2-4

 カナタが戻るとトラックはすぐに出発し、ほどなく仁科家に着いた。ハルカの話してくれた通りにどの扉も固く閉ざされているようだ。

 ちなみにハルカの両親はどちらも警察関係者であり、無線を使って無事が確認されてあり、こちらの状況も簡単ながら伝えてある。


 トラックが玄関先に停まると先にハルカが降りて、念のためカナタも付き添い一緒に降りた。例のごとくいつの間にか橘さんも後ろについて来ていた。もうカナタの中ではデキる女性の地位をすっかり固めている。

 そのまま辺りの様子をうかがいながら余計な音を立てないよう気を付けながら門を開け、敷地内に入ったところでハルカが足を止めた。


「っ!」


 ハルカが口元を抑え数歩後ずさりするのを見て、カナタはすかさずかばうように前に立つ。その手にはハルカが持って来ていたもう一本の木刀が握られている。それをしっかりと握り、恐る恐る様子を見てみると、 道場のほうへの入り口の脇に人間らしきものが数体転がされているのが目に入った。しばらく様子を見たが立ち上がったり動いたりする様子はない。


「大丈夫そうだ」


 声を潜めてハルカにそう言うと、そのままカナタは先に立って歩き出した。木刀を何度も握り変えるが手の震えを止める事がどうしてもできない。

 かつてはカナタもここの道場で、少しの間だがハルカの祖父晴信から剣を学んだ。修行は厳しく、当初の目的であった日本刀には触らせてももらえなかったので、次第にやる気をなくし行かなくなっていたのだが、もっとまじめにやっていればと今更ながら思ってしまう。

 実際のところ、今まともに立ち会えばカナタよりハルカの方が数段上だろう。だったとしても心情的に今のハルカを先に行かせるわけにはいかない。カナタは大きく深呼吸して近づいた。


どの遺体も咬傷があり、雰囲気からおそらく感染者だったと思われる。ただ、どれもたぶん一撃でやられている。これほどの事ができるのはよほどの使い手……

 

 カナタの脳裏に嫌な記憶が蘇り始めた時、道場の扉が開く音がした。二人ともはっとして入り口の方を向くと、そこに一人の老人が立っている。

 

「無事だったかハルカ、まったく心配させるでないわ。久しぶりだのカナタ。もしハルカの後ろに隠れておったら一から稽古をやり直すところじゃ」


 引き戸を大きく開け、ハルカの祖父であり仁科道場の道場主仁科晴信がいた。



 

「なるほどのう……あの後戻ったらヒナタもハルカもおらなんだから途方にくれとったわ。追いかけるにも行先を知らんし、孝蔵も連絡つかんし。どうしようかと思っておったら天音アマネキザハシが訪ねてきてのう。あやつら化け物がうろついてる中を堂々と歩いてきおった。外に転がってたじゃろう何体か」


 晴信が言っているのは入り口脇にあった感染者の事だろう。凄まじい一撃と思ったら……さっき見た時、もしかしたらと思ったのだが、道場に通っていた頃に大変にお世話になった先輩たちがここを訪れていたようだ。


「アマネさんとキザさんが来てたの?二人とも大丈夫だった?」


 ハルカが心配そうに聞いているが、それはきっと余計な心配だとカナタは思った。天音瑠依(アマネ ルイ)と、階尊(キザハシ タケル)仁科道場のトップ2でありカナタの事をとてもかわいがってくれた先輩である。

 いや、道場に行かなくなった後も時々強制的に連行されて修行と称していじめ……稽古をつけてもらっていた。カナタが知るあの二人が、やられるイメージなど全くできなかった。


「うむ、奴らも心配で様子を見にきてくれたんじゃろうな。ヒナタとハルカの事を聞いて出ていった。会わなんだか?」


「ううん。……会いたかったな」


 ハルカがとても残念そうにしている横でカナタは胸をなでおろしていた。もし会っていたらと思うとぞっとする。きっと感染者相手に関節技かけてみろとか、群れの中に木刀一本持たされて投げ込まれるとかされるに違いない。ハルカとヒナタには優しくて強い先輩だったかもしれないが、カナタには厄介で恐ろしい先輩だった。


「ともかく話は分かった、孫の事とついでにカナタの事もよろしくお願いしますな」


 そういって晴信はカナタ達と少し離れて座っている橘に頭を下げた。


「えっ、じいちゃんは行かないの?」


 それを見たハルカが腰を浮かせながら声を上げる。


「ワシはこの道場を離れることはできん、ワシの人生そのものじゃからな。それに後から来る者のためにもこういう場所があってもいいじゃろう。カナタ、ご両親やヒナタがきたらここで匿おう。そしてどうにか連絡をするから迎えにくればいい。橘さん、この辺りは農家が多く水の手も不足ない。ある程度の人数を匿っても自給自足は可能じゃ。それに我が道場は古くはあるが、それだけにしっかりした造りになっておる。すこし手を入れればあの程度の化け物や不届き者が束になってかかってきたところでびくともせんわ。そちらさんもそういった者がいたら、ここに来るようにしたら良い。まあ支援をしてくれる分には拒まんがな」


 頼りになる門弟たちもおるしな。晴信がそう言って笑うと、ほんの少しだが驚いた顔をした橘が今度は頭を下げた。


「承知しました、では農作物以外の食料や生活用品などを些少ですが融通しましょう。大変心強いお言葉ありがとうございます、遠慮なく逃げ遅れた者などいましたらこちらの道場を目指すよう指示させてもらいます。残念ながら同行しておりませんでしたが、会長がおりましたらとても感謝すると思います。お孫様の事は、何一つ不自由なくとは申せませんが、精一杯の事はするとお約束します」


 「いやいや、こやつらももう一人前。自分の事は自分で考えてやる時期がきたのでしょう。よいなハルカ、カナタ、師匠として命ずる。こんな世の中になってしまった今、まずは生き残るのが第一じゃ。少々道を外れてもかまわん、考え方が違えば人から恨まれることもあるだろう。だが己の行動には己が責任をもって臨め、再び会った時恥ずかしくて話せんような事だけはするでないぞ」


「「はい!」」


 ハルカはもちろん、思わずカナタも背筋を伸ばし返事をしていた。晴信の言葉にはそれだけの力がこもっていた。またカナタも途中で投げ出してしまった自分をまだ弟子と言ってくれたことに少なからず喜んでいたのだった。


 


 「よろしいですね?では出発します。ここからは時折休憩をいれますがそれ以外はノンストップで目的地に向かいます。カナタさんもハルカさんもコンテナの自分のスペースでお休みください。もし気分が悪くなったりした時は、私は助手席に降りますので声をかけてください」


 ハルカが荷物を準備するのを待ち、トラックに戻るとコンテナのほうに乗るよう言われた。このトラックは大量に物資を積んであるが、隙間を作ってパーソナルスペースを作ってくれていた。一帖もない広さだがこちらの事も考えてくれているのがうれしい。トラックの後ろにはヒノトリの名前が入ったワンボックスがいて建設部門の人なのかガタイのいい人たちが鉄パイプだとかスコップだとかを抱えて数人乗っている。カナタ達が自宅に帰っているとき付近を警戒してくれていたのも、この人たちだ。

 強面のおじさんばかりだが、ハルカが家にあった物でササっと軽食を作り、コーヒーの入った水筒と共に差し入れした時にはだらしない顔になって受け取っていた。


 カナタ達がコンテナに乗り込むとすぐにトラックは出発したようで、わずかに振動が伝わってきた。

 二人があてがわれたスペースに向かってみると、段ボール箱二つ分の壁に仕切られたスペースにわざわざカーテンで目隠しまで作ってあった。しかもコンテナ自体も改造してあり所々照明が取りつけてあり明かりもあるし、飲み物の入った冷蔵庫まである。さらに正面に電車の連結部のような扉と蛇腹の通路があって、直接運転席のほうに行けるようになっているのだ。

 出発してすぐ、そこを通って橘がスバルとダイゴが乗っているトラックも先ほど出発したのでしばらくしたら合流するだろうと伝えてくれた。トラック同士で無線で連絡を取り合っているそうだ。


 同じトラックには親子なのか小さな男の子をつれた女性とカナタ達の四人が一緒になっていて、スペースはコンテナの長手に横並びに作ってある。親子連れの女性が一番前側で少し広めにとってあり、つぎにハルカで一番後ろ側にカナタのスペースという並びになっている。

 

「じゃ、ひと眠りするか」「そうね、ちょっと疲れたし」


 カナタ達はそう言ってそれぞれのスペースに行った。決して広くはないが、長旅にこうしたパーソナルスペースがあるのは意外と落ち着くものだ。隣でもカーテンの閉まる音が聞こえたので、ハルカも休むのだろう。

 

 ……それから自分のバッグを枕に眠ろうとしたが、濃い体験をしてきたせいか、なかなか眠ることができない。何度も寝返りを打っていると隣から段ボールを叩く音と共に声が聞こえてきた。



 

 

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