3話 悠希の決意

〚7月20日・日曜日・6:43・神奈川県芦名市・快晴〛


 シャワーを浴びてからいつも通りの朝食をサッと済ませ、自室に戻ってきた。


 本来なら昨日のの動画をしっかり調べてみようと思っていたところなのだが……


「朝のアレ、何?」


 自分の身に起こったことが異常すぎてどうにも集中できそうにない。


 中学から使っている学習机に向かいお気に入りのシャーペンを手に取りノートを開く。


 1度、情報を整理しよう。


・いつも通りランニングしていた

・変なヤツに声を掛けられ、何かしらの勧誘?を受けた

・ピンク髪の女が現れ、男は消える

・ピンク髪の女に撃たれる

・気づいたらベッドの上


 ノートに書き出して改めて、夢だと思いたいくらい脈絡が皆無。夢だとしてどんな思考回路してたらこんな夢見るんだよ。


 男も女も見たこと無い顔だったし、足に疲れも残ってて服装もランニングウェアのままだった。


 って事は夢では無いんだろうな。


「なっっっっっっんも分からねぇ」


 うんうん唸りながら頭を捻ってみても、理解に繋がる切っ掛け1つすら掴めない。って事は考えても無駄か?


 何度も「夢?」「夢じゃない」「夢?」「夢じゃない」と繰り返した結果辿り着いた結論に全身を酷い脱力感が襲う。なんだったんだこの時間。



「ん?」


 今朝の事件は諦め、昨夜の消失バグの動画でも見直そうかと考えSNSを開いたのだが、昨日の動画が見つからない。


「あれ、消したのか?」


 話題になりそうな動画だったし、誰かが転載しているかもと検索を掛けてみたがやはり見つからない。他のSNSや動画投稿サイトにすら件の動画は存在しなかった。


「なんなんだよ」


 段々と腹が立ってきた。昨夜から、わからないことだらけだ。あの動画は確実にし、今朝の事件だって確実にボクの身に起こったことの筈だ。


 スマホを机に荒く置き、壁を蹴って椅子に乗ったまま移動する。煮詰まったら……


「ゲームだよな」


 現実逃避と言われればそれまでだが、全く関係ない事をしている最中に重大なひらめきがあるなんて事はザラにある。


……なんて言い訳をして、ゲームがしたいだけだ。


 サブデスクに置いてあるゲームハードとモニターに電源を入れ、ゲームカードを入れたケースを開く。


「さてと──




〚7月20日・日曜日・09:50・神奈川県芦名市・快晴〛


「っしゃぁ!!」


 思わず大きな声が出た。


 画面の中では二足歩行のイケメン狼が不敵な笑みを浮かべ勝利を知らせるファンファーレが鳴り響く


「ぁーー……気持ちいい」

「気持ちよくなってるところ悪いけど、悠希さん来たよ」

「っとおわぁあッ!!」

「うるさ」

「ノックしろよビックリするだろ」

「それ、ママに言うやつじゃないの?」

「気の利いたツッコミどうもありがとう」


「そのノリ、家でも変わらないんだね」


 悠希はどうやらルナとのやり取りを部屋の外で聞いていたらしい。外で待たせるのも悪いと思って上がらせたのだろう。


「ノリとか言われるとハズいからやめて欲しいんだけど」

「ああ、ごめんごめん。オレは好きだよ」


 好きとか、そういう歯の浮くようなこともサラっと言えてしまう。悠希と知り合ってから1年半くらいだが、未だに感心する。ボクには無理だ。


「悠希さん、こんなつまんない兄ほっといて私と遊びませんか?」

「おい」

「ごめんねルナちゃん。今日はルカに用があって来たんだ」

「残念。映画楽しんでくださいね」

「おい悠希、『つまんない』は否定しろよ」

「あっははは、それもそうだね」


 そんなやり取りをひとしきり終え、「じゃ」とだけ言い残し自分の部屋へ退散していくルナ。全く嵐のようなヤツだ。何かしらボクを貶さないと気が済まないのだろうか。



「待たせた。ごめんな」

「いいよ、早く着いたのはこっちだし」


 流石の聖人っぷりである。



「そういや、悠希って昨日SNS見てたか?」


 その質問は、ほんの世間話の一端だった。椅子から立ち上がるついでに、ふと気になって口を衝いただけだ。


「いやぁ、あんまり見てないかな。自主トレとかしてそのまま寝ちゃってた。どうかした?」


 ゲームしてSNSを眺めて寝たボクが馬鹿みたいだろやめろよクソ真面目。と思いつつも、悠希は聞き上手でこっちの喋りたいことをスラスラと引き出してくれる。


「いや、どうかしたってワケじゃなくて、知ってるかなって思っただけなんだけど」

「ん?何を」

「昨日の晩、地方トレンドにってのが乗っててさ」

「……ふーん?」


 思い出そうとしたのか、返答に少し間が空く。


「川崎の道端で人が一瞬にして消えたって映像がプチバスってたんだけど、今朝見たら無くてさ」

「それ、ホントにあったの?」

「それがさ、もう自信無いんだわ」

「ん?」

「朝から散々でさ。夢なんじゃないかって」


 素直に聞き返してくる悠希の真面目そうな顔を見ていると自分がなんだか突拍子もないことを喋っている気がして恥ずかしくなり、側頭部をワシャワシャと掻きながら俯く。


「ごめんやっぱ今のナシ。もう出ようぜ」


 壁に引っ掛けてあるリモコンを手に取り冷房のスイッチを消して振り返ると、悠希が目を閉じて息をフッと吐いた。


 空気が、変わった。


「夢じゃないよ」

「……は?」

「夢じゃない。」


 そう言った悠希の顔はどこか不安そうに見えたが、その口調には確かな意思が感じられた。


 一呼吸置いて、悠希がまた口を開く。


「ルカ……言わなきゃいけない事がある」



 張り詰めた空気を読まずに鳴り続ける自動洗浄モードのエアコンの音が、やけにうるさく聞こえた。

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