第3話 吸血鬼の事情
◆
闇から産まれて、すぐに山を降りて、山中を歩くことになったが、意外と体は動く。吸血鬼だから身体能力が元から高いのか、移動していても不快になることはなかった。
けれど、だからといって、慢心していいことにはならない。姉さんの心配の元、できる限り傾斜が緩やかな場所を選びに選んで、体の動かし方の練習をするつもりで山を降りた。
そして、山間の道を歩く。ゴツゴツした岩がたまに見受けられるくらいで、こけることにさえ注意しておけば良さそうだった。夜の暗闇のせいで、月や星の明かりくらいしか本来は届かないのだろうが、今はバークが目の前を照らしてくれているので、足元の道が分かりやすい。これでこけようものなら、流石に笑われてしまうだろう。
せっかくなので、こちらから話題を振ってみる。
「こんなところに、姉さんの城があるのか?」
「ああ。吸血鬼は人に嫌われているからな。人里近くに拠点を構えると、変ないざこざは生まれるし、武装した者達に攻められるしで、良いことはないんだ」
「そんなに嫌われているのか」
色々な知識は闇様から産まれるときに頂いているが、多少の抜けがある。それを埋める意味でも、少しの間、会話は質問が中心になりそうだ。
「私たちは、主に人間を襲い血を吸う人外だからな。人間からすれば、嫌いになる理由はあっても、好きになる理由がないというやつだ。血を吸うときに噛む必要があるから、それが病気の原因だと噂を広げられたこともある」
「そんなに嫌われていて、どうやって人に近付いて血を吸っているんだ?」
「吸血鬼はまず、人と同じように生活ができるのだ。牙は変形させればバレない上、外見には人間と異なる吸血鬼特有の特徴というものはない。だから、それを利用している」
牙は変形させられるのか。それを聞いて、引っ込めて変形させた。真ん中から数えて、それぞれ3番目に当たる歯が牙なのだと、覚えておくことにした。
一方で、姉さんはどこから説明したらいいのかを迷っている様子で、ちょっとだけ間があってから、続きの説明が入った。
「過激な方法を選ぶ場合、人目のないところで人を襲うことになるだろうな。同居人になってバレないように振る舞ってから襲ったり、直接気を失わせてその隙に吸ったりといった具合か。だが、こういった方法をとる吸血鬼は少数派だ。何故なら、自分が吸血鬼であると、人間側にバレやすいからな」
バレるバレないを抜きにしても、できればそういった過激な方法はとりたくないな。そう思いながら、続きを聞く。
「穏便な方法として挙げられるのは、吸血鬼にそこまで悪印象を持っていない人間を探す。もしくはそういった人間に眷属となってもらう。全体として嫌われているのは確かだが、1人ひとりの考え方は異なるから、そういった人間もまばらに存在はするんだ」
「眷属っていうのはどういう立ち位置の人間なんだ?」
「言っておくが、奴隷ではないぞ。我らのことを嫌わないでいてくれる、友と呼ぶべき存在だからな。忠義を示してくれる奴も中にはいるから、お前が眷属を持つようなことになったときは、相手によって対応を変えてやれ。私には眷属が2人いるが、上下関係が好きみたいでな。メイド、召使いとして雇用関係を結んでいるよ。今日は外に出ているから、そのうち紹介する」
きっといい人たちなのだろうなと、想像がついた。会うのを楽しみにしておこう。
「さて、話の続きだが。それすらも厳しく、できる限り穏便にと言うのであれば、2つ方法がある。1つ目は、動物の血を吸うことだ。血であれば、人間でなくても問題はない。味はおすすめできるものではないがな。2つ目は、影と一体になって扉の隙間などからこっそりと忍び寄り、人間の寝込みをひっそりと襲う方法だ」
「影と一体?」
急に、よく分からない方法の話になってきた。だが、姉さんは俺のことを尊重して、手段を好きに選んで良いとでも暗に言うように、一通りの血の吸い方を教えてくれているようで、それはとても有り難かった。
そして、影と一体の話についても、説明を挟んでくれた。
「我々は、一度に2秒間だけだが、影の中に入り込んで移動することができる。造りが荒い場所や、窓を開けてあるところを狙えば、音を立てずに入り込むことは簡単にできるはずだ。その時は、くれぐれも、顔を見られないようにするんだぞ」
「便利だなぁ」
早速やってみたい気持ちになったが、練習は後でいくらでもできる。今は、姉さんとの会話を続けよう。
「そういえば、まだ聞いていなかったけれど」
「なんだ?」
「どうして、家族が欲しかったんだ? 他にも、願えば何でも叶えられたんだろ?」
「そのことか、なら、少し昔話をしよう」
「え? あっしには口止め--」
バークとの間で何か取り決めがあったようで、バークが立ち止まって振り返り様子を伺ってきた。構わず姉さんは「いいから前に進んでくれ」と言って続けた。
「私は吸血鬼にしては珍しく、両親がいてな。いつか弟や妹を産んでくれるという約束をしてくれたまま、死んでしまったのだ。心の中に穴が開いた気分というのを、初めて味わったよ」
物寂しげな雰囲気を言葉から感じ取れたのは、嘘ではないだろう。
続きに耳を傾ける。
「それからは、両親と友に過ごしていた眷属たち、そしてバークと共にしばらく過ごしていた。だが、弟や妹のような家族を諦めきれない気持ちだけは、ずっと心に残っていた。そんなときに、吸血鬼同士で戦って次期の王たり得るほどの力を示せば、闇に願いを叶えてもらえることを知ったんだ。それからは、家族を手に入れるという願いを叶えてもらえるために、400年必死に鍛えながら生きてきたよ」
「そうだったのか……ということは、姉さんって相当強い?」
「そりゃもう! エニア様がこのためにどれだけ--」
「どうだろうな。王位や願いに興味のない奴らもいるから、私が一番という訳ではないだろう」
また、バークが何か言いかけたが、姉さんはそれを遮った。けれど、「このためにどれだけ」とまで聞こえれば、どれほど苦労したのかはある程度想像がつく。
--悪い気は、しない。
とはいえ、それを口で言う訳にもいかず、黙ったまま歩くのも気まずいので話題を変える。
「ところで、そもそもなんで王様に強さがいるんだ?」
「吸血鬼は、個人の力が人間よりもはるかに強い。だから、弱い王は護衛がいたとしても、簡単に下克上を許してしまいかねない。だから、そうならない程度の強さが必要だと、昔から決まっているらしい」
そこまで話したところで、姉さんが顔をこちらに向けてきた。
「そういえば、ベル。お前は闇から産まれているから、それだけで、普通より強いかもしれないな」
「俺が?」
「ああ。すぐにではなくてもいいが、鍛えてみるか?」
意気揚々とした姉さんの表情を見て、楽しそうだなと思ったし、自分の強さについても気にはなりだした。
「興味はあるけど、鍛えても、宝の持ち腐れになるとか、ない? それなら」
「そのことか。さっきから気になってはいたが、闇め、吸血鬼の事情についてはあまり知識を入れてはくれなかったのだな」
姉さんは少し、忌々しげに言う。俺も、話ながらそれは痛感していた。
「そうみたいだ。王を目指す訳じゃなくても、鍛えておいた方がいい理由があるのか?」
「少なくとも、我々には敵がいる。それについては--」
前方を確認してから、続きを言った。
「もうすぐ着くから、休みつつ話すとしよう」
「分かった」
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