第8話

「見た?公女様。さっき主治医に怒られて、お部屋に連れ戻されてたわ。真っ黒な髪で、本当に気味が悪い」

 箒を手にしたメイド達が、昼下がりの庭園を掃きながら口を開く。

「昨日なんて、リネン室に押しかけてきて、そこに居たメイド達を尋問したらしいじゃない。鋭い目つきだったって聞いたわ」

「貴方、その場にいたんでしょ?どうだったのよ、公爵邸の悪女は」

「うーん。綺麗だったけどな。怖ろしいって感じではなかったよ」

「まぁ、貴方は心臓が強いのね。私だったら耐えられないわ」

「私達まで尋問されたらどーし…」

 バンッ…パリン

「きゃあ」

「何?」

「見て上!鳥じゃない?ガラスが割れた音がしたわ」

「あそこの部屋は…何の部屋だっけ?」

「とにかくメイド長に報告を」

「メイド長は不在よ。マリアならリネン室に居るはず」

「急いで」



「ステファン先生、私、痛みを和らげる呼吸方法と、体重を分散させる歩き方を見つけたんです!なので、決して無理をしているわけでは…」

「それは素晴らしいですね」

 ステファン先生は、ニッコリと微笑むが、その目は決して笑ってはいなかった。

 これは、私の意見を聞くつもりはないな。

 オペの後、傷の治りが順調なのは、本当なのに。

 誰かの足音が近付いて来る。

 足音の軽さと歩幅からして…マリアだ。

「公女様!」

「マリア、ノックしてノック…」

「申し訳ありません。公女様、様子がおかしな部屋が見つかりました。公女様が倒れられていた、別館です」

 私は思わず立ち上がるが、ステファン先生に腕を掴まれ、再びベットに腰掛ける。

「公女様」

「すみません。マリア、どういうことか説明して」

「はい。先程、庭園の清掃をしていたメイド数名から報告が上がりました。鳥が別館三階の窓ガラスにぶつかり、ガラスにヒビが入ったと」

「その、割れた窓ガラスの部屋の様子がおかしいってこと?」

「はい。そこは、現在は使われていない、倉庫のような部屋でした。常に施錠されていて、鍵はメイド室の鍵箱に、他の鍵と一緒に保管してあったはずなのですが…その部屋の鍵だけ見当たらないのです」

「いつからなかったのか分かる?」

「近くに居たメイド達には確認してみましたが、覚えている者はおりませんでした。何しろ、この公爵邸には、覚えきれないほどの部屋がありますので、使われていない部屋の鍵のことなど、みな気にも留めておりません」

「そうだよね」

「それと、その部屋の前に行ってみたのですが、何とも言えない、不快な匂いがするのです」

 私は、思わずステファン先生の方を見る。

 ステファン先生も、私と同じ事を考えているようだ。

「マリア、その部屋の陽当りはどお?」

「え、陽当りですか?良好でございます。別館の三階は日中とても暖かいです」

 鳥が窓ガラスに突進したということは、部屋のカーテンは開いていたのだろう。

 この国に四季があるかは分からないけど、私が知るここ二日間は、初夏のような陽気だった。

 直射日光が刺し、閉め切った部屋の温度は、かなり上がるはず。

「イザベラとカーライル卿を呼んできて。マリアは、他の人が別館三階へ立ち入らないように手配して。ステファン先生、一緒にその部屋へ行って頂けますか」

「これは行かざるを得ませんね」

「公女様、私も行きます」

 マリアが慌てた様子で訴える。

「マリアはやめておいたほうが良いと思う」

「…かしこまりました」

 私の真剣な表情に驚いたのか、マリアはそれ以上何も言わなかった。

「ありがとう。それと、今から伝えるものを準備して」




「公女様」

 イザベラが、スケッチブックを抱えて駆け寄ってきた。

「イザベラ、来てくれてありがとう」

「とんでもないことにございます。公女様、この部屋は一体…この匂いは何ですか?」

 イザベラが顔をしかめる。

 マリアが話していた部屋の前に立つと、確かにあの匂いが漂っていた。

 これは、刑事時代に何度も嗅いだ腐敗臭だ。間違いない。

 ステファン先生やカーライル卿も、気づいているようだ。

「イザベラ、もしも辛かったら無理をしないで、すぐに言って欲しいの。この匂いは、生き物や体液が腐敗した匂いだと思う」

「えっ」

 イザベラは、口元を押さえながら顔を青くする。

「私が倒れていた場所と、この部屋は同じフロアにあるのは分かるよね。もしかしたら、事件と関係あるかもしれないと思って、あなたを呼んだの」

 イザベラは、何かを決意したように、目を輝かせた。

「分かりました。お役に立てるよう、努めます」

「ありがとう。でも、無理はしないように。カーライル卿、ドアを開けて下さい。イザベラ、時間の記録を」

「かしこまりました」

「かしこまりました」

 スラッと、カーライル卿が剣を抜くと、周囲の空気が引き締まった気がした。

 流石の迫力だ。

 カーライル卿は、両手で剣を握ると、ドアノブの少し上に切っ先を突き立てた。

 そして、貫通した刃を、デッドボルトへ向け振り下ろす。

 キンッと、金属が擦れる音がした。

 ドアを大胆に壊すと思ったのに、金属部分だけを切り落とすなんて、凄い技術だ。

 現場保存の観点からしても、必要最低限の措置はありがたい。

「公女様」

 カーライル卿が、剣を収め振り返る。

 私は黙って頷き、髪を頭の後ろでお団子にまとめた。

 マリアが用意してくれたスカーフを頭に巻き、シルクの素敵な手袋をはめる。

 ふぅっと息を吐き、下腹に力を入れて、ドアノブに手をかける。

 キィ

「うっ」

 強烈な匂いに、ステファン先生でさえ口元を押さえる。

「ここが、現場ね」


 広々とした部屋は、倉庫と呼ぶには物が少なかった。

 部屋の隅に、使用していないテーブルや椅子、チェスト等が寄せられていて、その上には布が被せられた調度品が並べられている。

 窓の近くに、鏡が置かれた小さなテーブルが一つある以外、何も無い空間だった。

 だが、そんな広々とした部屋のど真ん中に、おびただしい量の血液が広がっていた。

 血液は絨毯にずっしりと染み込み、暗褐色に変化し腐敗していた。

 私は一人室内に入り、血痕に近づく。

 絨毯の染みには、大量のウジが湧いている。

 モワッとした部屋の温度は、二十五度くらいだろう。

「ウジは、まだ蛹になっていません。つまりこの血液は、絨毯に付着してから一週間以内だということ。私の血液と見て間違いないでしょう」

 部屋の外で、ステファン先生が目を丸くする。

 イザベラの絵を見てから、ずっと引っ掛かっていることがあった。

 それは、エイヴィルが発見された時、廊下に血痕が少なかったことと、片方だけ脱げたハイヒールが見つかっていないこと。

 やはり、エイヴィルは別の場所で刺されていたんだ。

「イザベラ、記録できそう?」

「はい。大丈夫です」

 イザベラは、スケッチブックに手早く図面を引く。

「カーライル卿とステファン先生は、そこから見ていて下さい。部屋の中には、イザベラだけ入ってきて」

「はい、公女様」

 イザベラは、私と同じように頭にスカーフを巻き、躊躇することなく、腐敗臭が漂う室内へ入る。

「私にもお手伝いさせてください」

 ステファン先生が声を上げる。

「先生には、立会人になって頂きます。どうか捜査には参加せず、作業を見守っていてください」

 鑑識作業において重要なのは、記録、写真撮影、そして立会人の確保だ。

 でっち上げてはないと証言してくれる人物がいない限り、どんなに有力な物証を見つけても、公判で証拠申請する事は出来ない。

 この時代では写真撮影も叶わないが、イザベラの画力があれば、陪審員も納得するはず。

 私は、ドレスの裾をたくし上げ、四つん這いの姿勢になる。

「こ、公女様!」

 イザベラが声を上げる。

「証拠を探さないと。イタタタ」

「公女様、傷に障ります。私にやらせてください」

 イザベラがしゃがみ込む。

「え、でも」

「何を探せば良いですか」

 イザベラは、真剣だった。

「…全て」

「…」

「この部屋に残っている、全てを拾って欲しいの」

 私は、イザベラの真剣な眼差しに応える。

「はい。お任せください」

 二人で支え合うようにして立ち上がり、私は外した手袋をイザベラに渡した。

 そして、四つん這いで床を見つめるイザベラの後を、私はスケッチブックを持って追っていく。


 全てを拾ってほしい。

 この一言だけで、イザベラは私の意図を理解してくれた。

 イザベラは、髪の毛一本でも見逃さなかった。

 私達は、見つけた証拠品の場所を、二方向から距離を測り固定した。

 それを図面に落とし、一つずつマリアが用意した封筒に入れていく作業を繰り返していく。

「公女様、こんなところに血液が飛び散っています」

 イザベラは、部屋の隅に寄せられたキャビネットの手前で、血痕を見つけた。

「ん?あれは…」

 イザベラが、キャビネットの下を覗き込む。

「どうしたの?」

「公女様のハイヒールがあります。それとその近くにあるのは、もしかしたらナイフかもしれません」

「待って!」

 私は、手を伸ばそうとしたイザベラを静止する。

「危ないから、私が取るよ」

「で、ですが」

「大丈夫」

 私は床に腹ばいになり、チェストの下に手を伸ばす。

 刃に触れないよう慎重に、ハンカチで柄を掴んだ。

「取れた!ふう。やっぱりナイフだった…」

「公女様?どうされましたか?」

 金色で、細かな装飾が施されている、小さなナイフ。刃や柄元に、褐色の血液がこびりついている。

 間違いない。

 これは、あの日『私』が刺された、博物館の展示品だ。

 床に落ちる刃物から飛び散る鮮血と、鉄のような匂いを思い出す。

 あの瞬間。

 死んでいく自分に気付いてしまった、あの瞬間の恐怖。

 呼吸が上手くできず、私は目眩に襲われる。

「公女様!」

 イザベラの叫び声が聞こえた後、背中を誰かに支えられた。

 ぼんやりした頭で振り返ると、私を心配そうに見つめる緑色の瞳と目が合った。

「カーライル卿」

 カーライル卿は、後ろから手を回し、震える私の手に、自身の手を重ねた。

 その時初めて、私が物凄い力でナイフを握りしめていたことに気づいた。

 カーライル鄕は、私が冷静さを取り戻したタイミングを見計らい、そっと手からナイフを引き剥がす。

「申し訳ありません。部屋に立ち入ってしまいました」

「いえ。ありがとうございます」

 カーライル卿は、それ以上何も話さず、私のために椅子を用意して座らせてくれた。

 そして、自身のマントを外し、私の背中に掛けた。

 ふわりと、カーライル卿の香りに包まれ、ひだまりの中に居るような、そんな穏やかな気持ちになった。


 そこからの作業は、イザベラが捜索、カーライル卿が記録を担当してくれた。

 そんな二人の様子を、ステファン先生も真剣に見つめる。

「公女様。絨毯をめくってもよろしいですか」

 一通り捜索し終えると、私が指示する前に、イザベラが自ら提案してきた。

 なんてセンスの良い子なんだろう。私は思わず感心する。

 カーペットや畳の裏まで鑑識作業を行うのは、警察官にとって当然のことだが、その必要性に気付くなんて。

「お願いします」

 カーライル卿が、重たい絨毯の端をめくり上げ、クルクルと巻いていくと…

「きゃあ」

 イザベラが悲鳴を上げる。

「えっ?」

 絨毯の下から、グロテスクなほど緻密な幾何学模様が姿を表した。

 プリントしたかの如く正確に床に描かれ、シンメトリーな円形のそれは、黒色のレースを連想させた。

 みぞおちを押されたような、吐き気が込み上げる。

「これは…なに」

 イザベラは、涙を浮かべながらガタガタと震えている。

 ステファン先生の青い顔に、汗が流れた。

 私の問いかけには誰も答えず、沈黙が流れる。

「誰か答えて!」

 私は立ち上がり、思わず声を張り上げる。

 そんな私の肩を、カーライル卿が優しく支える。

「公女様。驚かれたでしょうが、どうか落ち着いてください。私も詳しくはありませんが、恐らく邪術の一種かと思われます」

「邪術?呪いのようなもの?」

「はい。帝国では現在、邪術の類は禁止されています。そもそも、邪術で人を呪い殺したり、死人を蘇らせることはできません。ですが、相手に対する恨みの深さを示すため、また、相手を脅迫する場合などに、貴族社会でも使用されることは希にございます」

「つまり貴族社会における邪術は、最上級の嫌がらせっていう感じですか?」

「その解釈でよろしいかと」

 だとしたら、これはかなり悪質だ。

 直径三メートルはある魔法陣のような模様は、狂気に満ちている。

 わざわざこの上で、エイヴィルは殺されたのだ。

 単なる嫌がらせ?

 恨みが強いだけでここまでするのだろうか。

 犯人側に、何らかの偏った信仰や、精神的な問題があったのだろうか。

(っは。薄気味悪い髪色。まるで呪いね)

 それか本当に、呪いが存在するというの?

 いや、出血量からして、エイヴィルの死因は出血性ショックの可能性が高い。

 髪色だって…。

 落ち着いて水野。

 自分でも分かるほど、混乱している。

 そんなグニャグニャな視界の隅に、鉛筆を走らせるイザベラの姿を捉えた。

 涙がこぼれ落ちないよう、眉間にシワを寄せ、必死に幾何学模様を描き起こしているその姿は、かつての自分と重なる。

 子供達が襲われた悲惨な現場でも、雪が降る真夜中の火災現場でも、歯を食いしばって耐えてきた。

 そうだ。

「オカルトだろうが、変態だろうが、絶対に捕まえてやる」

 私の決意を聞いたイザベラの目から、ポロリと涙が落ちた。

 そんなイザベラに、カーライル卿がハンカチを差し出す。

 誰も何も話さなかったが、その場に居たのは確かに、チームだった。




「公女様。髪をお拭きいたします」

「ありがとう、マリア」

 患部を濡らさないよう、湯船につかれない私のために、マリアは身体のパーツごとに小さな桶を用意し、少しずつ洗ってくれた。 

 腐敗臭をつけて部屋に帰ってきた時の、マリアの顔といったら。

「ふふ」

「公女様?」

「ううん。ごめん、何でもないの」

 マリアと二人でほほえみ合う。

「髪が乾きましたら、御夕食をご用意いたしますね」

 その時、ドアを丁寧にノックする音が響いた。

「公女様。ガスパルにございます」

「執事長。公女様は湯浴み中にございます」

 マリアが応じる。

「申し訳ございません。旦那様が、執務室に公女様をお呼びにございます」

 ついに来た。

 エイヴィルの父親、バスチアン・デ・マレ公爵。

 皇帝陛下の実弟にして、帝国唯一の公爵。

 そして、娘の殺人未遂事件の捜査にストップをかけた張本人。

 大怪我をした娘を呼びつけるなんて。

「ガスパルさん。準備ができ次第伺うと伝えて下さい」

「承知いたしました」 

 さっきまでの穏やかな雰囲気が嘘のように、空気がこわばる。

「公女様…」

 マリアが心配そうに私を見つめる。

「公爵閣下が公女様を呼ぶなど、初めてのことでございます」

 え?

 そうなの?

「大丈夫。最低限の身支度だけお願い」

 私は、マリアに笑顔を向けて応えた。

「かしこまりました」



 コツコツコツコツ

 執務室まで続く、広く薄暗い廊下に、細い靴音が響く。

 ついてこようとしたマリアを、何とか説得して部屋にとどめた。

 公爵邸を一人で歩くのは初めてだ。

 ここ公爵邸は、四つの建物に分かれている。

 南側には、正面玄関がある本館、北側にはエイヴィルが倒れていた別館がある。

 東館には、エイヴィルの寝室が、西館には公爵の寝室がある。

 見事な中庭を囲むように、四つの建物が顔を突き合わせている。

 公爵の執務室は、西館にある。

 マリアから教示された経路は複雑で、たどり着くまでに時間がかかると思っていたが、あっという間に執務室の扉の前まで来てしまった。

 つまり私は、緊張しているのだろう。

 ふうっと息を吐き、ドアをノックする。

 コンコンコン

「入れ」

 部屋の中から、低い声が聞こえた。

「入ります!」

 大声を張り上げ、両手でドアノブを持ちながら勢い良く開けると、カーライル卿とは違った隊服の騎士と目が合った。

 その騎士の驚いた表情を見て、自分がつい警察官の入室方法をしていたことに気づいたが、もう遅かった。

 大きく二歩進み部屋に入ると、くるりとドアの方に向き直り、両手でそっとドアを締めた。そして、俊敏に気をつけをして、回れ右をした。

 両方のかかとをカツンと合わせ、背筋を伸ばして顔を上げると、エイヴィルの部屋以上に広い執務室が、目の前に現れた。

 無駄な装飾はないが、重厚感のある家具がセンス良く配置されている。

 その一番奥に置かれた、とてつもなく大きく高そうな机に、男性が両肘をついて座っている。

 バスチアン・デ・マレ公爵閣下。

 肖像画よりも、ずっと若く見える。 

 何ならかっこいい。 

 綺麗な金髪に、水色の瞳。

 薄っすらと目元を覆うクマが、何だか色っぽい。

 だが、その瞳は鋭く光っている。

 とても娘に向ける視線ではない。

 品定めをされているような、試されているようなこの居心地の悪さは、身に覚えがある。

 警部補昇任の口述試験だ。

 私は顎を上げ、一歩づつ丁寧に歩みを進めた。

 公爵の五歩前で立ち止まり、ドレスの裾を持ち、膝を軽く曲げた。

「おかえりなさいませ、お父様」

 ゆっくり、視線を公爵に向ける。

 試しているのは、こちらも同じだ、と。

 沈黙が流れる。


「…」

 公爵は、表情を変えることなく口を開いた。

「お前は記憶を失っているのだろう。私を父と呼ぶのか」

「ご気分を害されたのなら、謝罪いたします」

 冷たく鋭い言葉から、必死に意図を探る。

「構わない」

 え?

 騎士たちの戸惑う姿を横目に捉える。

 明らかに動揺が広がっているのが分かる。

「その髪色…」

「申し訳ありません」

「謝罪の必要はない。前よりもずっといい」

「…ありがとうございます」

 私は、恐る恐る顔を上げると、公爵と目が合う。

「ああ」

 言葉の冷ややかさとは裏腹に、愛のこもった優しい眼差しが向けられた。

 それは間違いなく、父親が娘に向ける眼差しであり、私の胸を締め付けた。

 思わず下を向く。

(理不尽や不条理を?それを黙って受け入れるのが、淑女の生き方だと教わってきました)

 エイヴィル。

 貴方は愛されていたの?

 一体、どういうことなの。

 

「皇太子から、招待を受けたそうだな」

「えっ…はい」

 唐突に聞かれ、思わず素で答えてしまった。

「応じるのか」

「お断りしても?」

 皇室からの招待は断れないことは、もちろん知っていますけど。

「お前が行きたくないのなら、断ればいい」

 え?

 騎士の一人が、口を挟もうか迷っている。

「いいえ。行かせていただきます」

「そうか。誰のエスコートを受けるつもりだ」

「ウェールズ卿です」

「ウェールズ家の…そうか…」

 ノア…やっぱりマズイのかしら。

 カーライル卿の方が良かったとか?

「…」

「…」

 沈黙に耐えられず、とりあえず微笑んだ。

 すると公爵は、再び優しい眼差しを私に向けた。

「騎士団を護衛につけよう」

「ありがとうございます」

「話は以上だ。ゆっくり休め」

「はい。失礼いたします」

 私は、スカートを持ち上げ、膝を曲げ挨拶をし、くるりと後ろを向いた。

「エイヴィル」

「はい」

 振り返ると、公爵は立ち上がっていた。

「無理にその様な靴を履く必要はない」

 ああ、だめだ。

 そんな、見返りを求めない愛情を向けないで。

「ありがとうございます。お父様」

 忘れるな、水野。

 この男だって、容疑者の一人だということを。


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