4-1 NO.4

4‐1 NO.4

 まもなく到着します。と橘さんが教えにきてくれてから三十分ほどたっただろうか。とりあえず一緒に乗っていた親子にも伝えて、荷物をまとめて準備しているとトラックが減速し、やがて完全に停止する。

 扉が開けられるとそこには橘さんを先頭に数人の作業服の男性が立っていた。トラックに乗っていた全員が降りると、作業員たちが慌ただしく物資を下ろしていく。


 「ようこそNO.4へ。ここのエリアが中心部になります。」


 橘さんがそう言うと両手を広げ、周りを指した。それにつられるように周りを見る。

 一見すると普通の街並みだ。人の姿がほとんど見えない事を除けば。カナタ達の目の前には学校の校舎らしき建物があり、トラックが入ってきたであろう方向に正門がある。今は閉じてあるが、鉄製の横にスライドして開閉するタイプの門扉だ。

 あとは門扉を含む見える範囲にぐるっと板状のものが立ち並んでいて、厚みはそこまでないが、隣り合う板同士と地面に単管パイプで補強してあり少々風が吹いても全く揺らぎもしていない事からそこそこの強度があるように見える。

 それが道路に沿って設置してあるようで、先の方は建物の影になって見えない。


「あれは施設の建設計画で使う予定だった新型の仮囲いです。」


 橘さんが隣に来て手元のファイルを確認しながら説明してくれる。四国のあちこちの場所、広い範囲を使って大規模なリゾート・アミューズメント施設建設の計画。海外への影響まで視野に入れたその工事はもう始まっていた。

 各予定地には材料や物資、人員も送り込まれていた。そんな矢先に起きた今回のパニックは、そんな計画どころではなくなり、生き残る計画に転換される。

 建設計画に関わっている大手の建設会社が三社とヒノトリ。それらの代表は話し合い、生き残るための計画を立てた。

 それが工事用の防音、防塵のために工事現場との境界に立てる仮囲いを、感染者の対する防壁として都市の計画区域を囲ってしまうという計画だった。これが完成すれば仮囲いの内部は安心して生活ができる安全地帯となる。

 それに今回の工事から新規導入していたこの仮囲いは動かしやすく、連結も容易で固定してしまえば強固な壁とすることができるので、まさに最適だったのである。


 そうしておいて、外部との接触を断ちやすい四国に避難民や物資をあつめる場所を作って、受け入れる。そこで力をあわせて生きのこったうえで、事態の収束を図るという予定になっている。そのためにちょうどあった施設建設の計画や資材・人員や工事車両までフルに活用する。

 さらに四国と本州との接点に砦の意味も込めて都市を三カ所作り外部からの流入を遮断して、中央にまとめとして一か所の計四カ所作る計画だ。また、かかわっていた会社も四社だったので、それぞれの代表が主導して各都市を作っていく。


 急な事でもあり、簡素にわかりやすい事が重要として、それぞれの都市にはナンバーがふられ俗称とする。

 四国南部、高知にNO.1都市として施設建設の中心であった大手ゼネコンの(株)ホウライ、西部の愛媛にNO.2都市として施工や図面の作成・管理を主に請け負っていたヤマト、北部香川にNO.3都市として、最大の人員と建機を動かす山城建設がそれぞれ携わる。そして四国の東の徳島にNO.4都市として財団法人ヒノトリが、四国の東端であり兵庫県と接する大鳴門橋のかかる鳴門市に都市作成をすることになったのです。


 まあ、それぞれいろんな思惑や下心ありきでしょうが、感染者から身を守るのにも四国と言う場所は都合がよかったのです。


 そこまで一気に話すと、橘さんはファイルを閉じた。そしてカナタ達に一歩近づくと声を潜めて


「あと、会長から特別あなた方に頼みたいことがあると伝言を言付かってます。もし時間の都合はつくようでしたら、この後皆さんで同行していただきたいのですが」


 と言う。皆さんと言うのはスバルやダイゴも揃ってから一緒にという事らしい。


 もちろん避難してきたばかりのカナタ達に予定などなく、その間にカナタ達の住居となるところを準備しておくとまで言われれば、断る選択肢などなかったのである。



 カナタ達が承諾すると、橘はしばし待つように言って一緒のトラックに乗ってきた親子に避難者が集まるところを説明していた。


「ねえ、会長ってカナタ達が助けたって言ってたお婆さんでしょ?なんかすごい偉い人みたいじゃない。大丈夫なの?」


 待ってる間にハルカが心配そうに聞いてくる。


「いや、俺らもそんなお偉いさんだなんて知らなかったんだよ。見た感じ気さくな普通の婆さんだったし」


 それに対してカナタがそう答えていると


「お~いカナタ!ハルカ!」


 と大きな声で名前を呼びながら荷物を抱え、こっちに歩いて来るスバルの姿があった。隣にはダイゴの姿もある。

 どうやらスバル達のトラックも到着したようだ。そちらの方でも荷物の搬入作業が始まっている。

 そのトラックにも五人ほど避難した人が同乗していたようで、トラックを降りて戸惑っていると橘さんのような女性がどこかに案内していった。


それについて行こうとしたスバル達を止めてさっきの話をしてそこで待つことにした。


 NO都市か……もう一度周りを見ると、囲いの中はもう安全なのか普通に人が歩いている。

ただ時折そろいの服を着て武器になるものをもって歩いている5~6人のグループを見かけた。

 警備担当かに見えるグループはカナタ達の近くを通るとき、そろって胡乱な目で見ていくので気になるのだ。


「なんか嫌な感じだね、あの人たち」

 ハルカもその視線を感じたのか、顔を寄せてそう言ってきた。


「だな。なんか不審者に思われてるのかな。それなら声をかけてきそうだけどな」


「そうなのよ。何か言いたい事があれば普通に話しかけて聞いてみればいいのに」

 とハルカは口をとがらせている。


 「お~っ!なんだお前ら、何か近くね?何々、とうとうくっついたのか?」


 唐突にスバルがそんなことを言ってくるので、慌てて振り返るとニヤニヤしたスバルの顔と、それを止めようとしているダイゴの困り顔があった。


「な!何よいきなり。そんなんじゃないわよ。」

 反射的に一歩離れたハルカが反論する。


「やめなよスバルくん。」

ダイゴはスバルの肩を掴んで止めようとしているのだが、面白がっているのかスバルはやめそうにない。


 先日のトラックでのあの晩からなんだか少し分かり合えたような気がして、ハルカを身近に感じていたのは確かだ。それが態度に出ていたのかもしれないけど……なんでこういう事は早く気づくのか。


 呆れと照れくささを半分にした表情でカナタが言い返そうとした時、すっとダイゴが二人の前に立った。


「もう!やめなってば。いい事じゃないか。僕はいいと思う、ほらこんな状況になっちゃったし思いがあるならちゃんと伝えないと、何かあった時に後悔すると思う」


 ダイゴはそう言ってフォローしているつもりだろうが、もうくっついたのを前提に話している。ハルカの顔がみるみる赤くなっているじゃないか。


「待て待て、お前ら……」

 と、カナタが反論しようとしていると、非常に温かい目をしながら橘さんがそばに来た。


「歓談中申し訳ありません。本当ならもうしばらく黙って見ていたかったのですが、会長の準備ができたとの事ですので案内してもよろしいですか?」


 と、にこやかに言ってくる。というか聞いていたのかよ。と、カナタは肩を落として了承した。その隣ではハルカが耳まで赤くして俯いていた。


 橘さんに案内されて、その場を離れ移動し始める。


 橘さんの後に続きながらカナタは気まずくなるじゃないか、と思っていたがハルカは意外にそうでもなかったのか、カナタのそばを歩きながら

「スバル君があんなこと言うから変な空気になっちゃったね」


 などと、まだ若干頬を染めながらも笑いながら言っている。

 そしてあまり意識していなかったカナタも悪くないなと思う自分に気づき始めたのだった。

 


 

一行は橘さんに案内され、校舎の中に入って行った。もともとは小学校だったのだろう、色々手を加えてあるがまだたくさん残っているその名残を眺めつつ奥の一部屋に連れられる。入り口のところに校長室とプレートがあった。


「橘です」


 入り口に立ってそう言うと、引き戸が開かれると二名の屈強な男性がまず立っていた。奥から松柴さんの声だけ聞こえてくる。


 その声は「入っておくれ」と言ったはずなのに、屈強な男性二人は動かない。


「大丈夫と言ったはずだよ。中に入れてアンタ達も休憩でもしてきな」


 と、今度は少し強めの声が聞こえた。


「しかし会長……」

 と、それでも男たちは逡巡している様子だったが、ふたたび「大丈夫だって言ったよ!」と言われ顔を見合わせながらその場を譲った。

 

 そして部屋に入る時、またしてもカナタ達は胡乱な目で見られながら入ることとなった。


 部屋は入り口から入ると、左に広くなっていてその奥の机に松柴の姿があった。


「ふう、疲れるねまったく……」


 そう言ってため息をつく松柴さんの顔は少しやつれているように見えた。

 

 

 

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