3-5

ヒナタは自宅や道場の場所を言い、大通りを避けてそこに戻る道を聞いた。バスセンターもある表通りにさえ戻れば何とかなる。

 簡単にここにいる訳と大きな通りは自分が感染者を寄せてしまったから通るのは危険だと伝える。


「兄が見つかればそれが一番なんですけど、こんな状態じゃ……とりあえずバスセンターまで戻れば、あとは分かるから。」


「そっか、お兄さんを探しに……ヒナタちゃんはすごいね。バスセンターだね、あまり人通りがない道があるよ。少しわかりにくいから俺が案内するよ」


 そう言うが早いか、克也は先に立って歩き出そうとする。


「いや……大倉さんにそこまでしてもらうわけには。それに感染者がいるだろうし」


 そう言って克也を止める。必要以上に迷惑をかけたくないのももちろんあるが、道さえわかればそれでいいのだ。克也のさっきの様子から考えて、暗に一人の方が動きやすいから道だけ教えてくれ。とヒナタは言ったつもりだった。

 

「感染者の動きは俺がばっちり把握してるから大丈夫。ヒナタちゃんは俺の後ろにいてくれればいいよ。あと……知らない仲じゃないからさ、克也って呼んでよ。なんか他人行儀じゃん」


 そう言って照れ臭そうに克也は微笑む。そうしてヒナタの返事も聞かずに歩き出してしまった。


「はぁ……」


 なんだか面倒な事になったとヒナタはため息をついた。他人行儀もなにもほぼ他人みたいな間柄だし、知らない仲じゃないって自分の何を知っているのだろうか問い詰めたい衝動に駆られる。

 というか、むしろなれなれしく名前呼びするのをやめて少し他人側に寄ってほしいのだが……


 しばらく黙って克也の後を歩いていたが、感染者の事について詳しいと豪語していたのに、動きが拙い事にだんだんヒナタは不安が増していくばかりだ。

 この際戦闘力の有り無しは横に置いておくとしても、足音を消して歩いているのかもしれないが、すごく雑で何か別の物に気を取られると音を立てまくっている。


 通りたい道に感染者が立ちふさがっている時に、気をそらせるためか石を拾って別の方向に投げたりもしていた。

しかしそれほど遠くに投げられないばかりか、跳ね返ってきてヒナタ達の近くにきて慌てて逃げる事になったりすることもあった。

相手が一体だからと持っている模造刀で戦いだすが、相手に対して刃を立てることができないようで、腹の部分で叩いている。

 やむなく感染者がヒナタの方に来るよう誘導して、わざと何度も攻撃して見せて苦戦を装ったり。とにかく気疲れしそうだ。

 

「ねえ、おおく……こほっこほっ、キミこっちを使ってみる?」


 克也と呼ぶように何度も言われたが、どうも抵抗があるので間を取ってキミと呼ぶことにした。そして嫌だけど鬼丸を差し出した。

 ここまで刀を使えないといきなり遭遇した時などに対処できないだろうし、すっかり手に馴染んだ鬼丸の方を信用して、これならもう少しは戦えるのではと期待しながら。


 それに対して、克也は自分の手の模造刀と鬼丸を見比べてちょっと嬉しそうな、それでいてなんだか惜しそうな複雑な顔をしている。


「……剣術を習ってる分私の方が刀に慣れてると思うし、鬼丸……鉄パイプなら当てる所を気にしないでいいっていうか……」


 なんで自分がこんなに気を使って、話さないといけないのか……だんだん悲しくなってきた。

 それをどう勘違いしたのか、「鉄パイプより刀がいいよね、わかるよ」などと取り繕う言い方をしてくる始末。


 …………もう、私の鬼丸、返してほしい。


 しかしそのやり取りは、現れた感染者によって強制的に終了させられる。来るときの大きい通りほどじゃないが、それなりにいるのだ。


 渡された模造刀の鞘を握りしめ、狙いを定めて集中し……一気に抜く。

 勢いよく鞘走った刃は、そこでさらに加速された先は感染者の首。振りぬいたヒナタの目の前で感染者はその動きを止めた。

 切ったわけではない、刃のついてない模造刀だ。もし刃がついていたら首を飛ばしていたかもしれない。それほどの申し分のない一撃。


「ぐう……」


 開けたままの口から抜ける空気が、断末魔のように聞こえた。


 きれいな居合だ。カナタが得意としていて、それを隣で見ていたヒナタも真似して練習したものだ。

 まるで、首の骨をきれいに砕かれた感染者は、不自然に首を揺らして倒れるのだった。



 すごい……自分が全然使いこなせなかった模造刀を、ヒナタは初めてで使いこなしてみせた。

 さすがの克也もここまで違えばヒナタとの実力の差を認めざるを得ない。かわりにまた違う欲望が頭をもたげ始めている。


 このままいけば、あと十分ほどでバスセンターが見えてくる。そうしたらヒナタは元の場所に帰って行く。普通なら歓迎する場面で、なんならそれを手伝えた事は克也にとっても喜んでいい事である。はずなのであるが……


 今克也の心にあるのは、ヒナタと離れたくない、その一言に尽きた。

 剣を持てば一撃で感染者を倒すほど強い。それでもやさしい心も失わないでいる。いまだって、自分が倒した感染者に手を合わせている。これまでもよほど切迫していない限り、毎回そうやっていた。


 その優しさが他の誰かに向かうのが、克也には到底耐えられることではなかった。その対象に現在自分が入っていない事は克也にもわかっていた。半ば無理にここまでついてきたが、その優しさゆえに追い返されなかっただけである。


 もう少し、そこの角を曲がればバスセンターが見えて来る。

 克也の心に焦りと暗い感情が浮かんでくる。黙って返すことはないじゃないか。探していた兄貴だってきっともう感染者にやられてその辺をうろついているかもしれない。


「ちっ、どうせなら本当にその辺でうろうろしてくれればいいのに」


 ヒナタに出会って一緒にいたことで得られていた充足感がしぼんでいくと同時に、克也の本来持っていた悪意の塊がささやきだす。


「どうしたの、おお……キミ。どこか痛む?」


 いつの間にか立ち止まっていた克也に気づいたヒナタが声をかける。多少なりとも心配して言っているのだが、すでに克也の心には届かなくなっている。


「いや、ごめん。ちょっと考えごとしてて」

 

 (……また大倉って。何度言っても名前で呼んでくれなかった。お願いしていたからだ。支配していれば今頃は好きに呼ばせることだってできた。)


 俯いたまま歩きながら克也の考えは加速してゆく。

 

 (そうさ、周りをみろよ。化け物ばかりで警察も政府も機能していない。ほしいものはどんな手でも使って手に入れればいいじゃないか。いままでだってそうしてきたろ。)


 元の克也が目を覚ます。




 どうしたんだろ?急にあまり喋らなくなって。気分でも悪いのかと声をかけたが、言葉少なく返事した後また歩き出したが、明らかに様子がおかしい。

 気になったヒナタがチラチラと様子をうかがうが、そのまま先に歩いて行く。首をかしげながらも後を追うと、大きな道に出て、見覚えのある店があった。以前友人たちと小物を買いに来た事がある店だ。

 それならば、と左を見るとようやくそこにバスセンターがあった。


「よかった~、ごめんなさい。ここまで案内してもらっちゃってほんとに助かりました!」


 安心して笑顔になったヒナタが克也に頭を下げる。その瞬間克也の表情が冷たいものになった。

 ヒナタが頭を上げた時にはその表情は消え、笑顔を浮かべてはいるのだが、ヒナタはどことなく違和感を感じた。


「ここまで来たら帰れる?」


 しかしその違和感がなにか突き止めるまえに克也がそう訊ねる。


「うん、ここからなら分かります。ほんとにありがとう。それと……」


 そこまで言うとヒナタは少し言いよどんだ。そして少しの間俯く。そして再び上げた顔に少し恥ずかしそうな表情を浮かべて続ける。

 

「あの……なんて言ったらいいか。ええっと、なんだか思っていたよりも優しくて、ちょっとだけ変なとこもあったけどそんなに悪い人じゃないんだなって思いました。今はこんな事になってるけど……元通りに戻ったらまた学校で会おうね、克也くん」


 にっこり笑って、持っていた模造刀を克也に渡し、かわりに鉄パイプを受け取る。最後にちょっとだけ手を振るとヒナタは走り出した。

 

 ちょっと前の、ある意味ヒナタに感化されていた頃の克也なら喜んで飛び上がっていたかもしれない。あるいは真っ赤になって固まっていたかもしれない。

 しかしここにいるのはすっかり元の克也だ。思っていたより優しい?悪い人じゃないだって?そんな事じゃ痛い目をみるのは自分の方なんだぜヒナタちゃん」


 黒い笑みを浮かべながら、遠ざかっていくヒナタを見る。そして、いかにもな表情を作ると大きく声をあげる。


「ヒナタちゃん!」

 

 

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