第8話 助けられて
城に帰ると、そこには男性が1人いて、出迎えてくれた。グレーのツイードのスーツを着ている。帽子は、今俺が被っているのと同じような山高帽だ。
彼は自分の帽子をとって、姉さんに礼をする。
「おかえりなさいませ、エニア様」
「ああ。弟のベルナディールと、彼が助けたアネットだ」
その説明を受けて、柔らかい笑みを浮かべてこちらを見た。
「お初にお目にかかります、ベルナディール様。エニア様の眷属の、ドミニクと申します。よろしくお願いします」
「ああ、よろしく。とりあえず、彼女をこのまま寝かせたいんだけど」
「それでしたら、急いでヘザーに寝室をご用意させましょう。先に、ヘザーの寝室に運ばせます。ひとまず、中へどうぞ」
ドミニクを先頭に、城内へ入る。そこには、バークと少女、そしてヘザーらしき女性がいた。ヘザーはメイドの格好をしている。
「ヘザー、こちらの少女を君のベッドに寝かせてあげてくれ。そして、この娘のために寝室を用意してくれ」
「分かりました。こちらで預からせて頂きます」
丁寧な様子のヘザーに、アネットを預けた。それから、ドミニクが姉さんの方へ向き直る。
「それで、こちらの少女はどうすれば?」
「いつものように処理してくれ」
「分かりました」
そう言われたドミニクは、少女と同じ目線になれるように屈む。
「お嬢さん、目をよく見せて下さい」
「目?」
「ここには何もなかった、何も見なかった」
一体何なのか、しかめっ面をしながら少女は目を見せる。ちょっとの間、目を合わせていると、やがて、少女が目を閉じて眠ってしまった。
「何をしたんだ?」
「催眠をかけたんだ。ここには何もなかった、何も見なかったとな。村まで送ってあげてくれ」
「分かりました」
ドミニクは縄をほどき、少女を抱きかかえると、外へ出て行った。
「凄い能力だけど、安全なのか?」
「安全だ。人間にしか効果がないから、裏切りもないぞ」
「能力って、効く効かないがあるものもあるのか」
「ドミニクの能力は、目を見ないといけないから、あっしにも効かないしなぁ」
バークがそう言いながら、ふよふよとやってくる。
「そういえば、アンタは何で喋れるんだ?」
「へぇ、ソフィア様の能力で作られて以来、ずっと生きさせて貰ってます」
「ソフィア様って?」
「エニア様のお母様です」
「それにしては、扱いがぞんざいなような」
「あっしが言うのもなんですが、簡単には消滅しませんので。それに、信頼の証だとも思うとりやすよ。あっし以外が相手だとほんと固ったいんだもの。エニア様って」
「ふん」
そっぽを向く子どものように、否定はせずに一言だけ残した。思っていた以上に、仲は良さそうだ。
「さて、思っていたより急展開だったな。今日はもう休むか?」
「いや、動けるよ。気になることもあるし、ちょっと動きたい」
「何だ?」
「姉さんも、闇を使えて、しかもかなり威力があるみたいだった。それが気になってさ」
「そんなに難しいことじゃない。例え話をしようか。蛇口は分かるか? ベル」
「分かるよ」
「今のお前の闇の能力についてだが、私との違いを、次のように考えると良い。お前は、長い目で見れば蛇口から引き出せる闇の総量が多い。しかし、訓練をしていないから、蛇口の口がまだ小さく、さらに闇を一度に大量には引き出せない。私は、長い目で見れば蛇口から引き出せる闇の総量が少ない。しかし、訓練をしているから蛇口の口は大きく、さらに闇を一度に大量に引き出すことが可能だと」
なるほど、分かりやすい。
「俺は、訓練をして蛇口の口を大きくしないと、持ち前の才能が強く使えないってこと?」
「そうだ、今は最大限に力を発揮できないだろうが、訓練でどうにかなる。そんなに気になるなら、これから先は長いんだ。空き時間があれば訓練をすればいい」
「分かった」
ひとまず、少し訓練だけして、一段落ついたらアネットの様子でも見に行こうかと思った。
◆
「天上人の加護を持って産まれてきたのね」
私に能力があると知った母は、そう言って私の頭を撫でた。
天上人が私たち人間に与えて下さったもの。これを使って、天上人のお役に立つこと。
さらには、父様や母様に恥ずかしくない、一人前の女性になること。
それを、夢見ていた。
そうして17年生きてきた。
そんなときのことだ。
不意に、後ろから誰かが私を襲った。
抵抗する間もなく、縛られ、あの地下に押しやられた。能力を使う暇もなかった。
「いやっ、いやぁ!」
母様の悲鳴が聞こえてきた。だが、やがてその悲鳴はなくなった。殺されたんだ。
直接、目の前で人が殺されるところを見た訳ではないが、何人かの悲鳴を聞いた。何人かを切り裂く刃物の音も聞いた。何度涙を流したか覚えていない。何度逃げたいと思ったか覚えてない。
誰かから、私には能力があることについて聞いたらしい殺人者は、「我々と共に来ないか?」と何度も声をかけてきた。もちろん、首を縦には振らなかった。
殺人者が何者なのかは、検討も付かなかった。吸血鬼なのか、人間なのか。少なくとも、天上人だとは露とも思わなかった。
--あの時までは。
「貴様、吸血鬼か!」
「そういうお前は天上人か?」
そのやり取りだけで、今まで私が信じてきていたものとは、逆の現実が目の前にあると思った。思わず、声を上げた。けれど、2人の目が、嘘を言っているようには見えなかった。
「心配しないで。見捨てないよ」
何より、そう言ったあの方の目は、優しすぎて。どうなっているのだろうと、疑いも不安も芽生えた。
私の目の前で本気で殴り合う2人を見て、少なくとも、目の前にいる吸血鬼は今まで聞いていた吸血鬼とは違う存在なんじゃないかと、思うようになっていった。
「それじゃ、ほどくから。じっとしていてくれよ」
誰もいなくなったのに、襲われない。安心する気持ちが芽生えると同時に、涙が溢れてきて。けれど、どうしても確認したくて。
「では、ベル様。失礼を承知で申し上げるのですが、本当に吸血鬼なのですか?」
「本当だよ。ほら」
無防備にも、牙を見せて下さった。こんな勇敢で優しい吸血鬼を、私は知らなかった。
そこから、後の5人が帰ってきたときは、ダメかと思ったけれど。まだこの方に仲間がいらっしゃると分かってから、5人が倒されるまではあっという間で、でも、ありがとうという気持ちが溢れ出てきた。
天上人らしい人たちが全員倒れても、ここから私を連れて出て行って下さる相談をする2人。2人にとっては危険なはずなのに、わざわざ私のために村に行って下さる2人。ここまでの状況を見て、信頼できる方たちだと分かるには十分すぎた。
だから、この方たちに報いようと決めた。住処に帰って襲われたときは、もうその時はその時だとも思った。けれど。
「後悔させてあげるなよ?」
そんな心配さえもいらないことが分かって、気付いたら、目を閉じていたのだ。
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