2-3

 松柴との話が終わったカナタ達は、準備が整うまで倉庫で待つようにとの事で、橘に案内されて建物の奥へと案内されていた。奥に行くにつれて、だんだんと造りも簡素になっていき作業服を着た男たちが忙しなく動いているのが見えてくる。

 

 突き当りには金属製の扉があり、作業員たちもそこへ出入りしているので、その先が倉庫なのだろう。

 その重そうな扉を開けると、やはり倉庫だったようで広いスペースに数カ所にまとめられた段ボール箱が山を作っている。

 

 その左側は一面シャッターになっていて、外から見えていた搬入口のようだ。何台ものトラックが並んでおり、積込みの真っ最中のらしい。

 右手にも大量の段ボール箱が積まれているが、その横には作業員には見えない十数人の人が肩を寄せ合い不安そうに集まっていた。

 たぶんこの人達が避難してきた人なんだろう、橘に連れられ新たに入ってきたカナタ達の方を黙って見ている。

 その時、彼らから少し離れたところで悄然と座っていた人物が、カナタ達を見て驚きの表情になり、よろめきながら立ち上がった。


「カナタ!」


 そう叫ぶとカナタに向かって走ってくる。


 「ハルカなのか!?」


 予期せぬ場所での再開に、何でここにいるのかとか、とりあえず無事でよかったなどの思いが浮かぶが、近づくハルカの姿が確認できると愕然とする。着ている服は泥と血にまみれていて、大けがをしているのかと思うほどだ。走ってきた様子からハルカのものではなく返り血なのだろうが、しかしハルカとてむやみやたらに力を振りかざすような人間じゃないとカナタは信じている。戦闘の相手が人か感染者かわからないが、どれほどの事があったのか考えると心が締め付けられるようだ。


 言葉もなく呆然としてしまったカナタの胸に、ハルカは走ってきた勢いのままに飛び込んだ。


 予想してなかったハルカの行動に、カナタは咄嗟に受け止めてやることができず、二人もつれて後ろに倒れ込んでしまう。


「ちょ、どうした、ハルカ?」


「ごめん、ごめんカナタ」


 ハルカは泣きながらカナタの胸に縋り付いて、ただ謝りの言葉を繰り返す。

 普段から冷静で気丈なハルカが、ここまで人前で感情をさらけ出すのは子供の時以来見たことがない。それだけの事があったのだろうが、いつも毅然としていて強い女性と思っていたハルカの身体は、とてもか細く感じた。


 そっとハルカの背中に手を回し、優しくさすりながら少しでも落ち着くように話しかける。


「大丈夫だハルカ。何があったんだ?ゆっくり、落ち着いてからでいい話してくれないか?」


 そう言いながらカナタは様々な「最悪な事」を思い浮かべる。正直な所聞くのが怖いが聞かないわけにはいかないだろう。


 そのまま数分ほどして、ようやくハルカの声が小さくなっていき、やがて何度か鼻をすするとそっとカナタから離れ起き上がった。


「ごめん……カナタにこんな所で会えるなんて思ってなくて……」


「いいさ。それで、一体どうしたんだよハルカ。その格好といい」


 少し顔を赤らめながら、小さく謝るハルカに、なるべくやさしく問い掛ける。ハルカは両手を体の前で握ったり、腕をさすったりしていて話しにくそうにしている。

 それでも黙って待っていると、やがて絞り出すようにして話し出した。


「あのね……ヒナタちゃんが、その、カナタを探しに飛び出しちゃって……アタシも後を追ったんだけど、見つけきれなくて……あれがたくさん襲い掛かってきて……必死に逃げてたらここの人に助けられて」


 話を聞いて、頭は真っ白になりそうになったが、どうにか落ち着ける。ヒナタがカナタの事を探しに飛び出してしまった事もそうだが、ハルカもそれを追いかけて感染者と遭遇し戦闘になったという。

 ならば当然ヒナタも同じ状況にあってもおかしくないのだ。チラリとハルカが座っていた所を見ると、木刀が二本置いてあった。そのうちの一本はハルカがいつも素振りに使っていたお気に入りのやつだ。見覚えがある。それが半分ほど赤黒く染まっていた……

 ハルカの話では、道場でこの事態を知って、うっかりカナタがそこにいるかもしれないと言ってしまったことでヒナタが飛び出してしまい、それに責任を感じてしまっている。それはハルカのせいではないと思うし、なにより今のハルカの姿を見たらとても責める気になどならない。もしもハルカが噛まれでもしていたらと考えると……その考えをなんとか頭から追い出すとハルカの肩に手を置いて話す。


「ヒナタの事はもちろん心配だ。でもハルカのせいじゃない。それは一人で行ってしまったヒナタの責任だ。そこにハルカも、あとじいちゃんだっていたんだろ?相談したらもっと違った事ができたかもしれないんだから。

 まぁ心配をかけてしまっている俺が言えた事じゃないか。だから責任は突き詰めると俺にある!だから、例え……ヒナタに何かあっていたとしてもそれはハルカのせいじゃない。いいか?ハルカ何も悪くないんだ。ありがとうな、ヒナタのためにそんなにまでして……後は俺が、絶対見つける」


 カナタがそう言うとハルカは俯き、小さくうなづくと少しは安心してくれたのだろうか、声をころしてまた泣き出してしまった。

 スバルやダイゴも控えめに慰めの言葉をかけている。

 改めてハルカの様子を見ると、返り血だろうが感染者の血を浴びているのが気になる。もうほとんど乾いているみたいだが……やはり感染が心配になる。

 その俺の心配を察したのか、橘さんが教えてくれた。いつの間にか持ってきた薄手の毛布をハルカの肩のかけてやりながら話してくれる。


「御心配には及びません。あれからは直接傷を受けない限り感染しないと判明しています。どうも空気に触れると感染力がなくなるようです。簡単な検査は皆さん受けてもらってます。もちろんハルカさんに限らず、ここにいるどなたも該当しません。一応説明はしたのですが」


 そう言いながらちらっと周りを見て、目を伏せる。ここに入ってきたとき、体を寄せ合うようにしていた他の人たちから一人離れるようにして座っていたハルカ。説明されても不安があったのだろう。

 非難する気にはなれないがなんとなくやるせない気持ちにはなる。

  

「問題ないならよかったです……ところで、ハルカも知ってるんですか?そのさっきの安全地帯とかの事は」


 カナタがそう聞くと、橘は目を閉じて首を振ってから言った。


「いえ、話してありません。ハルカさんはここに避難していただけです。よかったらカナタさんの方から話してあげてください。その後の選択も含めて慎重に判断できるように」


「わかりました」


 その答えに頷くと、橘さんはまだ準備があるのだろう奥のほうへ戻って行った。


 その後みんなで端のほうに場所を移して、床に座りさっき聞いたことをハルカにも話した。驚いていたが、最後は共に行くと、そう家族にも話してみるという事になった。

 その間にも、避難していた人たちは何組かずつトラックに同乗して出ていく。


 やがてカナタ達の番になった。

自宅の方向、寄りたい場所を聞いてくれて通るルートを決め、カナタとハルカ。ダイゴとスバルの乗った二台のトラックは、ヒノトリの従業員が乗るワンボックスと一緒に出発するのだった。


  

 「あ、そこを右です」


 カナタは財団法人ヒノトリの所有する大型トラックの助手席に座っている。今、トラックはカナタの案内に従って剣崎家に向かっている。そのあと隣で眠っているハルカの家にも行ってくれる事になっている。

 

 辺りが見慣れた景色に変わっていき、自宅に近づいているのを実感してなんだかこれが現実の事なんだと思ってしまう。それぞれの職場とカナタが行くつもりだったゲームセンターの近くまで行ってもらったが、近づくのも難しい有様だった。かなりの数の感染者が徘徊していたが、両親が勤める会社の駐車場にはほとんど車が停まってなかったし、ヒナタの姿も見つけることが出来なかった。早い段階で逃げる事が出来たのだと願うしかない。

 

 やがて自宅の前まで来ると運転手は自宅の前にトラックを横付けしたくれた。焦る気持ちを抑えつつ、ハルカをおこさないように気を付けながらドアを開けると飛び降りるようにして玄関へと走った。同時に同行していた車から数人の男性が降りてきて、鉄パイプなどの武器を手に周りを警戒してくれている。


「父さん、母さん、ヒナタ!」


 玄関を開けると靴を脱ぐのももどかしく、土足のまま家に入り大声で家族を呼ぶ。


 無事に帰っていてくれ。そう祈りながらカナタは何度も呼び掛け、すべての部屋を回ったが希望に反して返事はなく、家族の姿もなかった……


「そんな……」


 心のどこかで期待はしていたのだろう。思わず力が抜けそうになるカナタに、いつの間にか来ていた橘が声をかける。


「どこかに避難できている可能性は大いにあります。予定通りに後でたどれるよう連絡先を残して荷物をまとめてください。あまり長くは待てません、この付近は少ないようですが、感染者は音に敏感でしつこく追ってくると報告されています」


 橘はそう言うと用意してきたヒノトリの避難地を記した紙を目立つところに貼っていく。これは家族が後から自宅に戻ってきたとき、ヒノトリへ接触できればカナタのもとまで連れていくという事と、所在地、連絡先が書いてある。カナタの直筆の伝言も一緒に置いてきた。

 どこまでも良くしてもらい、頭があがらない。この後ハルカの家、それから仁科道場まで行ってもらう予定なので急いで渡されたバッグに着替えなどを適当に詰め込みとトラックへと戻るのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る