世界を思い通りになんてできないのに、ボクらは皆そう願った。

Narr(ナル)

プロローグ【今池 ルカ】

〚7月19日・土曜日・13:14・神奈川県芦名市・快晴〛


「ぁ゙っっっづい…」


 日本の夏特有の不快な暑さが容赦なく気力を削り取っていく。遠くで鳴り響く警察車両のサイレンも、鼓膜を直接掻くような蝉の声も不快感を煽る。


 夏休みに備えて教科書を詰めたリュックは普段より重い。それも苛立いらだちをつのらせた。


「瞬間移動的とか、できりゃぁな」


 なんて愚痴を零しながら炎天下を歩く。


 全身に滲む汗は、既に制服のシャツの色をうっすら変えてしまっている。『記録的な猛暑』だなんて言われてるけれど、もう何年も普通の猛暑は来ていない。


「危険な暑さだって言うなら、学校もリモートとかにしてくれよ」


 デカい鞄を背負ってブツブツと文句を言いながら下を向いて歩くボクはさながらゾンビだ。サマーゾンビ。なんかすぐ腐りそうだな。


 日本は火葬だからゾンビは居ないけどな、とセルフで悲しいツッコミを入れながら灼熱の中を歩いていると、交差点を曲がったところで突然呼び止められた。



「ルカ!」


 声の主は【杜川 悠希】。

──芦名学園高校2年1組、出席番号31番。2年生にして野球部の絶対的エースで、学内に非公認のファンクラブすら存在している。


 188cmの高身長に短く整えられた髪と整った顔立ち。更には性格まで明るいともなれば、その人気も頷ける。憎たらしいほどに欠点が見つからない。


……強いて言えば、完璧すぎてデスゲームでも始まれば最初に死にそうってことくらいか。



「マイケルだ。今日も酷い顔」

 その杜川の横に立ち、ボクのことを奇っ怪なあだ名で呼ぶコイツは【上野 千雪】。

──芦名学園高校2年3組、出席番号4番。オレの幼馴染で、野球部のマネージャーをしている。(因みにイ カから“マイケル”だそうだ)


「“今日も”は余計だ」

「ごめん、いつにも増して酷い顔」

「悪化してんぞ」


 こんな感じで、整った顔立ちからは想像もできないくらい性格が悪い。


 更に最悪なのは、コイツが学年でも常にトップ5に入るくらい勉強ができているので教師からも信頼されているということ。


 実際コイツの本性を知っているのはボクと悠希だけなので、千雪に告白する哀れな子羊は後を絶たない。教師から迫られたなんてウワサまであるくらいだが、真相は分からない。何にせよ、可哀想な奴らだ。


「アッハハ。大丈夫、ルカはどちらかと言うとイケメンの部類だから」

「お前に言われてもなぁ」


 確かに悠希の言う通り、ボクだって別に悪くはないルックスをしているとは思う。が、今ボクの眼の前にいる二人は格が違う。大通りを歩けば道行く人がみんな振り向くとか、そんなレベルだ。



「なんでもいいや、クソ暑いし歩きながら話そうぜ。早く電車乗らないと死ぬ」


 炎天下に立ち話を続けては体力のある2人は兎も角、ボクがスリップダメージで死にかねないので3人で駅へ向かうことにした。


 歩いている途中、今日が野球部の県予選の日だったことを思い出しポケットからスマホを取り出す。


 明るすぎる太陽のせいで相対的に暗くされたスマホの画面に目を細めながらスポーツ紙のデジタルサイトを開く。


「わざわざ調べなくても、本人に聞けばいいのに」


 と、悠希がボクの手元を覗き込んで言う。人のスマホを覗き込むのはマナー違反だと主張したいが、何故か嫌な気はしない。悠希の人当たりの良さが成せるワザなのだろうか。


「いや、負けてた時気まずいだろ」

「負けないよ、俺が投げて俺が打つから」


 大した自信だが、過信ではない。それを裏付けるかのように手元のスマホは神ノ宮高校の圧勝を告げていた。


「魔境なんだろ?神奈川って」

「らしいね」


 知り合って1年半くらい経つが、未だに悠希の底は見えない。一度試合を見に行ったこともあるが、何となく様に見えた。


 今日だって、炎天下の試合後だというのに余裕綽々といった様子だ。


「てか、なんでお前ら居るんだよ。試合の日は球場から直帰だろ野球部」

「いや、教科書置きっぱでさ」


 そう言って笑う悠希の肩には野球部指定カバンの他に学校指定のカバンが2掛かっていた。


 一瞬困惑したが、直ぐに分かった。千雪がカバンを持っていない。……部のエースを荷物持ちに使うマネージャーなんて居ていいのか??


「ルカは終業式の帰り?」

「そうだな、見ての通り大荷物だ」

「大変だな」

「どう考えても大変なのはお前の方だろ」


 自分の疲れなど微塵も感じさせない様子で爽やかに言う悠希には、ある程度の狂気すら感じる。自己犠牲や善性も、過剰なら異常だ。


「そう、悠希は疲れてる。だから荷物は私達が持つべき」


 千雪が、さも当然の様に言い放つ。言っている事は間違っていないが、現在進行系で悠希にカバン持たせてるの貴女ですよね?


「ん、マイケルはこっち持って」


 千雪はサッと悠希からカバンを奪い取り、明らかに重そうな方を手渡してきた。


「っとぉ」


 受け取って、予想以上の重量にギョっとする。教科書だけでは説明のつかないカバンの重さに思わずバランスを崩す。


「重いな、何が入ってんだ?」


 軽くクレームを入れると、千雪が不機嫌そうな顔をしてオレの脛辺りを蹴ってきた。


「それ、私のカバン。女の子になんて失礼」


 何たる理不尽。千雪に対して言ったワケでもないのにこの始末だ。っていうかコレ、悠希のカバンじゃねぇのかよ。


「お前、流石に自由すぎるってそれは。ってか何で自分のカバンを俺に持たせて悠希のカバンをお前が持ってんだよ。普通逆だろ!」


 なんて至極真っ当な抗議をしても「そっちのほうが重いから」と、あっけらかんと言い放つ千雪のふてぶてしさが憎い。コレが良いなんて、世の男どもは本当に見る目が無い。


「相性いいよね、二人」


 笑いながら悠希はそう言うが、こちらとしては冗談でもなんでもない。いつもボクが千雪に弄ばれているだけだ。


「当然。私とマイケルはお互いの裸も見せ合った仲」


 周囲の通行人がギョっとした様子で振り返る。完全な間違いではない、完全な間違いではないんだ。だからこそタチが悪いのだが。


「3歳くらいの時に一緒に風呂に入ったのはノーカンだろ!?」


 慌てて訂正するボクの隣で、悠希はまた笑いながら「コントみたいでおもしろい」などと言っている。気楽なものだ。


 ただでさえ気力が限界だったと言うのに更に体力まで浪費させられたし、こんなに暑いのに冷や汗までかかされた。


 けど、いつの間にか気力が少し回復している。


 そんな自分に、少し笑ってしまう。



──ボクは、コイツらと過ごす下らない時間が、どうしようもなく好きらしい。

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