プロローグ【杜川 悠希】
〚7月19日・土曜日・13:27・神奈川県芦名市・快晴〛
電車に乗るルカ達と別れて炎天下を歩いていると、ポケットの中でスマホが震える。
取り出したスマホのロック画面にはメッセージアプリの通知が2つ表示された。
桜宮 『至急来い』13:27
Ruka 『お疲れSummer』13:27
ルカに「おう」と返し、桜宮には「了解」と送る。
桜宮からのメッセージに添付されたURLを開くと、地図アプリが起動される。指定された場所は俺が今居る芦名駅から2km程離れていた。
「至急ね」
そう言って、さっき千雪から受け取ったカバンの外ポケットを開く。
中には小さなケースと家の鍵。その小さなケースのほうを取り出す。ケースの中身はワイヤレスイヤホン。装着すると、一切の外音が遮断される。
『接続完了 バッテリー100%』
自動アナウンスでイヤホンが接続できたことを確認して、スマホを再度開く。ホーム画面を2度スライドし、アプリを起動する。
「オッケー!
『
オレの声に反応して、イヤホンから再度アナウンスが流れる。
直後に流れるキーーーーンという甲高い音と、脳を直接刺す様な鋭い刺激に眉をひそめる。これだけは、いつまでも慣れそうにない。
脳にこびり付いた不快感を払うために頭を数回左右に振り、地面に落ちている小石を数個拾い、ポケットに入れる。
そして地図を再度確認し、現在地から目的地の方角を確認する。
ポケットから先程拾った小石を1つ取り出し、目的地の方角に向かって放り投げた。
〚7月19日・土曜日・13:29・神奈川県芦名市・快晴〛
「遅いッ」
「試合後なんで、勘弁してください」
不機嫌そうな桜宮を宥めながら状況を確認する。一見異変は無いように見えるが、スマホは次元値の異常を知らせるアラームを鳴らしている。
「何があったんですか?」
「ヤツだ」
「……姿は?」
「今回も確認できなかった」
深刻な表情を浮かべる桜宮。当然だろう。数年間追い続けている宿敵が最近になって活発に活動を始め、補足できる回数も増えている。
なのにヤツの目的はおろか、姿も声も判明していないのだ。
極端な話、今オレ達の横をすれ違った老人がヤツでもオレ達は気付けない。
「今回の穴は?」
「私が塞いでおいた」
「あざます。巻き込まれた人は?」
「幸いなことに、誰も居なかったみたいだ」
イヤホンから流れていたアラームが徐々に小さくなり、消えた。どうやら大事には至らなかったらしい。
「じゃあなんでオレが呼ばれたんですか?」
「フェーレン発生の通知、来てたか?」
「……そういうことですか」
確かに、スマホに通知が来ていなかった。
通常フェーレンが発生すると何らかの形で通知が来るシステムになっているが、さっきオレがスマホを開いたときに画面に表示されたのはメッセージアプリの通知が2つだけ。
「それが確認したかったのが1つ。もう1つ理由があってな」
「もう1つ?」
思わせぶりな桜宮の言葉に、同じ言葉を繰り返す。
「お前のお友達……何て言ったか」
「ルカ?」
「そうそう、今池 ルカだ」
「ルカが何か?」
「あまり良いニュースではないのだが」
そう言い淀んだ時点で、何となく察した。基本的に桜宮をはじめとした組織のメンバーは、それぞれのプライベートに不干渉だ。
つまり、桜宮の口からルカの名前が出たということは
「彼に、陽性の反応が出ている」
桜宮の口から発された言葉は、大方予想通りのものだった。
「つまり組織は、オレの友人を勝手に検査をしたってことですね」
「すまないとは思っている。だが、彼の身を守ることに繋がるということも分かってもらいたい」
「いや、別に怒っているワケじゃないですよ。寧ろ感謝しています。最悪の事態になる前に助けられるのは有り難いです」
申し訳無さそうにする桜宮に返した言葉は本心だ。
──もう誰も、あんな悲劇を経験するべきではない。
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