第65話 本当の奥の手
「ダイン!!行くぞ!!」
「おうっ!!」
「ほう、奥の手を隠してたのかい!?」
二人の表情が変わった事に気付いたバルルは防御態勢を取ると、レイトは両手を構えた状態で「
「シャドウスネークバイト!!」
「えっ?」
「そ、そっちじゃないよ!?」
「ぷるんっ!?」
「ウォンッ!?」
ダインは自分の影から特大の影蛇を作り出すと、牙をむき出しにした状態でレイトへ目掛けて移動させる。バルルではなくレイトに襲い掛かろうとする影蛇を見てコトミン達は驚愕の表情を浮かべた。それを見てバルルは今度は演技ではない事に気が付く。
どうやら最後の行動はコトミン達にも伝えていなかったらしく、ダインの影蛇がレイトに迫る光景に他の見物人も驚く。しかし、バルルは直感で二人の狙いに気付いて防御態勢を解除した。
「
「やっぱりそう来たかい!!」
「よ、避けた!?」
影蛇が魔盾に衝突する瞬間、レイトは反魔盾に切り替えてバルルに目掛けて弾き返す。ダインが操作するよりも早く影蛇がバルルの元に放たれるが、彼女は頭を反らして回避した。
ここまでの攻防でレイトの攻撃パターンを見抜いたバルルだからこそ避けられたが、作戦はまだ終わっていなかった。レイトは右手で反魔盾を維持した状態で左手を振りかざすと、刃盾を生成してバルルに目掛けて投げつける。
「これならどうだ!!」
「うおおっ!?」
「あ、当たった!?」
実は両手を構えて魔法を発動するふりを行ったが、最初からレイトは影蛇を弾き返す魔盾は右手のみで形成していた。左手は次の魔法の準備のために敢えて使わず、だからこそ小規模の魔盾しか生成できなかった。不意を突かれたバルルは投げつけられた刃盾を両手の手甲で防ぐ。
今回は刃盾を回転させる暇はなかったため、バルルに投げつけた刃盾は手甲によって防がれてしまう。二度目の攻撃を防ぎ切ったバルルは安堵するが、直後に彼女の身体は動けなくなった。
「こ、これは!?」
「僕の事を忘れるなよ!!」
先ほど回避したはずの影蛇が折り返してバルルの身体に絡みつき、完全拘束に成功した。レイトにばかり気を向けていたせいでバルルは影蛇の存在を忘れていたのが仇となり、肉体を完全に拘束されたら虫眼鏡を取り出す事もできない。
「レイト、今だ!!」
「おうっ!!」
「ちょ、待ちなっ!?」
影魔法で拘束された人間はどれほどの怪力を誇ろうと振り払えず、動けなくなったバルルに目掛けてレイトはハルナから借り受けた杖を振りかざす。ハルナの杖は魔術師に相応しいように特別に頑丈に作り出されており、それを利用してレイトは新しい攻撃法を試す。
「反魔盾!!」
「ぐええっ!?」
「「「ギ、ギルドマスター!?」」」
バルルの腹筋に目掛けてレイトは杖の先端を構えると、反対側に掌を押し当てて反魔盾で弾き飛ばす。普通に殴りつけるよりも強烈な衝撃がバルルの肉体に伝わり、彼女は情けない悲鳴を上げた。
ダインの集中力が切れて影魔法が解除されると、バルルは膝をついて杖で突かれた箇所を抑える。痣が残るほどの強烈な一撃であり、まさか土壇場で新技を繰り出したレイトにバルルは苦笑いを浮かべる。
「あ、あんた……今の技、あたしの身体で試したね?」
「え、えっと……はい、すいません」
「えっ!?ちょっと待てよ、自信がある技だと言ってただろ!?まさか初めて試したのか!?」
試験中にも関わらずにレイトは最後の技は練習無しで繰り出した。ダインは事前にレイトから必ず勝てると聞いていたのでバルルの拘束に専念していたが、まさか彼の新技が一度も試した事がないなど聞いていなかった。
「いや、絶対に上手くいく自信はあったからさ。それに失敗すれば普通に殴ればいいだけだし……」
「ば、馬鹿野郎!!僕はもう限界だったんだぞ!?もしも失敗してたらどうしたんだ!!」
「まあまあ、上手くいったからいいでしょ?」
「たくっ、あたしを実験台に利用するなんていい度胸だね」
言い争いを始めたレイトとダインの間にバルルは割って入り、相当な勢いで杖を突きつけられたにも関わらずに彼女は平気そうに動いていた。やはりリーナと同様に彼女も規格外の身体能力の持ち主であり、肉体の耐久力も人間の比ではない。
「おい、あんた達!!見てたか?この勝負はあたしの負けだよ!!」
「う、嘘だ……ギルドマスターが負けるなんて」
「て、手加減していただけだろ?攻撃だって一度もしなかったじゃないか」
「馬鹿野郎、お前は同じ条件で試合して勝てるのか?俺には無理だ……」
見物していた他の冒険者はレイト達の戦いぶりを見て認めざるを得ず、彼等はただの新人の冒険者などではない。黄金級の冒険者のバルルを追い詰めるほどの実力者であることを認めざるを得ない。
(いつつっ……最後の攻撃は一番冷やっとしたね)
表面上は平気なふりをしながらもバルルは痣を抑え、最後のレイトの攻撃は彼女が指摘した彼の弱点を補う見事な一撃だった。反魔盾は攻撃を防いだり、物を飛ばすだけが全てではなく、手持ちの道具を効率よく利用すれば接近戦を得意とする冒険者とも戦える。
レイトは最後の攻撃に関しては練習ではなく本番で試したのは、バルルほどの強者に通じる攻撃ならば今後も役に立つと判断したからであり、ダインには申し訳ないと思ったが試さずにはいられなかった。だが、話を聞いていなかったダインはレイトの胸ぐらを掴んで本気で怒る。
「この野郎!!もしも落ちてたらどうするんだ!?お前はともかく、僕は後がなかったんだぞ!?」
「ご、ごめんってば!!」
「あ~!!レイト君をいじめじゃ駄目だよ~!!」
「まあまあ、これも男同士の友情。割って入るのは無粋」
「ぷるぷるっ♪」
「ウォオオンッ!!」
二人の喧嘩を止めようとするハルナをコトミンが宥め、その後ろではスラミンがお祝いのダンスとウルが勝利の雄たけびを上げていた。騒がしい奴等だと思いながらもバルルはようやく自分のギルドに新しい世代と呼べる者たちが現れた事に喜ぶ。
(こいつらが成長すればうちも弱小と呼ばれることもなくなる。それまでの間はしっかりとあたしが支えてやらないとね。たくっ、ギルドマスターの仕事は骨が折れるね)
最初はとっとと辞めたいと思ったギルドマスターの任だったが、若手が育っている場面を見ると素直に楽しく、何時の日か彼等のような存在が黒虎を大手のギルドに成り上がらせると期待せずにいられない――
――同時刻、バルルに捕まった三人組はギルドの職員の隙をついて抜け出していた。バルルが人を集めたせいで監視する人間もいなくなり、その隙をついて三人組は脱走する。
「あ、兄貴!!これからどうするんですか!?」
「ここで逃げたら本当に首にされますよ!?」
「馬鹿野郎!!残ったところで首にされるのは目に見えてんだろ!!それならとっととずらかるぞ!!」
他の二人を従わせるアンは黒虎どころか街から逃げ出すつもりだった。このまま残れば自分達の身が危うく、一刻も早く街から離れる必要があった。
どうして三人組がギルドが保護している白狼種を無理やりに連れ去ろうとしたのか、それはある人物に白狼種を連れ去るように依頼されたからである。相手の目的は白狼種の美しい毛皮を手に入れる事であり、前金で三人組は一年間は遊んで生活できるほどの金を受け取っていた。しかし、失敗した場合は前金の返却では済まないと警告されていた。
(くそっ!!あんな女の言う事を聞かなければ良かった!!このままじゃ俺達は殺されちまう!?)
アンは自分の前に現れた金髪の女性を思い出し、外見は美女と言っても過言ではないが近寄りがたい雰囲気を醸し出していた。金に目がくらんで依頼を引き受けたが、失敗に終わった以上は逃げるしかなかった。
「お前等!!さっさと付いてこい!!」
「「…………」」
「おい、返事ぐらいしやがれ……どうした!?」
後ろから突いてきてるはずの二人の声が聞こえなくなり、アンは不審に思って振り返ると、そこには道端で倒れる男達の姿があった。アンは彼等の元に駆けつけようとすると、その変わり果てた姿に気付いて悲鳴を上げる。
「ぎゃあああっ!?」
「あ、にき……!?」
「どう、して……!?」
倒れている二人はまるでミイラのように痩せこけており、虚ろな瞳でアンに助けを求めるように腕を伸ばす。二人に足を掴まれたアンは尻もちをつき、必死に逃げようとしたが背後から声が聞こえた。
『どこへ行くのかしら』
「ひいっ!?」
「あ、ああっ……」
「そんなっ……」
アンの後ろに現れた女性を見て倒れた二人は絶望の表情を浮かべ、そんな彼等の顔を見てアンは恐る恐る振り返ると、そこには三つ首の巨大な黒犬が立っていた。その魔物の正体は彼等が知らないはずがなく、自分達の
ケルベロスは神話に出てくる魔物であり、実在したかは不明とされている。しかし、現実に目の前に現れた三つ首の黒犬にアン達は腰を抜かし、しかも人間の言葉を発して近づいてきた。
『もう貴方達は用済みよ』
「ま、待って……」
『さようなら
ケルベロスは口元を大きく開くと、三人をそれぞれの頭で飲み込んだ――
――黒虎から三人組が抜け出した事はすぐに判明したが、バルルは冒険者を総動員させて調査したが結局は見つからなかった。もう街の外に逃げられたかと思われたが、とある路地裏にて三人分の白骨死体が見つかった。しかもご丁寧に死体の傍には黒虎の冒険者バッジが残されており、三つとも逃げ出した三人が所持していた物で間違いなかった。
白骨死体の正体が三人組である可能性は高く、彼等と親しかった冒険者の話を聞いたところ、最近の彼等は妙に羽振りが良かった事が発覚した。一緒に呑んだ際にとある依頼人から高額の前金を受け取っていたらしく、依頼内容までは聞かされなかったが、レイト達が保護するウルを三人が狙っていた事から依頼人の目的は白狼種ではないかと考える。
「何処のどいつの仕業か知らないけど、うちの冒険者に手を出すとはいい度胸だね……仇は必ずとってやるよ」
白骨死体の前でバルルは両手を合わせると、いくら問題を起こしていようと三人組は黒虎の冒険者である事は間違いなく、彼等の仇を討つことをバルルは誓う。後の事は警備兵に任せると、彼女は自分のギルドへ戻った――
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