3-4

「ふっ!」


 するどく息を吐くと同時に繰り出した鬼丸の一撃は感染者の腕を肩から飛ばした。

 何者かの悲鳴を聞き、その方へ向かっているのだが同じく感染者も聞きつけたのか集まっている。方向が一緒で、しかもこちらに向かってくるのであれば、申し訳ないけど容赦はできない。


「ごめんなさい!」


 また別の感染者がいたので、先に謝り鬼丸を振るった。位置が良かったのもあり、その感染者はヒナタの一撃を後頭部に食らい崩れ落ちるように倒れた。


 ……やっぱり。頭、それも後頭部の下の方。脊髄?延髄?よくわかんないけど、そのへん!


 そこにきれいに入れば、ほぼ一撃で動きを止めることにヒナタは気づいた。

 頭が弱点というのはゾンビ物のセオリーだが、頭頂部から振り下ろして頭蓋を割り脳漿が漏れ出るまでになっても動きを止めない個体もある。


 やはり創作物は創作物だ。そこにちゃんとした根拠でもないかぎり、現実に当てはめるのが間違っている。次からは後頭部から延髄辺りを狙っていこう。

 そう考えながら次の角をそっとうかがうと三体ほどの感染者がいるがその先は袋小路だ。わざわざ無駄な戦いはするつもりはないので、気づかれないよう足音を殺して先に行こうとした時、袋小路を背にして呆然と膝立ちになっている男がいる事に気づいた。


(感染者ではないみたい。でも生きてるかどうかは……)


 もう少し目を凝らしてみた時、男の瞳に光が戻り目が合った気がする。完全に立ち止まったヒナタがじっと見ていると、その男の唇が動いた。しっかり出さないと聞こえない程の距離がある。しかしその時はなぜか聞こえた気がした。


 けんざ……


「!?」


 男はヒナタの名前を言った。聞こえるはずはないので、あくまで気がしただけなのだが気のせいと片付けて、そこを去るにはヒナタは優しすぎた。


 気配を殺したまま一気に数歩近づく。今にも感染者に捕らわれてしまいそうな男は、涙やらよだれやらいろんな元を流しているが、よく見ると見覚えがあった。たぶんクラスメイトだ。


 ヒナタは学校では女子としかほとんど話さない。いつも一緒にいるグループもおとなしい子達ばかりで男子との接点はほとんどないので名前も知らないし、あまり学校にも来ない人だったと思う。


 たったそれだけの関係ではあるが、見捨てる選択肢はない。まして今のヒナタは鬼丸を手に絶好調だった。


 ヒナタは気配を殺すのをやめ、一気に距離を詰めた。最後尾の感染者がヒナタの気配に気づき振り返ろうとするが、ヒナタはそれをさせなかった。

 振り返ろうと動きを止めた感染者のヒザ裏を鬼丸で薙ぐ。がくんと膝の力が抜けその場に膝立ちになった感染者の肩と頭を踏み台にして大きく跳んだ。


 そうして二番目の頭の上を越えて、先頭の感染者の首筋めがけ鬼丸を叩きつけた。

 ヒナタの手に骨を砕いた衝撃が伝わると同時に、体をひねって崩れた体勢を直し、一回宙返りをするときれいに着地して構えた。


「あ……え?」


 おかしな声が聞こえたので、その方向を見てみるとそのクラスメイトらしき男は信じられないといった表情で自分を見ている。

 少しばかり派手な登場の仕方をしたかもしれない。急がなければと思ったのと気分も高揚していたのもあるだろう。

 少し落ち着いて考えれば、今日は道場に行くだけのつもりだったのでスカートにトレーナーというラフな服装だった。


 …………スカートで飛び跳ねるのは、少々はしたなかったかもしれない。

 だが、今はまだそれどころではない。きっと、考えない。

 少し頬が熱い気もするが、残りの感染者へと意識を集中させる。


 見るとヒナタが飛びながら攻撃した手前の感染者は、首をあらぬ方向に曲げそのまま倒れている。

 そのすぐ後ろにもう一体。さらに最初に踏み台にした個体も立ち上がって寄ってきている。ヒナタとの間隔はおよそ三メートルほど。


 ヒナタたちを求めて両手を前に伸ばして感染者は近づいて来る。ヒナタは冷静に間合いを測り、なんの警戒もなく寄ってくる感染者が己の間合いに入った瞬間、一歩だけ踏み込んで鬼丸を振るう。


 後ろから眺める克也からしたら、一歩前に行ったかと思えば次の瞬間には元の位置に戻っている。そんな動きだった。

 しかし研ぎ澄まされたヒナタの一撃は狙いを外さず横から首の付け根を打ち抜いていた。


 どすっ!という鈍い音と、感染者の息がぬけるような音が同時に聞こえ、そのまま崩れ落ちた。


「……すげえ」


 克也が呟いたが、集中しているヒナタの耳には入ることなく次の感染者も打ち倒してしまった。



「あ……え、っと。ありがとうヒナタちゃん」


 ヒナタが残心を解いたところで克也が話しかけてきた。ヒナタにしてみれば友達どころか知り合いというのも微妙な、かろうじて顔はなんか見覚えがあるな程度の克也からなれなれしく名前呼びされる筋合いはない。

 その事にわずかに不快感を覚えたが、こんな状況で取りざたする事でもないかと思い直した。


「ごめんなさい。えっと同じクラスの人ですよね?多分話したこともないから名前覚えてなくて」


 愛想笑いに若干の申し訳なさを添えてヒナタは克也と向き合う。


「ああ、あまり話す機会がなかったからね。仕方ないよ」


 冷静を装いながら克也はそう返した。必死に取り繕おうとしているのはわかるが、涙の跡もよだれの跡もぬぐい切れてないが。


「俺は、大倉 克也。克也でいいよ」


 と自分が思う精一杯のイケてるスマイルを浮かべて言った。克也のなかではすでに、自分の危機に颯爽と駆け付け敵を倒してくれたヒナタとの出会いはもはや運命だと思っている。

 少し思っていたのとは配役が逆の気もするが……


 そのヒナタは見た目は問題なく美少女である。学校での少ない接点を思いだしても、他の女生徒のように自分を蔑んだ目で見たりあからさまに無視されたこともないのできっと性格もいい。

 そして先ほどの感染者相手におびえることなく、鉄パイプで戦うときの真剣な表情とその腕前。軽やかに舞うように現れて感染者を強力な一撃で沈めた。着地の時にみせた細くもきれいな足と……は目に焼き付いている。額に少しけがをして出血した跡があるが、それを含めて流れる汗さえも輝いているように見える。


「ヒロインきたぁ~っ!」


 思わずこぶしを握り締めてそう言ってしまう。


「え?」


 思わずつぶやいてしまった言葉を聞かれ、ヒナタは小首を傾げて克也を見た。


「い、いや何でも……それより、ヒナタちゃん強いんだね。何かやってたっけ?」


 やたらと親しげ言い方をする克也に、ヒナタはだんだん不快になってくる。友人や周りの女生徒による克也の評判はすこぶる悪かった。蔑まれたり無視されたりするのも元々の原因は克也にあったりする。やたら自尊心が高く根拠のない自信をもち、気に入らないとすぐに激高する。そのくせ強い者には何も言い返せないのだ。そんな男子が人気のあるはずもない。


 まあヒナタはそこまでは知らないのだが、ただ距離感が妙に近くなれなれしい感じがして好きになれないのだ。


「え、ああ小さい頃から剣術道場に通ってました。」


「剣道やってたのかあ……なんか、格好いいよね。あと、やつらの急所をちゃんと狙っていたようだし。でももっときちんと頭を狙ったほうがいいかもね」


 いや、剣道ではなくて……。と否定しようと思ったのだが、後半の勢いに負けて言うのをやめた。

 それに、頭だと当たり所によっては一発で決まらないこともあります。と言うのもやめた。

 なにしろずっとしゃべっているのだ。奴らの弱点は頭で、それほど威力のある武器は必要ないよ。みたいなことから特徴や生態など、今は銃の話に移っていて5.56だと、どうとか7.62だと威力がどうだとか延々と……


 ヒナタは刀マニアではあるが、銃の事はさっぱりだし興味もないのでぽかんとして見ていると、それに気づいた克也はようやく話すのをやめた。


「やぁ、ごめん。つい知ってる事を伝えたくて。こんな状況だし知っておくことは必要だと思うんだ。」


 はぁ……と気のない返事を返す。克也はそれを見て少しむっとした様子を見せたが、よくわからない事を矢継ぎ早に話されても、誰も理解できないんじゃないかとヒナタは思う。


「ええと……大倉くん詳しいんですね。それより道を教えてくれませんか?」


 こんな所で話し込んで、また感染者が寄ってくると厄介だ。早く移動したい。


「あ、もちろん!俺地元だから何でも聞いてよ。あと、堅苦しいのは苦手なんだ。克也でいいよ」


 

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