2-2

「さて!」


 皆、思い思いに考えにふけりこんでいたが、松柴が雰囲気を変えるように少し口調を明るくして話し出した。


「控えめに言っても状況は最悪だ。いったい何が起こっているのかまるで分らないだろう けど、生きるために対策を取らないといけない。それぞれに思うところはあるかもしれないけど、ぼやぼやしてたらあっという間に食われちまうよ!」


 元気付けるためだろうか、発破をかけるようにカナタ達に向かって言う。カナタ達も色々考えはしたものの想定をはるかに超えている状況に考えが追い付いていけないのだ。それでも何とか気持ちを切り替え、カナタはまず気になっていた事を聞いた。


「お婆さんは何者なんですか?今回の事件の事、何か知ってたんですか?」


 松柴は冷めてしまったお茶を一口飲んで答えた。


「そうだねぇ。まずはここはヒノトリという、法人の事務所でアタシはここの会長って立場さ。会長と言っても時々口を出すのと、印鑑を押すのが主という楽な仕事なんだがね。事件の事はもちろん知らなかったさ。知っていればあんな所を一人で歩いているもんかい。実際アンタらがいなかったら、アタシは生きてここにいなかったろうからね」


 そう言いながら壁際のラックにあったパンフレットをカナタ達の前に置いた。財団法人ヒノトリと表紙に書いてあり、中身は医療や福祉、建設などいろんなことをやっている説明や写真が載っている。正直、会長といっても目の前のどこの近所にもいそうな普通のお婆さんとパンフレットの内容が結びつかない。

 見比べる視線に察したのが松柴は説明を続ける。


「もともとここを作ったのは死んだ爺さんだし、アタシは直接そこに書いてある事業なんかにもかかわっていない。財団法人っていうのが、個人の財産を資本とした法人なんだよ。死んだ爺さんもアタシの実家もそれなりの資産家でね。おかげで暮らしに困ったことはなかったんだが、跡取りがいなくてね。死ぬときに財産を持っていけるわけでもなし、それなら周りをよくするために使ってしまおうと爺さんが言い出したのが始まりさ。こういっちゃなんだが爺さんはかなりのお人好しでね。ダイゴくんを見てると爺さんの若い頃を思い出しちまう」


 松柴の話にダイゴに視線が集まる。たしかにこの男が必要以上にお金を持っていたら慈善事業とかやってしまいそうだ。ダイゴが引き合いに出され妙にすんなりと理解できてしまった。


「まあそうやって元の資産がうちの財産だったから、爺さんが死んだ後もこうして名前だけの会長として居座ってるという訳さ。そこに書いてある事業は系列の会社なんかがやってる。そしてその事業の一つが関わってくるんだが……」


 そこまで言うと、松柴は真面目な顔になり身を乗り出してカナタ達に向き合った。


「アンタ達、これからどうする?無事に家に帰ったとしてその後は」


 いきなりそう問われ、カナタ達はお互いに顔を見合わせるが、誰も明確に答えを返せない。とりあえずは家に戻って家族の安否を確認したいが、その後どうするかの考えなどは全く思いつかない。せいぜい家にとじこもるか、どこか避難所みたいな所で事態の収束を待つくらいだろうか。


「ここまで関わったんだ、アタシには助けてもらった恩もある。望むなら家までどうにかして連れて行ってやる。家族に会えるようできるだけ手を貸すよ。問題はその後の事さ」


 そう言われても今の事態は想像のはるか上をいき、状況もよく分からない。誰も何も言えないでいたが、スバルが恐らくは自分たちよりも状況を理解しているであろう松柴に聞いてみた。

 

「その……この事態が収まるのってどれくらいかかると思いますか?」


 「想像もつかないね」


 その質問にたいして松柴はぴしゃりと答えた。その勢いにスバルは口をつぐんでしまう。


「はっきり言うよ。政府や自衛隊、警察なんかの機構はあてにできない。」


「それは、さすがに……」


 ないだろうと言おうとしたカナタだったが、松柴の表情を見てその後が言えなくなってしまう。確かに異常な事態だが、政治家たちや自衛隊などが対策を立てているだろう。しばらくしたら救援が来るに違いないと頭のどこかで考えていたのだ。むしろそこがあてにできないなら、いよいよどうしたらいいのかわからないではないか。


「すまないね、怖がらせるつもりはないんだよ。でも事態の発生からすでにまる一日経っている。なぜかぎりぎりまで報道されなかったし、情報が抑制されていたふしもある。さっきの警察みたいに散発的には動きがあるようだけど、政府主導の指示や動きがまったくないんだよ。橘が情報を集めてくれていたんだけど、政府の首脳陣や防衛庁、警察庁を含む各省庁の上層部からの指示が全く出ていないし対策本部なんかも作られていない。それらの下部組織は独自に動いているところもあるみたいだけど上からの指示がない限り大胆な事はできないだろうしね」


「それって……政府とかもどうしたらいいのか分からないでいるってことですか?」


 すぐには信じられないような事を言われて、スバルが少し腰を浮かせながら言った。

 それに対して松柴は難しい表情になり、少し声を潜めて答えた。


「それならまだいいさね。でもそれならば中間発表的なものがあるはずなんだよ。状況は動いているんだからね。それすらないって事は、すでに機能していないか……アタシは逃げたと思ってる」


「っ!」


 その答えに何も返せなくなり、息を飲んだ。さすがにそれはあんまりではないか。


「そう思う根拠は報道や情報の規制さ。そんじょそこらの者にあそこまでの規制はできない。それこそかなり上の指示でもない限りね。なぜそれをやる必要があるかと思うかい?それは規制されている間に逃げるためさ。例えば報道され、騒ぎになってしまった後に用事で海外にいきますーって言い出したら信じるかい?」


 松柴はそう言って、またお茶を飲もうとした。が、すでに空になっていたらしく顔をしかめながら湯呑みを戻した。

カナタは思わず頭を抱える。ほんの数時間前までゲームセンターに行って遊び、明日からの休みには何をしようかなどと考えていたのがはるか昔に感じる。


「そこでなんだけどね……」

 

 しばらくそんなカナタ達の様子を見守っていた松柴がまた話し始める。


「さっき話していたヒノトリの事業の中に大型リゾート・アミューズメント施設建設の仕事があるんだよ。もちろんうちが主導しているわけじゃなくてその一部に参加しているわけなんだが……国主導の大型計画だ。 アンタ達も聞いたことはあるんじゃないかい?」


 突然そんなことを話し出した松柴に、カナタ達はなぜ今そんな事を。とでも言いたげな表情になっている。

 確かにそんな話はネットニュースなどで見たことはある。


「建設予定地は四国なんだが、区画調整も済んで資材や物資、仮設事務所や仮設倉庫なんかも現地に揃っている。そこに建築資材を使って安全地帯を作ってしまおうという計画をしてる。アンタ達も家族を連れてでもいいから、一緒にこないかい?」


「えっ?」


 急に転換した話についていけず、思わずカナタは間抜けな声をだしてしまうが、松柴は話をつづけた。


「考えてみな。あの化け物達からどうやって身を守る?どこかに立て籠もっても水や食料なんかもすぐに尽きるだろう。組織的な救助が期待できないなら長期的になる可能性も高い。ばらばらに立て籠もっていては抵抗も難しいだろうし、そのうち少ない物資の奪い合いになるのは目に見えてる。それならある程度の安全地帯を作って避難してきた人も受け入れて集団で生活基盤の整備と脅威への対処ができたほうが生存確率は高くなる。そう思わないかい?」


 思わないかと言われたらそんな気もする、カナタやスバルからはあいまいな返事が返ってくる。


「そう思います。できたら連れて行ってください」


 意外にもダイゴはすぐに答えた。そしてカナタ達にもわかりやすく砕いて諭すように話す。


 「お婆さんの言う通りだと思う。この状況が続くなら化け物達はもっと増えるだろうし、その。あまり常識がない人たちは簡単に略奪したりするんじゃないかな?」


 そしてゆっくりとカナタ達に向かって話す。それでようやくカナタ達も想像できた。世の中善人ばかりではないし、自分や家族などが困窮した時に他人の事を思いやれる人がどれだけいるか……感染した化け物に襲われるだけでも十分恐ろしいのに、人間同士で物資を奪い合い殺しあう。そう考えると背中に寒気が走った。


「……お願いします。そのできれば家に寄って、家族とかも……」


 カナタが答え、スバルも並んで頭を下げた。それを見た松柴はほっとした表情になって言った。


「もちろんさ。これであんたらに恩を返せるよ、恩を受けたら必ず返せ。それがアタシと爺さんとの約束事でね、それを守って生きてきたらヒノトリもこんなに大きくなっちまったんだけどね」


 松柴は、そう言いながら本当に安心したように、嬉しそうにしていた。

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