【利己連鎖のインサニティー】
「
私がやらなければならないことが自然と口から漏れる。とりあえず今の私は全てを理解している。奥村君と
鷹臣さんが知りたいのは横浜久嗣が七戸鳴海を殺した直接的な証拠。それに伴い、奥村君と横浜久嗣が協力関係にあったとして、連絡を取っていた手段や内容。だが後者に関しては知りようがない。なぜなら横浜久嗣の特殊な力で連絡を取っていたからだ。いや、厳密に言えば横浜久嗣の娘、
私は奥村君の記憶でそれを知ったが、鷹臣さんはそれを知ることが出来ない。奥村君の家に残されていたのは、七戸鳴海が力を手に入れた経緯や犯行の記録。つまり七戸鳴海に関するものだけだ。ホワイトボードに書かれた内容は、「これは奥村遥人の家にあったデータや僕の調査結果を踏まえ、蓋然性の高い推論を踏まえて書いたものです」と鷹臣さんが言っていたし、覗き見た鷹臣さんの記憶でもそれは確認できた。
つまりあのホワイトボードに書かれた内容は、ほとんどが推論なのだ。にも関わらず、鷹臣さんはほとんど真実に至っている。連絡を取っていた手段や内容を知りたい──とは言ったが、それに関してはすでに鷹臣さんの中で結論が出ていた。ホワイトボードの続きには、横浜妃奈から横浜久嗣へ継承された精神感応、いわゆるテレパシーについても「そう考えなければ辻褄が合わない」と注釈を加えて書かれていたのだ。奥村君の家に残されていたデータには、一切記述のないテレパシー。記憶を覗き見ることの出来ない鷹臣さんには、絶対に知り得ない内容。
前に糸生さんが言っていた「非論理の中の論理性を確定する感じね」というセリフは、このことを言っていたのだろう。桜子先生が言っていたように「
そこで知り得たのが、二人の連絡手段の違和感。二人は性的倒錯者が集まるネット掲示板で出会い、意気投合して男女の仲になったと言っていた。だが出会ったであろうその日から、スマホやパソコンでのやり取りが一切なくなる。その違和感を調べる前に、被害届は取り下げられ、不起訴となって違和感の真実は闇の中。
そこから今回の奥村君絡みの事件。奥村君と横浜久嗣が連絡を取っていたのは確実なのだが、その証拠が一つも出てこない。そうして全ての可能性を潰し、辿り着いた推論がテレパシー。そのうえ、このテレパシーは横浜妃奈の肉を食べたことで手に入れたと鷹臣さんは考えている。そう考えることで、横浜久嗣の七戸鳴海殺しや、奥村君を自殺に見せかけて殺そうとした動機も見えてくる。
「全部横浜久嗣の計画通りだった……」
横浜久嗣は横浜妃奈の肉を食べたことで、特殊な力を継承出来ることを知った。死亡してすぐの人は、魂がまだその肉体に残っている。その肉を食べることで魂を一部取り込み、魂の繋がりが出来るのだ。繋がった魂は時間の巻き戻しでも断ち切ることが出来ず、つまりそれが原因不明の精神疾患としても現れるし、特殊な力がある場合は引き継いでしまう。
そうして横浜妃奈の記憶を覗き見て、七戸鳴海殺害の協力者にしようと横浜久嗣の元を訪れた奥村君を、逆に横浜久嗣が利用したのだ。
奥村君は覗き見た横浜妃奈の記憶を横浜久嗣に話し、「僕は記憶の映像化を出来る。バラされたくなければ協力しろ」と嘘を吐いて横浜久嗣に協力を迫った。もちろん横浜妃奈は生きているので、例え映像化出来たとしても横浜久嗣が
だが奥村君は、横浜妃奈が幼少期から受けていた横浜久嗣からの性的暴行の記憶も大量に得ていた。それらを全て映像化すればさすがに警察も捜査するだろうし、それによって横浜久嗣の余罪も多数暴かれるだろうと脅す。信用して貰うために初めて性的暴行が行われた年齢や何をしたか、横浜妃奈がどんな反応をしたか、どんなことを言っていたか、普段の生活はどうだったかなどを細部まで語った。それに加え、もはやその時点で横浜久嗣と目を合わせ、記憶を覗き見たことで横浜久嗣の余罪も全て知り、いくつかの犯人逮捕に至っていない性的暴行事件の内容も語ってみせた。
ひとまず状況がよく分かっていない横浜久嗣が、保身から奥村君の協力を受け入れる。そこから七戸鳴海の犯行や時間の巻き戻しを聞き、テレパシーは横浜妃奈の肉を食べたことによるものなのだろうと思い至り、奥村君の見解もそれで一致した。
肝心な協力の内容だが、医者である横浜久嗣に、七戸鳴海を四時間以上眠らせて貰うこと、だ。まず七戸鳴海に五回時間を巻き戻させ、任意で時間を巻き戻せなくさせる。そのタイミングで横浜久嗣に七戸鳴海を眠らせて貰い、事前に準備した場所へ四時間以上監禁。目を覚ました七戸鳴海を殺害──というもの。これであれば殺したことで時間が四時間巻き戻ったとしても、すでに監禁されている時間にしか戻れない。もしかすれば自動で時間が巻き戻ることはないかもしれないし、一度で完了するかもしれない。もし巻き戻ったとしても、あとは
横浜久嗣はその計画を全面的に受け入れ、自分と奥村君のテレパシーによる回線を繋いだ。ただ、この時に横浜久嗣は一つだけ条件を出した。それは今後、自分に会いに来ないということ。その段階での理由も「記憶を覗き見られることが気持ち悪い。もし受け入れられないなら協力はしないし、告発なりなんなりすればいい」と嘘を吐かずに説明し、奥村君もその発言に嘘がないと感情の色で理解し、受け入れた。
そのかわり、テレパシーによる応答に応じなかったり、協力する気がないと分かったら横浜久嗣の犯行を全て映像化し、警察に渡すとも伝えた。これが決定的な判断ミスとなり、奥村君は自殺に追い込まれることになる。この段階での横浜久嗣は保身のために完全に協力するつもりでいたし、奥村君を裏切る腹積もりは一つもなかった。記憶を覗き見られるのが気持ち悪かったし、出来れば奥村君には二度と会いたくないという気持ちも本当で、だからこそ条件を出した。もちろん奥村君は最後に横浜久嗣と目を合わせ、それら全てに嘘がないかの確認もした。
その後の流れも鷹臣さんはホワイトボードに書いていた。もはやほとんど推論でしかないが、糸生さんや結束さんの捜査を元にして書かれた内容。私は奥村君の記憶を覗き見たことである程度想像出来るが、鷹臣さんはそうではない。そのうえここから先は、奥村君の記憶にもなかった領域。そう、奥村君は横浜久嗣と協力関係になってから、一度も目を合わせていないのだ。時間を巻き戻す前に一度、生田さんの生霊が起こした事件で横浜久嗣に掴みかかられているが、その際も目は合わせていない。だからこそ糸生さんは「奥村君に対してかなり怯えているように見えたし、態度にも違和感があったのよね……」と言っていたのだ。掴みかかったくせに目を合わせようとしていない横浜久嗣に、違和感を覚えたのだろう。
その後の流れだが、奥村君と協力関係を結んだ横浜久嗣はある事実に思い至る。
性的倒錯者が集まるネット掲示板で出会った新里明里の奔放な性生活と、多くの前歴。これまで新里明里は複数の強制わいせつや傷害が不起訴になっている。実はこれは、父親である飛鳥中央大の理事長が間に入っていたのだ。これは糸生さんの捜査で判明している。
それを踏まえ、そういえば──と思い出すことがある。私が七戸鳴海に最後に会った際の、「あの理事長の娘だろ?」や「噂だと男女の垣根なく……」と言っていた言葉。今になって思えば、全てが繋がっていく。
そうして飛鳥中央大の附属病院内で、新里明里と理事長が頻繁に性行為をしているという噂も、糸生さんの捜査によって入手する。実の娘との不倫というとんでもない不祥事だが、その目撃者をお金の力で封殺し続けていることも。
その事実を考えれば、飛鳥中央大で発生した意識不明の患者に、新里明里がわいせつ行為をしていることがバレない理由も何となく分かる。奈々の患者衣はあれほど乱れていたのだ、おそらく他の被害者も違和感を覚えるくらいの痕跡はあったはず。
「お金を握らせてたってことか……」
疑問に感じ、調べていた人を理事長が金銭で黙らせる。もしかすれば今回のことだけではなく、以前からそういった行為を揉み消していたのかもしれない。そう考えれば、飛鳥中央大での全ての被害者が附属病院に運ばれていたのは、新里明里が理事長に頼んでいたのかもしれないなと思う。バレる可能性が極めて低い、わいせつ目的の対象として。よくよく考えれば、一人くらいは別の病院に運ばれてもおかしくはないはずだ。考えれば考えるほどに気持ち悪い。
そうして横浜久嗣は、どうにかしてその証拠を手に入れたのだろう。例えば盗撮や盗聴。もしくはここまくれば馬鹿と表現するが、馬鹿な新里明里本人から聞いたのかもしれないし、とにかく証拠を手に入れ、理事長を脅したのだ。「七戸鳴海という人物をなんとしても飛鳥中央大に特待生としてねじ込め。出来なければこれまで封殺していた全ての不祥事をメディアに流す」とでも言って。
ここで思い起こされるのが、私が入学したてで聞いた「頭脳明晰でスポーツ万能なうえ、大学の理事長が自ら引き抜いた特待生。とても誠実で正しく──」という七戸鳴海の噂だ。
そう、七戸鳴海は横浜久嗣の策略で、特待生として飛鳥中央大に誘い込まれていたのだ。そうしてこれも糸生さんの捜査で判明したことだが、七戸鳴海の黒いワゴン車は理事長が買い与えていた。そのうえマンションの賃料まで。理事長は特待生という待遇と、金銭的援助で七戸鳴海を飛鳥中央大にねじ込んだのだ。
気持ち悪いくらいに、全てが繋がっていく。
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