【孤軍奮闘の末路】


 虚ろな目をする鳴紗めいさちゃんの写真を見て、七戸しちのへ君が「はは……」と力無く笑う。


「……写真多すぎて気持ち悪いだろ? 地元にいる時は毎日のようにお見舞いに行って写真撮ってたんだ」

「じゃあ今寂しいでしょ」

「うん、寂しい。だから東京には出てきたけど、一ヶ月に一回はお見舞いに行くつもりだよ」


 七戸君のその言葉に、「ラブラブだね」と私が言うと、七戸君は悲しそうな顔で「はは……」と少し笑い、「それでね、橙野とおのさん」と真剣な表情になる。


「僕は鳴紗がこうなったのは、誰かの仕業だと思っている」


 思いがけない七戸君の言葉に「え……?」と声を漏らし、固まってしまう。


「なんでそう思うの……?」

「いや、鳴紗のために何か出来ないかと思って、色々と調べたんだ。同じ症例がないか──ってね。それで僕の地元近辺で、同じ症例の人が多数発生しているのが分かった。しかも法則性があってね、偶然だとは思えないんだ。何者か──いや、犯人の意思みたいなものを感じる。おそらくはじめての症例は二〇一五年の四月で、その年の十月にも一人。その次が二〇一六年の四月で、十月にも一人。そうして次が二〇一七年の四月……、鳴紗だね。ここまではぴったり半年に一度のペースだ」


 七戸君はそこまで言うと一度言葉を区切り、私の目をじっと見た。相変わらず赤黒いもやの勢いは激しく、七戸君の感情が昂っているのが分かる。それよりも私が気になったのは、七戸君の「ここまでは」という言葉だ。この一連の不可解な出来事に、法則性のようなものがあったことに驚いてしまう。


「ここまではってことは……」

「そうだね。ここからペースが変わる。もうここまで来たらって言わせて貰うけど、鳴紗が被害に遭ってから半年後の十月、一ヶ月の間で五人も被害者が出た」

「一ヶ月で五人も……?」


 そう言った私だったが、頭の中では別のことを考えていた。七戸君が言う五人の被害者が出た十月は、二〇一七年の十月ということになる。つまりそこから半年後は、二〇一八年の四月──

 今だ。


「そう、五人もだ。そこから半年後、つまりだね。僕と橙野さんが通う大学ですでに四人も被害者が出ている──ってごめん、先に橙野さんに謝らないといけないことがある。僕は冴島さえじまさんが同じ被害に遭ったと知っていた。いや、知っていただと嘘になるね。同じ被害者だと思っている。でもこんな信じられないようなことを調べてるなんて、誰にも言えないだろ? だからさっきも冴島さえじまさんのことは何も知らないふりをしてしまった。ごめん。それに僕が話したことで、この事件に巻き込まれるなんてことがあったらって思っちゃうんだよね」

「七戸君……」


 すごいな──と、純粋にそう思う。七戸君はたった一人で全て調べ、なおかつ誰も巻き込まないようにと、周りにも配慮していたのだ。溺愛していた鳴紗ちゃんがおかしくなってしまい、そこから一年も一人で走り続けている。奈々のために頑張ろうと決めた私と七戸君の姿が重なり、気付けば私は「もう五人目だよ……」と声に出してしまっていた。


「五人目?」

「うん、そう……。新里にいざとさん分かる? 大学の保険医の」

「ああ、あの理事長の娘だろ?」

「理事長の娘なの?」

「逆に知らなかった方が驚きだよ。苗字も一緒だしね。それにしても新里さん、えっちなお姉さんだよな。噂だと男女の垣根なく……」

「こんなときにふざけないでよ……」


 そうは言ったが、もしかすれば七戸君はわざと軽いノリでいるのかもしれないと思う。そうしなければ、走り続けられないのかもなと。


「新里さんがね、奈々が医務室に運ばれた時に教えてくれたの。それでさっきなんだけど、また新しく被害者が出たって連絡が来て……」

「やっぱりか……、今月に入って二人目の時点で、これはまた五人被害に遭うんじゃないかって思ってたから。でも悔しいな……、僕は調べてるだけで何も出来てない。まあでも、これであと半年は犯人が動かないってことは確定だよね」


 これまで一人で頑張ってきた七戸君がいたたまれなくて、「あのね、七戸君……、犯人──」と口にしてしまう。だがその先の言葉は呑み込んだ。禍々しく渦を巻く赤黒いもやを纏う七戸君。それは鳴紗ちゃんをおかしくした犯人に向けられている。例えば奥村遥人おくむらはるとが犯人だと教えたとして、もしかすれば七戸君は──と思ってしまう。それを確認するために、「犯人が分かったら七戸君はどうするつもり……?」と問いかけた。七戸君はしばらく黙りこみ、そうして身震いするほどの冷たい視線を私に向け、「殺すよ」とだけ口にした。


「そう……だよね……」


 七戸君の言葉が口先だけではないことは、赤黒いもやからも分かっている。奥村遥人が犯人だと教えたとしたら、本当に殺しに行くだろうと思う。ただ、相手は時間を戻すことが可能なのだ。そんな相手に立ち向かったとして、逆に殺されてしまう。


「はは……、変なこと言うかもだけどって言ったけど、変なことだっただろ? 今の話は聞かなかったことにしてくれたら嬉しいかな」

「なんで私に話したの……?」

「聞きたい?」

「うん」

「引かない?」

「引くような理由なの?」

「ああいや、自分でもちょっと気持ち悪いと思うんだけど……、橙野さんがなんとなく鳴紗に似てて。ほら──」


 そう言ってもう一度見せてくれた鳴紗ちゃんの写真、右目の下を七戸君が指差し、「薄くて小さいからよく見えないけど、泣きボクロが縦に二つ並んでるだろ?」と愛おしそうに呟く。そこには確かに泣きボクロが二つあり、ただ私よりも薄いので、見逃していた。


「ほんとだ……、私と一緒だね」

「それと……、ほら、学校だといつもポニーテールだったけど、それ以外は髪を下ろしてたからさ。髪下ろしてメイクした状態だと似てるだろ?」


 そう言って見せてくれた鳴紗ちゃんの写真は私服姿で、メイクもしっかりしている。確かに私に似ているなと思う。と言ってもそっくりではなく、似ている程度。


「もしかして私に興味持ったのって鳴紗ちゃんに似てたから?」

「気持ち悪いだろ?」


 そう言って七戸君が笑う。


「今日は色々と話せてよかったよ」


 七戸君に本当のことを言うべきかどうか迷いながらも、「うん」とだけ短く返事をした。とにかく今は頭の中がぐちゃぐちゃで、どうすることが正解なのかが分からない。話した感じでは、七戸君は特殊な力を持っていないように思うし、となれば奥村遥人に対抗なんて出来ないだろう。と言っても、七戸君の記憶を正しく読めなかったのはなんでだろうか、実は上手く隠しているだけで特殊な力があるのだろうかとも思うし──

 とにかく頭の中はぐちゃぐちゃだ。ひとまず川口さんの記憶を見て──と思うが、見たところで──とも思う。もう訳が分からなくて、少し泣きそうになる。そんな私に「……ってことで連絡先交換しよっか」と、七戸君が軽いノリでスマホを向ける。画面にはQRコードが表示されていたので、「う、うん」と返事をしながら読み取った。


「っし! 橙野さんの連絡先ゲット!」

「すごいね、七戸君は……。無理やり元気に見せてるんでしょ」

「どうだろうねぇ? まあでも、ちょっと元気は貰えたかな?」

「ちょっとだけ?」

「だってまだ連絡先交換しただけだからね。ちょっと今は持病のせいで体調悪いから落ち着いてからだけど、ご飯でも一緒に行って欲しいかな」

「具合大丈夫? 長々と話してごめんなさい」

「あれ? ご飯の誘いは流した?」

「ふふ、いいよ。ご飯くらいなら」

「っし! 何がいい? 好き嫌いある?」

「特にはないかな。七戸君の行きたいところでいいよ」

「じゃあ肉だな、肉。やっぱり男は肉だ!」

「肉が好きなの?」

「美味しくない? 厚めの肉に歯を食い込ませて噛み千切る瞬間なんかは……」


 そう言ってはぁはぁと息遣いを荒くする七戸君に「ちょっと猟奇的だよ」と言って、二人で笑う。その後七戸君は「連絡するね」とスマホを振りながら、病院の中へ戻って行った。その背中を見送る私の口からは、「本当にいい人だったんだ」と自然に言葉が漏れた。それに続けて「でもどうしよ……」とも。七戸君と話せば突破口のようなものが見いだせると思っていたが──


 考えても仕方がないので、とりあえず川口さんに会おうとA棟へ向かう。だが七戸君と長々話していたので、すでに川口さんは運び込まれた後。そういえば少し前、救急車の音が聞こえたなと思い出す。これから検査などがあり、家族もまだ到着しておらず、もし面会したいなら明日以降になると言われてしまった。それもそうだよねと思う。搬送直後であれば目ぐらいは合わせられると思ったが、こうなっては明日まで待つしかない。

 

 この後どうしようか、奈々に会いに行こうかと思うが、B棟に行けば生田いくたさんの生霊に遭遇するかもしれない。しっかり見つめなければ薄く朧気なままなのだろうが、あっちは私を認識している。また近寄って来られたらと思うと、怖くて震えてしまう。ただ、やはり帰る前に一度奈々に会いたいと、B棟の二階に向かった。



 ---



「よかった……」


 心の底からの安堵の声が漏れる。幸いにも生田さんの生霊は一階にも二階にもおらず、奈々の病室まで辿り着くことが出来た。途中立ち寄ったナースステーションで、過呼吸で倒れた奈々の母親も念の為に入院することになったと聞いた。父親は荷物を取りに一度家に戻ったようで、病室には奈々と二人きりだ。

 とりあえずベッドの横に腰掛け、奈々の手を握る。すると奈々が少し動いた。


「ふふ、もっと動いていいんだよ?」


 奈々は意識が無い訳ではないので、ある程度は動く。私がいない間も少し動いていたのか、患者衣の胸元がはだけ、中のキャミソールが見えていたので直してあげようと手を伸ばす。


「胸見えちゃうよ奈々」


 中のキャミソールは胸が見えそうなデザインで、おそらく昨日、中に着ていたものなのだろう。バタバタとしていたせいで、奈々の両親もそこまで気が回らなかったのだろうと思う。父親がちゃんとしたインナーを持ってくればいいなと思いながら、キャミソールも直そうと手をかけたところで、少し違和感を覚えた。奈々の胸はだいぶ露出していたのだが、こんなに露出するだろうか──と。確かに奈々のキャミソールは胸が見えそうなデザインだが、それにしてはと思ってしまう。

 ある程度動く奈々だが、それは手や足が少し動く程度。寝返りは自分で打てないらしいし、となれば誰かが、いや、奥村遥人が──と考えてしまう。


「考えすぎだよね……、もしかしたら体を拭いて貰った時にずれたのかもね……」


 奈々のキャミソールと患者衣を直し、それから一時間ほど一緒に過ごした。途中来た看護師さんに念の為「私の他に誰かお見舞いに来ましたか?」と聞いてみると、「新里さんなら様子を見に来たけど、それ以外は──」ということだった。どうやら新里さんは奈々以外の三人のお見舞いにもよく訪れるらしく、いい人なんだなと改めて実感する。

 友達がまだ一人もお見舞いに来ていないことに関しては、おそらく昨日の今日でまだ知らない人もいるだろうし、知ったとして気を使って落ち着いてからお見舞いに来るのだろうと思う。

 

「ごめん奈々、私も一回帰るね。着替えたいし、また明日来るから」


 名残惜しいが、奈々にそう伝えて手を握る。すると少し握り返してくれ、私の目からは涙が溢れた。

 その後、タクシーを使って帰宅。家は病院から近いのだが、奥村遥人がどこにいるのか分からないし、一人で道を歩くのが怖かったからだ。家に帰ってきた私はお風呂に入り、下着のままベッドへと飛び込んだ。気付けばいつの間にか眠っていたようで──

 疲れていたからだろうか、朝まで一度も起きずに寝ていたようだ。時刻は午前七時二十一分。寝起きの回らない頭で、ニュースでも見ようとテレビをつけた。のだが、そこには信じられないものが映し出されていた。呆然とテレビを眺める私の耳に、女性アナウンサーの緊迫した声だけが次々と響く。


 今朝方、飛鳥中央大学附属病院の旧北館で、飛鳥中央大学一年、七戸鳴海しちのへなるみの遺体が発見され──

 犯人は同大学一年の奥村遥人おくむらはると──

 被害者のすぐ側で首を吊っていたが死亡はしておらず──

 現在、意識不明の重体で──

 犯人は遺書の変わりに自殺の様子を動画配信し──

 動画を見た方からの通報で駆けつけた警察官が──

 動画の拡散はおやめ下さい──

 

 と。


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