【愚者継承のコインシデンス】


 奥村君に関しては、自力で飛鳥中央大に合格した。もちろん横浜久嗣よこはまひさつぐは「理事長に頼もうか?」と提案したが、一度見たものを忘れない奥村君には必要のないこと。それに自分も特待生になってしまえば、七戸鳴海に認識される可能性が高まる。

 そこからは奥村君のストーカーである生田いくたさんも飛鳥中央大に入学し、七戸鳴海の家で「美味しそうな人リスト」を見つけ──という流れ。

 そこからあの事件当日だ。

 あの日、新里明里にいざとあかりから五人目の被害者となる川口映美かわぐちえいみが倒れたという連絡テレパシーを受けた横浜久嗣が、計画を実行に移す。五人目──ということは、七戸鳴海が任意で時間を巻き戻せなくなるタイミング。まず横浜久嗣は「上手く行けば今日計画を実行出来る。いつでも動けるようにしていてくれ」とでも奥村君に連絡したはずだ。

 さらに横浜久嗣は、この日の下準備としてすでに七戸鳴海とテレパシーの回線は繋いでいたはず。回線を繋ぐ方法は対象を視界に入れ、念じるだけ。どのタイミングで繋いでいたかは分からないが、視界に入れるだけならばいつでも出来たのだろう。誘い出した文言は不明だが、それによって七戸鳴海を深夜、病院の旧北館へと誘い出す。後は背後からでも襲って麻酔なりなんなりで眠らせればいい。そうしてこのタイミングで奥村君に「実行は五時間後。病院の近くで待機していてくれ」とでも伝えたのだろう。

 その後、計画通り四時間後に横浜久嗣が七戸鳴海を殺害。自動で時間が巻き戻ることもなく、普通に殺すことが出来た。そこから七戸鳴海の肉を持ち帰るために、遺体をめちゃくちゃに損壊させる。だがもしかすれば、その場で食べたのかもしれないなとも思う。切り取った後で食べれば、唾液も残らない。その他の痕跡に関しても、警察が調べて出てこなかったのだから上手くやったのだろう。病院の監視カメラに関しても、死角を事前に理事長から聞いていれば何とかなりそうな気はする。

 そもそもだが、はなから警察は奥村君の犯行だと決め付けている。動画配信に加え、犯行の自供。遺体を損壊させた道具には、奥村君の指紋。そのうえ奥村君の家からは、意味不明の七戸鳴海のこれまでの犯行データ。「それもあってこの事件は様々と謎を残したまま、奥村遥人が怨恨による殺人を犯し、その後に自殺を図って失敗した──という簡単な構図で幕引きになろうとしています」とも鷹臣さんは言っていた。つまり奥村君が犯人だと早々に断定し、もしかすれば残っているかもしれない痕跡を無視してでもいるのだろうか。そもそも七戸鳴海の肉を食べたのなら、調べれば足りない部位があるはず。鷹臣さんのその辺の記憶は不確定だ。決め手にかけるのだろう。ただ、警察を疑っているような記憶もある。警察が証拠を隠滅した──というような。さらには糸生さんに正しく情報が下りて来ていないような記憶もある。前に糸生さんが「元から私が嫌われてるだけよ」と言っていたが、やはりこれは特殊公安が、ということだったようだ。


「これに関しては後々分かるよね……」

 

 とにかく横浜久嗣は計画通りに犯行を終わらせた。後は奥村君の自殺の謎だ。

 これももはや推論でしかないが──

 あの日、新里明里にいざとあかりが青森にいた事が最大の理由だと思われる。そう、横浜久嗣よこはまひさつぐが新里明里を、奥村君の妹が入院する青森の病院へと送り込んだのだ。奥村君を自殺へと追い込む道具として。青森までは新幹線で最速三時間程度であるし、時間的にもかなり余裕はある。今現在の新里明里は、横浜久嗣に「不祥事や犯罪の証拠をメディアに流す」とでも脅され、逆らうことが出来ない。と言っても、全ての理由を説明すれば協力しない可能性もあるだろう。想像でしかないが、とにかく適当な理由をつけ、「従ったら手に入れた不祥事や犯罪の証拠を破棄する」とでも言ったのだろうか。新里明里に関しては、七戸鳴海殺しや奥村君の自殺に見せかけた殺害計画を知らなかった可能性は高い。

 そうして横浜久嗣は新里明里の見ている映像を自分経由のテレパシーで奥村君に送り、「妹を殺されたくなかったら命令に従え」と、待機中の奥村君を脅したのだ。ただ、これを断られたら横浜久嗣はどうするつもりだったのだろうかと思う。


「欲に呑まれた救いようのない馬鹿な人……」


 横浜久嗣は簡単に欲望に呑まれる馬鹿な人種。いや、この事件に関わった悪意のある人物は全員そうだ。気持ちの悪い、人の形をしただけの欲に塗れた醜悪な。おそらく横浜久嗣は失敗するなんて微塵も思っていなかったのだろう。計画的に見えてどこか杜撰。早く肉が食べたくて、早く時間を巻き戻す力が欲しくて、早く気持ちよくなりたくて──

 奇跡的に運が味方でもしてしまったのか、神様がいるのだとしたら、ろくでもないなと思う。

 

 そうして奥村君は、本来であれば雪のような真っ白なもやを纏った正しい人間だ。そんな奥村君が悪魔に魂を売り、許すことの出来ない七戸鳴海に赤黒いもやを向けた。昨年の十月は計画がまだ固まりきっていなかったので五人犠牲になり、今年は計画のために五人犠牲にすると決めた。だがやはり耐えられなくて、私を助けようとしたのだ。結果として五人被害者は出てしまったが、それでも見捨てられずに動いてしまった。奥村君は横浜久嗣に計画を変更出来ないかも確認している。任意で時間が巻き戻せたとしても、四時間以上眠らせることさえ出来れば計画は実行出来る。ただその場合、確実に眠らせなければ時間を巻き戻されてしまうので、失敗のリスクは格段に上がる。そうしてやはりというべきか、横浜久嗣の答えは「計画通りにやる」だ。

 そこで奥村君のあの行動。奥村君は奈々のお見舞いに来たのではなく、横浜久嗣に直接計画の変更を頼みに来たのだ。だがタイミング悪く生田さんの生霊を私が実体化させてしまい、病院は大惨事になっていた。それを私のせいだとは知らない横浜久嗣が奥村君の仕業だと思い、「これはどういうことだ!」と掴みかかった。もちろんそこには「会いにこない」という約束を破ったことに対する「どういうことだ」も含まれていたのだろう。あの時の横浜久嗣は、計画の変更を受け入れなかった自分に対する脅しが、あの生田さんの生霊による大惨事だとでも思ったのだろう。そのうえ目を合わせれば自分の計画が奥村君に全てバレてしまう。生霊による脅しと、計画がバレるかもしれない焦りから、糸生さんには横浜久嗣がかなり怯えているように見えたのだ。あの時、奥村君が横浜久嗣と目を合わせてさえいれば──

 とも思うが、そんなたらればを話しても意味はない。


「妹さんのために頑張ってたのに、見捨てられるわけないよね……」


 結局奥村君は妹を人質に取られ、横浜久嗣に従った。横浜久嗣のテレパシーは映像を伴うので、下手な動きをすれば妹が殺される。まずは指示通りに旧北館へと侵入し、七戸鳴海の遺体のある現場まで行って自分の体を七戸鳴海の血で汚した。現場に残されていた遺体損壊の道具に指紋を残し、首吊り用の紐を点検口を開けた中のパイプに結ぶ。そうしてあの動画配信を始めたのだ。七戸鳴海の損壊した遺体をしっかりと映し、自分が殺したとはっきり告げ、動機も口にし、そうして首を──

 ただ、動機に関しては奥村君の最後の抵抗だったのかもしれないなと思うし、鷹臣さんもそう考えているようだ。おそらく横浜久嗣が知らなかったであろう奥村君の交友関係の裏をかき「生田さんと交際していた」という嘘を吐いたのだ。奥村君を知っている者は違和感を覚え、横浜久嗣は特に疑問には思わない。それに病院に務めていた横浜久嗣は、おそらく生田さんが「奥村君」と呟いた情報も仕入れていたはずだし、そこから二人が交際していたと思うかもしれない。だがなんにせよ──


「いまさらだよね」


 そう、様々と考えを巡らせたところで、もうなかったことには出来ない。この後で、私のやることは変わらない。まずは横浜久嗣に会い、目を合わせる。覗き見た奥村君の記憶で、私の情報が横浜久嗣に漏れていないことは知っている。おそらく会いに行けば普通に会えるはずだ。いる場所も分かっている。横浜久嗣はあの一件から、休みの日も含めてずっと病院にいる。なぜなら奥村君が死ななかったからだ。今頃横浜久嗣は怯えているだろう。奥村君が目を覚ましてしまえば、めんどうなことになる。証拠は残していない自信があるし、警察の捜査でもそうなっている。奥村君と連絡を取っていた手段もテレパシーだし、バレる心配はない。だが万が一にでもを考え、怯えているはずだ。

 鷹臣さんや糸生さんの記憶でも、奥村君の主治医に「奥村遥人おくむらはるとは目を覚ますのか」「このまま死んでしまうこともあるのか」と、横浜久嗣が何度も聞いていたという情報の記憶がある。そこから二人は、もしかすれば横浜久嗣が奥村君を殺してしまうのではないか──とも考えている。

 計画的に見えて短絡的な横浜久嗣にはありそうなことだ。奥村君の自殺の方法だって、首吊りではなくもっと確実に死ねる方法もあったはずだ。そもそも動画配信ではなく録画でもよかったはずだし、そうすれば警察がすぐに駆けつけることもなく、奥村君は死んでいたはず。

 やはり欲に突き動かされている人間は、馬鹿なのかもしれないなと思う。これまで私を強姦しようとした高校の教師やあの四人組の男性だって、よくよく考えれば後で逮捕される可能性があることは分かるだろう。だが頭の中が欲で埋め尽くされ、正常な判断が出来なくなって馬鹿になるのだ。


「気持ち悪くて吐きそ……。クズばっか」


 横浜久嗣が奥村君を殺そうとしているかもしれないことは、私ももしかすればそうだろうなとは思う。だが警察の監視もあるし、それは簡単なことではない。ただ、横浜久嗣が思惑通りに時間を巻き戻す力を手に入れていたとしたら、話は変わってくる。もしその力を手に入れてさえいれば、身動きの出来ない奥村君の心臓でも一突きにして殺し、肉を食い千切って時間を巻き戻すだけでいい。そうすれば時間を巻き戻した後で奥村君は廃人になり、奥村君を殺した事実も消滅する。医者の立場を利用すれば、一度くらいはチャンスがあるはずだ。

 あとは時間を巻き戻す力を手に入れていたとして、すぐに使えるかどうかだ。覗き見た記憶によれば、横浜久嗣が横浜妃奈よこはまひなの肉を食べ、テレパシーを引き継いだのはすぐだった。だが七戸鳴海は生田さんの姿を消す力は使えない。これは七戸鳴海から私を助ける際に目を合わせ、七戸鳴海の記憶を覗き見た奥村君の記憶からも間違いのない事実。となればおそらく継承した能力によって、使えるようになるまでの時間に違いがあるのだろう。それかもしくは個人差だ。

 だがそれもこれも横浜久嗣と目を合わせれば全て解決する。必ず証拠はあるはずだ。もしなければ奥村君の狂った犯行で片付けられるか、もしくは時間を巻き戻す力を手に入れた横浜久嗣に、奥村君が殺されて食われる。そうなれば奥村君の力も横浜久嗣に継承され──


 そんなことはさせないと呟き、私は横浜久嗣がいるであろう飛鳥中央大学附属病院へと向かって歩を進める。

 神様は見ているだろうか、この狂った世界を。

 もし見ているのなら──


 最後くらい、こちらに味方しろ。


 

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