第83話 事故物件

――訓練を終えた後、レイト達は井戸水で汗を洗い流す。ゴンゾウの場合は身体が大きいのでレイトダインが二人がかりで大量の水が入った桶を浴びせる。



「せ~のっ!!」

「おりゃあっ!!」

「おおっ!?つ、冷たいな……だが、良い気分だ」



今日で訓練は終わりであり、三人とも充実感に満たされていた。この数日は地獄のようなバルルの指導で徹底的に身体を鍛えられた。



「はあっ、訓練校に通っていた時よりもきつい訓練だったな……ていうか、なんで魔法使いが身体を鍛えないといけないんだよ。普通は魔法の腕を磨くんじゃないのか」

「でも、たった数日だけだけど連携は上手く行えるようになったよ」

「そうだな。前よりも二人の動きが考えが読めるようになった気がする」



訓練は厳しかったが収穫はあり、依然と比べて三人はお互いの考えを読んで行動できるようになった。事前に作戦を立てていたとしても、訓練を受ける前のレイト達では他の人間がどのように動くのか正確に把握できずに失敗していた可能性もある。


死霊使いに襲われた際、レイト達が上手く連携を取れたら苦戦する事もなく倒せていたかもしれない。あくまでも死霊使いを撃退できたのは幸運が重なったからに過ぎず、もしも再び襲われたら生き延びる保証はない。だからレイト達は依頼を受けずにしばらくの間は訓練に専念していた。



「明日からようやく仕事が再開できるな」

「その前にゴンちゃんのために騎獣を用意しないと」

「迷惑をかけるな……」



ゴンゾウと組む以上、彼の移動手段を確保しなければ遠出するのも難しかった。ゴンゾウはこれまで街を離れるときは徒歩での移動が多く、そのせいで他の人間と組む時は移動に困難していた。


戦力としては申し分ないが、馬などの乗り物ではゴンゾウは乗れないため、ボアや赤毛熊のような力の強い魔物を従えて躾けるしかない。しかし、野生の魔物を従わせるには魔物使いのような特別な魔法を扱える人間でもなければ難しい。


ちなみに白狼種のウルがレイトに懐いているのは狼種の中でも知能が発達しているからであり、子供のウルは大人と違って他の生物の警戒心が薄いので懐いてくれた。スラミンの場合は温厚な性格なので人間に対して敵意を抱く事はない。だが、ゴンゾウを運べるほどの図体の大きい魔物の殆どは気性が激しくて魔物使いの協力無しで仲間にするのは不可能だった。



「この街にも魔物使いが経営している店があったよね?魔物を借り出して荷物を運搬させる仕事があると聞いたけど」

「ああ、俺も何度か世話になった事がある。だが、あそこで借りると高いからな」

「毎回借りるとなると結構馬鹿にならない額だろ?やっぱり金はかかるけど魔物を購入した方がいいんじゃないか?」

「しかし、魔物を飼うとなると世話とかが大変だぞ」



魔物使いは使役した魔物を他人に貸し出し、様々な仕事を手伝わせる事で収入を得ている。足や速い魔物は乗り物として利用され、力の強い魔物は護衛や荷物の運搬などに役立っている。ゴンゾウの場合は自分を乗せられるだけの図体で力が強くて速度もある魔物を借りなければならないので相当な金を使い込む。


魔物使いが卵から育て上げた魔物は野生の種よりも性格が温厚のため、金さえ払えば魔物を買う事もできる。但し、魔物を育てるのは動物を飼うよりも難しく、特にゴンゾウを乗せて移動できるような大型の魔物は街中で育てるのは難しい。



「すまない、俺のせいで迷惑をかけて……」

「別に気にしなくていいよ。ゴンちゃんのお陰でこれからの戦闘は俺も楽に戦えるから」

「でも、僕達も銀級冒険者に昇格したら宿舎を出て行かないといけないんだろ?試験を受ける前に住む場所を考えないとな」

「そうか、二人はまだ鋼鉄級冒険者だったな。あんなに凄い魔法が使えるんだから試験も大丈夫だろう」

「あ、ありがとう」

「ま、まあレイトはともかく、僕なら余裕だけどな!!」



ゴンゾウは素直にレイトとダインの魔法の腕を褒めたたえ、魔法使いとして魔法を褒められたらこれ以上に嬉しい事はない。



(試験か……もう少し猶予はあるけど、確かに合格した時の事を考えてお金は溜めておいた方がいいな)



黒虎のギルドの規定で銀級に合格した冒険者は宿舎から退去される。試験に合格したとしてもある程度の期間は宿舎に残る事は許されているが、期日を迎えれば強制退去されるので試験に合格した後はすぐに次の住む場所を決めないといけない。


今のところはレイトは住める場所に心当たりはなく、試験を受ける前にめぼしい物件を探しておかねばならない。そこでレイトはダインとゴンゾウに声をかけた。



「そうだ。俺とダインが試験に合格したら三人で一緒に暮らさない?」

「え?いきなりなんだよ」

「ん?どういう意味だ?」

「だからさ、三人で一緒に住めば家賃だって三等分できるし、それに一緒に仕事をするなら同じ場所で暮らしていた方が都合がいいでしょ?」



実は冒険者が一緒に暮らす事は珍しい事ではなく、特に冒険者集団パーティを組んでいる間柄だと仕事の際に色々と面倒が省けるので共に暮らす方が利点が多い。もしも別々の場所に住んでいたとしたら仕事を受ける際に連絡するだけでも手間がかかる。


勿論、一緒に暮らす事で不利な点もあった。他の人間と生活を共にする事に慣れていない者は苦労する事になり、仲が悪い相手がいたとしたら毎日顔を合わせる事になるのでストレスが溜まる。だが、幸いにもレイト達は連携の訓練を積んだことで仲が深まり、ダインとゴンゾウも承諾してくれた。



「三人で一緒に暮らすか……うん、悪くないんじゃないか?」

「本当にいいのか?俺が暮らす家ととなると結構大きい建物じゃないといけないが……」

「別にいいよ。後で三人で探しに行こう」

「……いや、実は一つだけ心当たりがあるんだ」

「え、マジで!?」



ゴンゾウは今住んでる家は家賃が高いので引っ越しを考えており、彼は自分が住めそうな物件を探していた。そして巨人族でも暮らせるほどに大きな建物であり、しかも家賃が安くて他の人間も一緒に暮らせる場所に一つだけ心当たりがあった――






――汗を流し終えたレイト達は着替えて外に出ると、ゴンゾウが目を付けている物件へ向かう。そして到着した場所は街のはずれにある古ぼけた屋敷だった。



「この屋敷は何十年も前に建てられたそうだが、最初の屋敷の持ち主が死んでからは妙な噂が広がった。この屋敷にはスケルトンの怨霊が住み着いているらしい」

「す、スケルトン!?」

「ま、まさか死霊使いの仕業か!?」

「俺が聞いた話だとこの屋敷に暮らそうとした人間の元に毎晩姿を現しては脅かしてくるそうだ。そのせいで住民は誰も住みたがらず、こんなに立派な屋敷なのに放置されているらしい」



ゴンゾウが聞いた話では屋敷に暮らした人間の前にだけスケルトンが姿を現すらしく、何度か浄化魔法が扱える魔法使いが屋敷に訪れたそうだが、結局はスケルトンの浄化は失敗に終わったらしい。



「奇妙な事にこの屋敷に現れるスケルトンは直接危害を加える事はないらしい。今まで追い出された人間は誰一人傷つけられていないが、地味な嫌がらせをしてくるらしい」

「嫌がらせ?」

「いきなり現れて驚かしたり、深夜に大きな音を立てて目を覚まさせたり、家具の配置を勝手に変えたり、朝起きると勝手に朝食を作られていた事もあったり、勝手に屋敷をの掃除をしてくれるそうだ」

「あれ?最後の方は得してる気がするけど……」



屋敷に住み着いているスケルトンの目的は不明だが、普通の人間からすれば死霊の魔物が巣くう家に住みたいと思うはずがない。これまでに屋敷で暮らしてきた人間の中で一年も持ったものは者はいないという。

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