第6話 闇の使い方
やがて、姉さんが戻ってくると、すっかり格好が変わっていた。
「姉さん、その格好は?」
戻ってきた姉さんの格好を見て、意図を聞きたくなった。黒のドレスに、小さめの黒い帽子。そこには、ピンクの花飾りがあった。手には山高帽が握られていた。
「人の街に出るから、合わせて格好を変えたんだ。お前もこの帽子を被った方がいい。マナーは--」
「最低限は分かるよ。でも、行って大丈夫なのか?」
「吸血鬼は夜に動くもの、と言われているからな。昼に動いた方が警戒されないんだ。実際、血を吸いに街へ行くときに夜を選ぶ吸血鬼は多いから、そういう噂が流れている。安心して行こう。それと、バーク!」
「へいへい」
バークが、呼びかけに応じて飛んで来る。それを見て、少女はびっくりしていたが、もう無視する。
「この娘のことをしっかり見張っておいてくれ。縄を燃やすなよ?」
「分かってますって。いってらっしゃいませ」
召使いらしい一面を見せたバークに見送られ、城を出た。
それから、しばらく歩いて村に着く。姉さんは本当に話すのが苦手らしく、主に俺が聞き込んでいた。すると、気になる情報があった。
「あの娘も言っていたけど、アネット嬢とやらがいた貴族の屋敷は全員が行方不明になっている。それなのに、屋敷の方へ向かう何者かがいたらしいよ」
「それはまた、怪しいな。それが分かっていて、警察は動いていないのか?」
「一度捜索して何も出なかったらしい。また捜索しには来るそうだけど、今は誰もいないそうだ」
姉さんと情報を共有して、貴族の屋敷へ向かうことに決めた。
そこは、立派な屋敷であることが一目で分かったが、遠目からでも人気の無さが感じられた。どうやら、今は本当に警察すらいないようだ。
「とりあえず、入ってみるが。注意を怠るなよ?」
姉さんからの注意に、首を縦に振る。一応、扉に手をかけてみると、鍵は開いているようだった。ゆっくりと開けて周囲を確認し、中へと入る。
「広いが、2人で1部屋ずつ見ていこう。分かれたら、何かあったときにお互いが分からなくなる」
小声での会話。意図を汲み取り、さっきと同じく頷いて返した。
玄関から書斎へ。それから来客をもてなせそうな部屋へ。怪しい場所がないか見ていく。
絵画の裏や暖炉の中も見てみようか。そう思い、暖炉の中を見てみると、違和感を覚えた。
暖炉の中が綺麗すぎるのだ。中にはススすらもない。なんでだろう。
暖炉の中に、実は何かあるのだろうか。暖炉の中に入ってみる。
そのときだ。暖炉の床が開いたのは。
「は?」
そのまま、真っ逆さまに落ちる。上の、おそらく扉は閉じてしまった。姉さんが他の場所を見ていたら、おそらく俺がどうやっていなくなったのか気付かないに違いない。重さで開くようにしていたのだろうか。本来なら垂直に落ちてから滑り台のように降りて行けそうだったが、落ち方を間違えているため、頭を打ち、地面に尻を打ち、それから下へと向かっていくことになった。
一番下まで来ると、そこは、周りを土で囲まれたトンネルになっていた。何者かが、掘り進んで作ったか、能力で作ったか。ランタンをいくつか吊してあるようで、明るさには困らなかった。
戻ろうと思ったが、滑り台のようになっているのは途中からで、どうしてもそこからは垂直で綺麗な壁を登らなければならなくなる。戻ることは難しそうだ。
「んー! んー!」
ちょっとだけ悩んでいると、それを遮るように、くぐもった声がすぐ右隣から聞こえてきた。そこには、10代後半くらいの少女がいた。身長は5.5フィート(約167cm)よりちょっと小さいくらい。両手両足を縛られて口には何か噛まされた上で布を巻かれている。金髪で三つ編みを後ろでまとめており、エメラルドのように綺麗な瞳をしている。服は部屋着だろうか、簡素な服を着ていた。
「これは--」
「おーい! 誰か1人で帰ってきたのか?」
しまった。声を出してしまった。どうやら、誰かが近くにいたらしい。
少女がいた反対側を見ると、右に曲がれる曲がり角があった。そこから、緑髪の男が姿を現す。
「な、お前! 何者だ!」
彼は驚きに目を見開いて、傍に立てかけてあった自分の身長ほどの木製の棒を持ち、叩きに来た。
仕方ないので、左腕でガードし、反撃をしようと試みる。
だが、棒が左腕に触れた瞬間、あり得ないほどの熱を感じた。
「熱っ!?」
思わず棒から逃げるように屈む。相手は突いてもきたので、一旦距離を置くことにした。
「何だその棒は」
「答える理由はない。わざわざ他人の能力を使ってまで、バレないよう条件までつけて扉を作ったのに。かなり物好きな奴だな、貴様は」
ひょっとして、暖炉の中に入ったことを言っているのだろうか。もしかしたらそれが条件で、扉が開いたのか。だとしたら、物好きは否定できない。
まさか、いきなり戦うことになるとは。頭を働かせないといけない。
棒は、とにかく避けるしか--。
そう考えている間にも、相手は険しい顔のまま攻め始めてきた。飛び退きながら避けるが、やがて背が壁になる。
チャンスとみてか、相手は踏み込んできた。仕方ない、イチかバチか。
一度やってみた通りに、闇で球体を作る。それを、思いきり踏み込んできた相手に向かって撃った。
まさか、そんな反撃をされるとは思っていなかったようで、慌てた様子を見せるが、もう遅い。それはまともに相手の腹部に当たり、少し吹っ飛ばした。闇の球体は、跳ね返りながら霧散して、なくなった。
相手はそれでも、両足で着地して、忌々しげにこちらを見る。
「貴様、まさか吸血鬼か!」
「そういうお前は、天上人か?」
その会話を聞いて、縛られている少女のくぐもった悲鳴が少し聞こえてきた。多分、俺が吸血鬼だと分かったからだろう。だから、少女の顔を見て言う。
「心配しないで。見捨てないよ」
出来るだけ優しめの声色で言ったつもりだが、伝わっただろうか。反応を見る前に、相手に目線を戻す。相手の目が、爛々としている。
「ハ! これは都合がいい。貴様を殺せば俺は昇進だ!」
「嫌なシステムだな!」
棒を持って向かってくる。もう一度、球体を作って撃つが、今度は避けられた。工夫が必要だ。
こっちも、ただ棒に当たろうとは思っていないが、天上人には傲慢な性格な奴が多いというのは本当のようで、あまり工夫をしようとしてきていない。いや、欲に目が眩んでいる。立ち回りが甘すぎる。それなら--。
何度か避けてから、また闇の球体を作り撃つ。また当たらないが、今度はただ撃ったわけじゃない。
指で、闇の球体を操作する。クイ、と内側に人差し指を曲げたのだ。球体がそれに合わせてこちらに戻ってくるように、頭の中でイメージもする。すると、しっかりとイメージ通りに闇の球体は戻ってきて、相手の背中に激突した。
流石に予想外だったようで、うめき声が漏れている。棒を離すまではいかなかったが、今のうちにと、能力で威力を上げて殴りかかる。
相手は少しよろめくが、すぐに光を纏い、怒りを表情に出して、俺を振り払うように棒を振り回してきた。当たらないように、屈む。そして、もう一度球体を作って撃った。
今度は、挟み撃ちだ。戻る球体と一緒に攻める。
だが、相手は球体が戻ってくることを学習し、それを避けた。相手に当たらなかったということは、球体の軌道上にいるのは、自分ということになった。
「げ」
挟み撃つつもりで突っ込んでいたから、避けきれずに自分の技に当たる。そこを利用され、相手は思いきり、手に持っている棒を腹に押し当ててきた。棒から熱すぎるほどの熱が伝わってくる。思わず、悲鳴を上げた。相手の表情が歓喜で歪む。
それから、お返しにと言わんばかりに棒で殴られる。3発ほど殴られたところで、思いっきり間合いから逃げた。焼けるような熱さが、打たれたところから伝わってくる。いやな武器だ。
球体を作って撃つ、というのは対策されてしまった。とはいえ、ただ殴り合うだけでは、相手の方に分がある。できることを、増やさなければならない。
そこで、1つ思いつく。昨日、姉さんが言っていた言葉を。
相手が棒で突いてくる。そこを狙って、俺は影に潜った。そのまま、影を伝って相手の背後に急いで回る。
そして、思いきり蹴った。続けてまだ背中を見せているうちに殴る。そして、振り返られようが棒の内側の間合いでまた殴る。いちいち数えてられるか!
相手はちょっとの間、殴られる一方だった。痛さに表情を変えながら、とうとう棒から手を離す。だが代わりに、急に目をかっ開いて、こちらの腕を掴んできた。
この後のことは、容易に想像できた。逆に殴られ、蹴られる。
「ぐ--」
そうして俺が離れたところで、相手は棒を拾いながら、連続で攻撃をしてきた。熱い!
影潜りを見せてしまった上で、相手が有利な状態に戻ってしまった。他に、有利になれる要素はないか。
「色々なものをイメージしてみるといい」
今度は、闇が言っていた言葉を思い出す。色々なもの。イメージ。有利になるには。打たれながら、避けながら考える--棒を、奪うしかない!
手に、闇のエネルギーを纏わせる。そうして、手袋を作って、棒を掴む。
「何!?」
今まで以上に、驚きに満ちあふれた表情が見えた。棒に触れた手に、熱は伝わらなかった。闇に言われたことが頭に浮かぶ。
「闇のエネルギーは、相手の能力を削ったり体力を減らしたりすることができる」
闇のエネルギーを、棒に這わせる。相手が掴んだままなら、相手を覆えるように。
「ひっ!」
流石に、悲鳴を上げながら棒から手を放した。それなら、こっちのものだ。棒をそこらへんに捨てて、闇の手袋をしたまま、殴る。相手も当然、殴ってくるが、気にせず殴る。殴り続ける。
やがて、相手の方が先に倒れた。闇のエネルギーは、相手の体力を削るからだろう。もうこれ以上戦いたくはないが、相手に比べて俺の体力は大分残っているはずだ。
「便利だな。これ」
これを誰よりも自由に扱えることが、俺の強みだと言っていた。想像以上に、鍛え甲斐がありそうだ。
考え終える頃に、少女の方を向いて歩み寄る。縄をほどかないといけない。
「それじゃ、ほどくから。じっとしていてくれよ」
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