第5話 事件

「--ん?」


 寝入ったはずだが、なぜか意識が目覚めた。夢でも見始めたのだろうか。星々の明かりが、視界いっぱいに広がっている。


「ベルよ、ようやく眠ったのか?」


「その声は、闇様?」


 きちんと起き上がって周りを見ると、今いる場所が、姉さんが願いを叶えてもらった場所が再現されている場なのだと気付いた。いるのは自分と闇様だけになっている。


「どうだった。エニアとは話せたか?」


 姉さんとの会話を思い出しながら、思ったことを言う。


「それですけれど、あんまり吸血鬼関係の知識は入れてくれなかったんですか?」


「それはわざとだ。あのエニアがどうやってお前と世間話をするのかも興味はあったが。エニアが説明できそうな内容を、お前の頭の中にわざと入れなかったのだ。エニアがお前と話しやすくなるだろうと思ってな。その様子だと、うまく話せたようで何よりだ」


 どうやら、闇様なりに気を利かせて下さったらしい。


「姉さんが普通に世間話をしていたら、俺の知識の抜けは埋められないままだったんですか?」


「お前が寝入ったときに、こうして干渉することで、我から説明を入れようと思っていたよ。ついでに、お前の様子も探れるからな。最初からケアまでしっかりするつもりだったさ。それと、敬語はいらんぞ。我が子よ」


 そういえば、姉さんも敬語はいらないと言われたと言っていた。理由は違いそうだが。


「分かり……分かった。優しいんだな」


「我から願いを叶えると言っておいて、様子を見ずに放っておくのはただの阿呆であろうて。さて、どこまで話が済んでいるか、記憶を読ませてもらうぞ」


 そう言いながら、何もしてこないので、本当に記憶を読んでいるのか不安になる。

 だが、少しの間を空けて「なるほど」と聞こえてきた。


「大体説明はされたようだな。なら、我からはお前の能力について説明しよう」


「俺の能力? あるのか?」


「ある。偶然身についた能力と、吸血鬼としての能力の2つがな。偶然身についた方は、殴る蹴るの威力を上げることができる能力だ。能力が身についていることを教えてもらえるなんて、普通はなく、自力で気付く以外にないのだが、特別だぞ。吸血鬼の能力については、記憶にわざと入れなかった吸血鬼と天上人の説明にも繋がるから、話しておく」


 ゆったりと、優しめの口調で話が続く。


「吸血鬼は闇の加護を、天上人は光の加護を受けている。だから、吸血鬼は我が持つ闇のエネルギーを、天上人は光が持つ光のエネルギーを扱える。それぞれ特徴もあり、闇のエネルギーは相手の能力や技の威力を削ったり体力を減らしたりすることができる。逆に、光のエネルギーは能力の質を上げたり身体能力や体力を上げたりすることができる。基本的に、闇や光のエネルギーを扱えるかどうかは人によるのだが、お前は我から直接産まれた者。誰よりも闇を自在に扱える、そのことはお前の強みと言える。扱い方を鍛えれば、お前の右に出る者はいなくなるだろう」


「どうやって使えばいいんだ?」


「イメージするのだ。まずは、闇で我のような球体を作ってみると良い。手のひらサイズくらいのな」


 実際に、黒い球体をイメージしてみると、ちょうど手のひらサイズの球体が、右手に現れた。

 

「おお。割とあっさりできた」


「当然だ。お前には才能がある。それはエネルギーの塊だから、攻撃に使えるだろう。他にも、色々なものをイメージしてみるといい。イメージの質が濃いほど力を増すから、練習は怠らないように。技に名前を付けるのも、効果があるぞ」


「分かったよ」


「吸血鬼は戦いになっても、生命力や身体能力が人間や天上人よりもある。ナイフで心臓を刺された程度じゃ死ねないくらいには丈夫だ。戦いになっても、有利に事を運べるように祈っている」


 ありがとう。そう礼を言おうとしたが、闇の言葉が終わらないうちに、もう意識が覚醒しだしたのか、光景がぼやけだした。そして、自然と目が覚めると、朝になっていた。


 茶色が基本の上着とズボンを着て、その上に濃い緑のコートを着る。いつの間にか服が用意されていた。姉さんの眷属のものだろうか。

 礼を言うと同時に、今日は時間があるなら能力を使う練習に付き合ってもらえないか聞いてみようか。姉さんの眷属が帰ってきたら、賑やかになる。それまでに、ちょっと練習ができるかもしれない。


 寝室の扉を開けると、姉さんとバッタリ会った。


「おはよう、ベル。よく眠れたか?」


「おはよう、姉さん。眠れたよ。服もありがとう」


「気にするな。サイズはやはり、良さそうだ」


「ところで、姉さん。今日は時間があるのかな。よければ、能力の練習をしたいんだけど」


「いいぞ。それなら、服を洗濯してからすぐに行こう」


「え、姉さんが洗濯するの?」


「こうして眷属が外に出ているときには、自分でやることもある。気にせず、外へ先に出ていてくれ」


「……分かった」


 自分がするべきことな気もしたが、今日のところは好意に甘えることにした。

 正直なところ、早く練習がしてみたい。洗濯については、後で聞いて自分もできるようにしよう。


 門の外に出る。山間に隠れるように出来ている城なので、すぐにゴツゴツした地形になっている。

 人里からも離れているから、多少大きな音がしたところで、気付かれないだろう。


 「よし、じゃあ--」


「見つけたわよ!」


 不意に大声が聞こえて、体がビクッと反応した。

 同時に、岩陰から少女がナイフを持って出てくる。


「村の人たちと、お屋敷のみんなを返しなさい! 吸血鬼!」


「……何のこと?」


「とぼけないで! アネット様の屋敷にいるみんなと、村の人たちを攫ったの、アンタたちでしょ!」


 全く覚えがない。否定しようとしたところで、昨日の話の一部を思い出した。天上人たちが、吸血鬼のせいにして事件を起こすことがある、みたいな内容の話だ。

 もしかしたら、天上人がなにかやったのかもしれない。それなら、納得がいく。


 ひとまず、不用意に傷をつけないように声をかける。

 

「なぁ、とりあえずナイフを降ろさないか? 別にとって食いやしないから」


「嘘よ!」


 近付きながら、できるだけ穏やかに話しかけてみたつもりだったが、無駄な様子だった。

 両手でしっかりナイフを握りながら、怖がりながら構えている。

 だが、ナイフで刺された程度では死なないと教わっている。

 より近付こうとすると振り回してきたが、動きをよく見て、腕を掴んで少女を持ち上げてみた。


「ひっ!」


 ナイフはもう振り回せないように、両腕ともが顔より上になるように捕まえる。少女は、ちょっとだけぶら下がる感じになった。つま先くらいなら地に付きそうだが、それでは力は入らないだろう。

 一応、安心をさせようとできるだけ優しい声色を作ってみる。


「だから、何もしないって」


「--ッ!」


 少女は、不服そうに眉根を寄せたが、言葉は出ないようだった。

 さて、どうするか。ちょっと悩むが、一旦城に連れて帰って、姉さんの意見を聞いた方がいいかもしれない。


 とりあえず、このままの状態で城に帰ろう。振り返って、歩き出す。


「ち、ちょっと!? 何もしないのなら、何で城の方に行くのよ!?」


「考えを聞きたい人がいるんだ。大人しくしていてくれ」


「絶対嘘でしょ! 死ぬまで血を吸って食べるつもりでしょ!」


「どこで聞いたんだ、そんな嘘……」


 扉を開けて、ホールに入る。そこで少し待って、洗濯が終わって出て来た姉さんに少女を見せた。


「どうしたんだ? その娘」


「攫った村の人たちと、お屋敷のみんなを返して欲しくて、やってきたらしい」


「残念ながら、私ではない。まさか、1人か?」


「さ、さあ? どうでしょうね」


「1人だろ?」


「な、なんで分かるのよ」


「ほら見ろ」


「な--」


 カマをかけられたことに気付いて、言葉を失ったようだ。そもそも、誰か他に人がいれば1人で突っ走って俺の前に姿を現さないだろうし、この娘が連れて行かれようとするところを止めようとするはずなので、状況的に誰もいないのは分かりきっていた。


「そもそも、どうやって追いかけてきたのだ」


「なんか、妙な明かりと一緒に歩いていたのを見たのよ! 観念しなさい!」


「バークのことか。それで1人でやってくるとは、やれやれ。親の顔が見てみたいな」


 全くもって同感だ。だが、それを今言っても仕方ない。

 姉さんは、仕方ないなと言いながら、一旦引っ込んで、縄を持ってきた。


「な、何よ! その縄は」


「すまないが、眷属が帰ってくるまで、お前には大人しくしていてもらう」


「何でよ!」


「これから行方不明になっている人たちを探しに行く。それまでの間、騒がれたら動きにくくなるではないか」


「なるほど」


 少女はまだ、キーキー言っていたが、姉さんの意図が分かったので協力して、階段の傍に縛り付けた。


「なぁ、姉さん。俺も付いていっていいか?」


「ダメだ。と言いたいが--」


 語気が強めだったが、すぐに少し自信がなさげな様子になった。


「人から話を聞くのが、少し苦手でな。いつも眷属と共に出ているのだが、今回はお前しかいない。無茶はしないと約束の元で、付いてきて欲しい」


「分かった。無茶はしないよ」


「ここで少し、待っていてくれ」


 何か準備が必要なのかもしれない。そう思って待っていたが、その間も、少女にはうるさく色々と言われた。

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