いしたいことがある。だから、ベル君のことも連れてきてもらった」
「そのことを聞きたかった。どういうことだ?」
「今、吸血鬼は人手が足りない。働き手も不足、戦闘要員も不足。そこで、どうか吸血鬼と人間のためにも、ベル君にも協力をお願いしたいのだ。どうだろうか」
誠実さが姿勢で見て取れた。ちょうど、稼ぐために何かできることがあれば、とも思っていたところだし、渡りに船だ。
「分かりました。何ができますか?」
「おい、ベル--」
「姉さん、俺だって吸血鬼だ。役に立てることがあるなら役に立ちたい」
「--まだ早い気はするのだが。むぅ」
言い負けてくれた、というところだろうか。言いたいことが多くありそうだったが、姉さんとしても俺を閉じ込めたい訳ではないのだろう。ありがとう。
「恩に着るよ、ベル君。では、仕事の詳細を話させてもらう」
そう言って、姉さんの方を見る。
「まず、エニア。君はここから南にある浮島に行ってくれ。吸血鬼の一部が襲撃を受けた。浮島にいる天上人を、可能なら全滅させ連絡。不可なら相手の情報を持ち帰って、必ず退却してくれ」
「浮島って、天上人が住んでいる島のことだよな。1人で行くのか?」
「そうだ。エニアなら、1人で行けるはずだ」
強い信頼があるのだろう。バンバックはそう言い切った。
「そして、ベルはロンバルドンという都市に向かってくれ」
「ロンバルドン?」
「そこでは数十年程前に、万博という催しが行われた。それ以降、もう20世紀になろうというのに、未だに天上人がロンバルドンに目を付けて水面下で活動をしているようなのだ。人が集まる地になっているからだろう。その活動を暴き、天上人の狙いを探ることが、君の仕事だ」
流石に、狙いを探るという方面の仕事のようだ。戦闘が必要ならやってくれという感じだろうか。
「分かった。けれど、どうやって?」
「ロンバルドンで、君は私立探偵として暮らすんだ。当然、吸血鬼だとバレてはならない。忘れないで欲しい」
「私立探偵として、ということは、普通に仕事もしながら暮らすということですか?」
「その通り。協力者も付く。君には、リリィを付ける」
「リリィ?」
「あいつか」
ここで、姉さんが割って入った。知っている風だったので、聞いてみる。
「姉さん、知っているの?」
「お前とは別口だが、闇の扱いではかなり上澄みの吸血鬼だ。良い刺激になるかもしれないな」
そんなとき、外から怒声が聞こえてきた。
「エニア! ここにいたか!」
「ジェイフォード?」
ジェイフォードと呼ばれた、赤髪で巨漢の大男が、ドシドシと入ってくる。
そこに割って入るように、姉さんが止めにかかる。
「何をしに来た。わざわざ私を探していたようだが」
「そりゃもちろん、王の座について話すためだ」
「何?」
「お前はもう願いを叶えてもらったんだろう? なら、もう王の座はいらねぇんじゃねぇか? 俺に譲ってくれよ」
「何を言い出すかと思えば」
姉さんがジェイフォードを鼻で笑った。
「私が長い間鍛える中で、そのことを一度でも考えなかったとでも思っているのか?」
「何だと?」
「私は王になるよ、ジェイフォード。お前のように過激な思想を持つ奴に王を譲る気はない」
「過激だと!? 俺たち吸血鬼が、天上人や人間に、良いようにされていいってのか!」
「訂正しろ。人間は私たちが守るべき相手だ」
「--ッ!」
この、分からず屋が! とでも言いたげな表情になった。
「後悔するなよ!」
そう捨て台詞を残して、来た道を戻っていった。
「姉さん、今の人は?」
「ジェイフォードは、王の座と願いを得る戦いで、私に負けた男だ。加えて、吸血鬼一強の時代を夢見ている」
「吸血鬼一強ってことは、天上人だけじゃなくて、人間も?」
「その通りだ。人間も虐げる世を作るために、あいつは王になるつもりなんだよ。今でも諦めてないようだな」
「嫌な奴だってことは、よく分かったよ」
姉さんは、バンバックの元に戻る。
「バンバック、すまない。騒がせた」
「お前のせいではない。気にするな。皆もあいつにはほとほと困っている。この後はどうするつもりだ?」
「旧友に挨拶したり、ベルを連れて行きたい場所があったり、少しここで過ごした後に帰るよ」
「分かった。数日中には、エニア、君に案内役を送ろう。ベルにはリリィと合流するために必要な情報を送るつもりだ。二人とも、家に戻って居てくれ」
「ああ」「分かりました」
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