3-3


 「なんだよ、ハズレのシケた家かと思ったらいい物があるじゃん」


 克也は今、裏通りをさらに進んでたまたま目についた家に入っていた。もちろん住人の事など何も考えていない。鍵などどうでもよく、おそらくリビングであろう所のガラス、クレセント錠の部分を焼いて割って侵入している。完全に泥棒の手口である。


 新しくはないが、比較的立派な家だったので期待しながら探索したが予想に反して特に何も見つけることができなかった。実際には役に立つものがそれなりにあるのだが、知識に偏りがありしかも底が浅い克也の目に留まることはなかった。

 そもそもこの家を選んだ一番の理由が、なんとなく猟銃とか保管してそうという程度なのだから、克也に多くを望んではいけないのである。


 雰囲気だけで選び、役立ちそうな物も見つけられずイライラし始めた克也だったが、最後に和室にへと入った時に床の間で初めてその目を留めた。鹿の角の刀掛けに二振りの打刀と脇差が掛けてある。

 もちろん模造刀だ。いくら教育委員会に届ければ美術品として所持はできるといっても、簡単に買えるものでもなし。コレクターならしかるべきルートから買うのだろうが、美術品としての日本刀は管理が大変なのである。こんなところに気軽に置くものなどいない。


 しかし克也にとっては、勇者に引き抜かれるのを待つ聖剣のごとしである。

 ゆっくり手を伸ばし、打刀を取ってゆっくりと抜き放つ。長さは70cmほどだろうか、構えてみるとその重さに驚いた。そっと刃先に触れて丸くなっているのに少しがっかりする。さすがの克也でも真剣はないと思ってはいたが、自分は主人公と思い込んでるので、たまたま真剣があってもおかしくないとすら思っている部分がある。


「しかし、こんなもんよく振り回せるな。」


 言いながら見様見真似でしばし振り回す。失笑ものの様子だが本人はいたって真面目だ。克也の体力・腕力や技術では打刀どころか、脇差を振り回すのが精いっぱいだろう。


「ふう……そう簡単には扱わせてくれんか。まあすぐに慣れるだろ。」


 何度か振り回し……いや振り回された後、例の根拠のない自信を発動させると、ぎこちなく鞘に納める。そして脇差のほうをズボンのベルト通しに差し込み、打刀ほうは鞘に結んである下げ緒をほどいて、何を考えたのか背中に背負うように結んだ。外国人が見たら喜ぶに違いない。


「ふっ……勝ったな」


 玄関を出る時に、そこにあった姿見で思う存分自分の姿を眺め、満足すると心なしか自信がついたような雰囲気を出しながら表に出た。


 ちょうど行こうと思った先に、感染者が二体佇んでいた。さっきまでの克也ならまだ気づかれていないうちにそっとその場を離れただろう。しかし今克也の背中と腰には聖剣(笑)がある!


「俺と出会った不幸を恨むんだな」


 などと言いながら、足音を忍ばせることもせずに近寄る。不敵な笑みさえ浮かべた克也に感染者はゆっくりと近づき始めた。


 「うぉぉ……」「あぁ~~」


 低く唸るような声を出しながら近寄る感染者に、慌てることもなく背中の打刀を抜こうとした。


「あれ?ちょ……待って、抜けない!なんだこれ」


 …………打刀の長さと克也の腕の長さを考えて、普通に考えて鞘から抜けるはずがないのである。今も克也はいっぱいに腕を伸ばしているが、まだ刀身の半分ほどが鞘の中に残っている。どうしても背中に背負いたいなら、持ち方を工夫するなり、刀と同時に鞘の方も引かないと物理的に抜くのは無理なのだが、そこまで考えが至らなかったようだ。


 待てと言われて感染者が動きを止めるはずもなく、克也がもがいているうちにかなり接近している。


「おわ!待てって卑怯だぞ」


 とんだ言いがかりだが、感染者にとってはなんの関係もない。掴まんと両腕を伸ばして今にも届こうとした時、克也は打刀を抜くのをいったん諦め脇差を抜きつつ、その腕を払った。


 びぃぃんと刀身が震えて、振りぬけずにはじかれた。刃がないので斬れないまでも、骨もくだけよとばかりの一撃だったが結果はそこまでの威力もなく、むしろはじかれている。


「そんな馬鹿な!こんなに重みがあるのに」


 想定外の振動が手に伝わり、びっくりして脇差はその場に取り落としてしまった。模造刀だからか、とか脇差は威力がないのかなどの考えが頭に浮かぶが、自分の技量不足の可能性は一切考慮するつもりもないようだ。


 弱い一撃だったがその場は何とかしのげた。「今のうちに」と結んでいた下げ緒をほどいて鞘を掴んで今度こそ打刀を抜いて構えることができた。


「今度はさっきのようにはいかねえぞ……」


 そう言って構えているが、その口調にさっきまでの勢いはない。


「おらあっ!」


 少しづつ芽生えてきた恐怖心をごまかすように声を上げて、目の前の感染者の頭めがけて刀を振り下ろす。


「っ!なんでだ?」


 当たりはしたが、頭蓋を割ることもなく滑って刀身は感染者の肩を叩いた。やはり刀には不自然な振動が走り、思ったほどの威力もない。


「くそっ!」


 相手が人であれば、当たりが不十分でも鉄の棒で殴られるのと変わらない重さはあるので、いったんは怯むのだろうが相手は痛みどころか四肢が欠損しても動きを止めない感染者である。瞬く間に克也との距離は近づいていく。


「ひっ!」


 そして驚くほどあっけなく克也の心は折れた。そもそも根拠のない自信と無駄に高い自尊心で形成されたような人物である。それを支える技術も体力も精神力も足りなすぎる。


 「ま、まって。これは違う!」 何も違わない。克也に迫る感染者がそう言った気がした。


「こんなはずじゃ、ないんだ……」 お前のような奴が行きつく先はこれがお似合いだ。ふとみると、目の前の感染者とさっき見捨ててきた女性が重なって見えてきた。


「助けて!」 私も何度もそう言った。


「お、俺は助けようとしたじゃないか」 いいえ。本気で助ける気はなかった。


 「ち、違うん……」 違わない!お前はここで死ね!


「うわああぁぁぁっっ!」


 迫ってくるうちに血塗れになっていく女に、恐怖で頭がおかしそうになって叫んだ。声を張り上げていたせいか、さらにもう一体感染者が増えていた。目の前の感染者はさっきの女性とは似ても似つかない……


 ……これまでなのか?ゾンビの対処法?そんなもん頭から飛んで行ったよ。俺が主人公?主人公でなくていい、死にたくない。


 必死に後ずさっていたが背中に固い壁の感触を感じて、ここが行き止まりなんだと悟った。前からは三体もの感染者が近寄って来ている。ああさっきの女はこんな気持ちだったのか。大変遅ればせながら、その気持ちのほんの一部に気づいた。


  俺には助けてくれる人なんていないだろう……


 諦めかけ、迫る感染者をみたくなくて、視線を逸らす。すると、そこにあるはずのない物を見た気がして、失いかけていた意識が浮上する。

 あれは……感染者の後ろに、こっちをのぞき込む女の子の姿が見えた。幻覚なのか?最後に見たい物が幻となっているのかもしれない。そこに見えるのは同級生で、たまに学校に行ったとき唯一幸せな気持ちにさせてくれた……

 好きだった女の子だ。優しくて、おとなしい女子ばかりのグループの中にいて接点もろくになかったし、声なんか掛けれなかったが……声くらいかけておけばよかったな。


 けんざ……いや、ヒナタちゃん。


 


 

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