1話 消失バグ

〚7月19日・土曜日・14:15・神奈川県芦名市・快晴〛


 家に着く頃には体力が完全に底をついていた。ドアを開けてカバンを投げるように下ろして、勢いよく玄関に座り込む。


「気温は高いし蝉は五月蝿ウルサいし、ロクな季節じゃないな……」

「全面的に同意だけど、玄関先の独り言はキモいからやめてほしいかな」


 と辛辣なのは妹のルナ。最近は反抗期気味で、家族の中で特にボクに対して当たりが強い。


「ルカだって部屋でずっと喋ってんじゃん」

「え、何聞いてんの!?キモすぎるんだけど」


 ド深夜に隣の部屋からずっと喋り声が聞こえてきたら、気になるのは当然だろう。思ったよりも焦るルナに多少の違和感を覚えながら立ち上がる。


「シャワー浴びなよ。臭いから」

「一言余計だ」

「臭い」

「そっちに絞るのかよ」


 夏場のお約束みたいになったやり取りをして、制服を脱ぎながら脱衣所に向かう。シャツは、制汗剤の匂いと自分の汗の匂いが混ざって、まぁ確かに臭かった。




〚7月19日・土曜日・18:52・神奈川県芦名市・快晴〛


「でさ、お兄ぃ玄関で何かブツブツ言ってんの、1人で。ヤバくない?」


 ルナは楽しそうにボクを話題に出すが、ボクにとっては何も楽しくない。……って言うか、家族団欒の中でその一員を貶める発言をしないで欲しい。切実に。


 父さんも、「男にはそういう時期がある」なんて的外れなフォローしながら呑気に晩飯をつまんでないでルナを止めてくれ。あとさっきからずっと震えているスマホは大丈夫なのだろうか。多分編集さんだろう?まだ原稿が上がってないのか?電源を切るな父さん。なかったことにしようとするな父さん。


 母さんは母さんで「パパも高校のときはずっと1人だったもんね」なんて懐かしそうに言っているが、何のフォローにもなってない上に何故か父さんにダメージまで入れていく。これを天然でやっているんだから意図的に攻撃してくるルナよりタチが悪いかもしれない。


「いや、まぁ1人……って言うか、ね。」

「へー、パパもボッチだったんだ」

「ボッ……」


 特に興味なさげなルナの相槌が父さんを襲う。我が妹ながら、とんでもない切れ味だ。かの有名な日本刀にあやかって【数珠丸ルナ】と名付けてやろうか。


「ごちそう、さま。」


 父さんは明らかに気落ちした様子で食器を流し台に置いて自室に戻っていった。これから更に編集さんに叱られるのかなと思うと、なんだか可哀想にも思えてくる。


 父さんの無事を祈りながら、妙にパイナップルの多い酢豚を食べる。……ルナが自分の皿から避けた分だろう。


 パイナップルを箸で摘んでルナの方を見ると、ルナは母さんには見えない様に小さく舌を出した。


 どうしてこうボクの周りにはロクでもない女しか居ないのだろうと考えていると、ポケットの中でスマホが震えた。


Yuki 『明日、10時にルカの家に行くよ。それまで待ってて』19:01


 メッセージの送り主は悠希だった。明日は、一週間前に公開された【ラストスマイル】を観に川崎へ行く。


 10時30分から上映の回を見てから昼飯を食べる予定になっている。その後はカラオケだ。


「あれ、明日悠希さんウチくるの?」

「見んなよ」


 いつの間に食べ終わったのか、ルナが後ろからボクのスマホを覗き込んでいた。


 悠希が来るかもとなると、上機嫌なのを隠そうともしない。ゲンキンな奴だ。


「お兄ぃもご飯中にスマホ見てるんだからお互い様でしょ」

「ぐぅ……」

「ぐぅの音しか出ないのいいって。何回やるのそれ」

「それは言わない約束だろ」

「そんな約束してないし。お兄ぃも早く食べなよ、今日の当番私なんだから」


 それで今日が土曜日だったことを思い出す。夏休み前最後の土曜授業だった。


「ごちそうさま」

「はいお粗末様。またゲーム?」

「え?あぁ、そうだね」


 母の質問に曖昧に返しつつ、ルナが他の食器を洗っている横で食器を一応水に漬けておく。


「あぁ、そうだ。明日悠希は来ないぞ。ウチに集合なだけ」

「えぇーーーー使えないなぁ」

「使えないって何だよ。遊びたいなら自分で誘え」


 悠希がモテるのも分かるし、悠希の金魚のフン……というか取り巻き?をしているボクが女子に使われる事はよくある。


 だが、ルナの半分冗談で半分本気だ。悠希の事をいつも「最高の物件」と言っているが、別に本気で好きというワケでは無いらしい。


「じゃ、また明日」


 そう言って、部屋に戻った。




〚7月19日・土曜日・23:16・神奈川県芦名市・快晴〛


『ドリャッ ドリャッ ドリャッ ドリャッ ドリャッ ドリャッ』


「フフっ…キモ過ぎ」


 敵キャラの動きに思わず笑ってしまうが、如何せん同じ技を擦り続けるムーブが強かったりするのがゲームだ。


 タイミングを見計らって攻撃した筈が、相手の攻撃とかち合ってしまい、一方的に判定負けするボクのキャラ。


『ドリャッ テァッ ドリャッ フンッ ドリャッ デリャァッッ』


 そのまま読み合いにも負けて即死コンボを叩き込まれ、敗北。


「あー、クソ……」


 やり場のない悔しさと腹立たしさを飲み込んでコントローラーを置き、壁に掛けてある時計を見やって小さく欠伸をする。


 集中も切れてきたし、そろそろ寝た方が良いだろう。そう思って机の上に置いてあるスマホを手に取りベッドに転がる。


 バフッと沈み込み、心地よい跳ね返りを感じる。



「ん?」


 寝る前の日課としていつもチェックしているSNSの地方トレンドに“消失バグ”というワードを見つけた。


「川崎?」


 ゲームのバグか何かかと思ったが、どうやら違うようだ。


 タイムラインをスクロールしていくと見慣れた街を背景にした動画が幾つか見つかった。


 その内容は、「川崎で人が突如消えた」というもので、いくつかある動画は全て1

本の動画から切り抜かれたものらしい。


 合成跡やAI特有の違和感もない。ただ、人が理由もなく消えるなんて有り得ない。この動画にも何かしらネタやタネがある……のだとは思うが、深堀りするのは明日だ。今日はもう寝よう。



「くぁ……おやすみ」


 誰に言うでもなくそう呟いて、枕元のリモコンで部屋の電気を消して目を閉じた。

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