第9話 眷属


  ◆



 目が覚めると、見知らぬ場所にいた。ここはどこなのでしょう?


「目が覚めましたか?」


 見ると、メイドさんがそこにいた。短めの茶髪と、清潔そうな外見。しっかりしたメイドさんなんだろうなぁと、一目で分かった。


「その、申し訳ありません。ここはどこなのでしょう?」


「ここは、貴方を助けられた吸血鬼のお城ですよ。思い出されるまで、少し時間がかかるかもしれませんが」


 そう言われて、思い出そうとしてみる。まだ、記憶が曖昧になっていた。お茶を用意して下さっていたらしく、入れて頂けたので、それを飲む。眠気が、少し晴れた。


「……思い出してきました。それでは、貴方様は、眷属なのですか?」


「はい。エニア様の眷属のヘザーと申します」


 それを聞いて、息を飲んでしまう。


「えっと、私の前に姿を出して大丈夫ですか? 眷属は--」


「眷属だと発覚した時点で、吸血鬼と同等の扱いを受けることになりますね。社会的地位を失うことはもちろん、二度と街へは入れてくれなくなるでしょう。馬車の御者間でのブラックリストにも載るでしょう」


 そこまで言って、にっこりと微笑んだ。

 

「安心していますよ。何故なら、エニア様が連れて帰る判断をなさったのですから」


 エニア、というのは助けて下さった女性の方のお名前かしら。


「信頼しているのですね」


「それは貴方もでしょう? でなきゃ、吸血鬼だと分かっているベル様の腕の中で眠るなんて、普通は出来ませんわ」


 そういえば、とあの方の腕の中で眠ったことを思い出した。少し、顔が熱くなる。


「あの方は、特別だと思いました。吸血鬼様は、どなたもあのような感じなのですか?」


「過激な奴もいるけれど、穏便に人と共存したいというのが、吸血鬼様方の基本方針になっているわ」


「そうなんですか」


「吸血鬼の歴史については、何も習わないでしょう?」


「はい。なにひとつ、分かりません。実際が逆で驚いています」


 何も教えてくれないのか、何も知らないのか。どちらにしても、吸血鬼のことについては、微塵も教えてもらっていない。実体がこうであるならば、もっと広まるべきことなのに!


「私も、最初は驚いたわ」


「貴方は、どうして眷属に?」


 他の方が、どのようにして眷属になったのか。とても気になった。それに、私からもこの人を信頼したい。


「エニア様に助けられたからよ。助けられた理由は、ドミニクとは違うけれど」


「何があったんですか?」

 

「お見合いよ。どこから話したらいいかしら--天上人とお見合いを何度かさせられていく内にね、天上人の特徴といったらいいのかしら。傲慢な方々が多いと気付いてね。私たちが世代を通して持ち上げているから、仕方ないのかもとも思ったのだけれど、それなら普通の人間とお見合いさせられた方が良さそうだという気持ちが強くなったわ。そんなときに、事件が起こったの。


 これを最後のお見合いにしようと思って、天上人が主催のパーティーに行ったの。聞けば、私以外も何度かお見合いをして結婚相手が決まっていない人たちが集まるパーティーみたいだったわ。適当に済ませて帰るつもりだったのだけれど、パーティーの途中で、段々参加者が減っていっていることに気付いた。不審に思った私は、外に出たわ。だけど、その行動は読まれて、私は天上人に捕まったの。


 建物の中に戻されて、建物内の中でも特に人気のないところに引きずられ、結婚をするかこの場で殺されるかを選べと迫られたわ。すぐには、何を言われているのか分からなかった。けど、相手が刃物を取り出してね。本気だと気付いたわ。そうして、殺されかけた。そんなときよ。エニア様が現れたの。


 エニア様は、吸血鬼であることは隠していたけれど、天上人と戦う姿を見て、すぐに吸血鬼なんじゃないかと疑いを持ったわ。このままでは、どの道襲われると思い、戦っている間に逃げようと思ったの。でも、すぐに戦いが終わっちゃって、エニア様が近付いて来たときには、最悪な状況になったと覚悟したわ。でもエニア様の口からは、他の者たちも助けたいから手を貸してくれないか、という提案が飛び出たの。


 最初、何を言われているのか分からなかった。けど、参加している人間と天上人の人数や、使っている建物の構造についてなどの知っていることを共有してあげたら、ありがとうと言ってくれた。その上でさらに、人々の避難を手伝って欲しいとまで言われた。吸血鬼の取る行動だとは、とてもじゃないけど思えなかった。


 だから事が全て終わったときに、恐る恐る聞いたわ。あなたは吸血鬼なのでしょう? それなのに、どうして人間を助けるのかって。そしたらエニア様は、私は吸血鬼ではないが、と前置いてから、2つの理由を教えてくれたの。


 1つめに、私が人間を守りたいからだって言って。そして2つめに、無理矢理結婚させるつもりで集められた人たちがいると聞いて、我慢ならなかったんだ、って言ってくれたわ。それを聞いて、2人きりになっても襲ってこないところから、私はエニア様を信用できるようになったの。その上で、吸血鬼の扱いの不遇さについては知っていたから、眷属になりたいって申し出たわ」


 ヘザーさんも、天上人に殺されかけたんだ。その話を聞いて、やはり信頼できる方々だとよく分かった。

 

「結婚は、良かったんですか?」


「ええ。お見合いには元々、消極的だったもの。面倒な取り繕いをしなくて良くなったし、自分が信じられるものを信じられる人生になった。何も悔いてないわ」


 すると、改めて、というふうにヘザーは言う。


「あなたは、どうなのかしら。眷属になりたい? 家に帰りたい? 家に帰る場合は、いくらか約束してもらわないとならなくなるのだけれど」


 そんなこと。心はもう、決まっている。けれど、言うことが少し恥ずかしい。


「私は、できれば、ベル様の眷属に--」


「あらあらまあまあ!」


 そこまで言ってから、ヘザーさんが盛り上がりを見せた。


「良いじゃない! 早く言っちゃいなさいよ!」


「で、ですが迷惑かも--」


「ここまで来といて何を言っているのよ! 吸血鬼にとって、眷属なんていくらいても困らないんだから、アピールしちゃいなさいよ、アピール!」


「ア、アピールって」


「ああ、もう! どうしてこうも他人の色恋沙汰を見るのは楽しいの!?」


「ち、ちょっとあのぉ……」


 ああ、ヘザーさんが思ってもない方向へと。


 戸惑っていると、部屋の扉をノックする音が聞こえてきた。


「あら、誰かしら」


 ヘザーさんが対応しようとすると、あの人の声が聞こえた。


「ベルです。アネットの具合はどうかな、と思って」


「目が覚めてるから、入っていらっしゃいな」


「え、ちょっと」


「いいからいいから」


 私の許可も得ずに、ベル様を通そうとしている。戸惑い、ちょっと待ってと言おうとしたが、それはもう遅く、扉が開いてしまった。


「こんばんは、アネット。気分はどう?」


 もう、こうなったら、会話をするしかない。少し目を逸らして、言う。


「はい。ヘザー様のお陰で、少し良くなりました」


「それは良かった。ありがとう、ヘザー」


「礼には及びません、ベル様。それより、アネットからお伝えしたいことがあると」


「ヘザー様、それは--」


 あろうことか、ウインクをしてきました。もう、この方は!


「俺に? 何?」


 ここまできたら、もう言うしかない。息を整える。


「あの、眷属にならせて頂きたいのですけれど、よろしいでしょうか?」


 急に申し上げたからか、目をパチパチさせて聞かれた。


「……いいの?」


「はい」


 何か迷っている様子のベル様に、ヘザーさんが駆け寄る。


「あんまり深く考えなくていいのよ。眷属は奴隷じゃないんだから、お互いに好きな距離感で接したらいいわ」


 もしかして、迷惑だろうか。


「あの、ご迷惑でしたら--」

 

「迷惑だなんて、そんな! こちらこそ、よろしく。アネット」


 ベル様は、最後には笑って受け入れて下さった。

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