第13話 宿舎と訓練場

レイトはバルルに連れられて受付に赴き、こちらで黒虎の冒険者になるための手続きを行う。その後に冒険者の証であるバッジを受け取った。



「これが冒険者バッジですか」

「新人のあんたは銅製のバッジだね。依頼をこなして評価を高めれば昇格試験を受けられるようになるよ」



冒険者はギルドが発行するバッジを装着する義務があり、このバッジの素材で冒険者の階級を見定めることができる。冒険者は「銅」「鋼鉄」「白銀」「黄金」「ミスリル」「オリハルコン」の六つの階級に分かれており、価値が高い金属で構成されているバッジほど評価が高い。


最高階級のオリハルコン級の冒険者は国内には十人しかおらず、歴史上の英雄に匹敵する実力者だと認識されている。世間一般では彼等は一流ではなくの冒険者として認識され、レイトの最終目標でもあった。



(この銅製のバッジはギルドマスターの俺の評価という事か。まあ、こんなもんだよな)



バルルはレイトの実力を正確に把握しているとは思わず、そもそもダインと間違えて勧誘した可能性もある。それならばレイトはダイン以上の実力を示す事で彼女を驚かせようとやる気を抱く。



「これで俺も仕事を受けられるんですよね?」

「そういう事だね。ちなみにあんたは何処で寝泊まりしてるんだい?」

「訓練校が用意してくれた宿ですけど……」

「それなら近いうちに退去しないといけなくなるだろ。仕方ないね、当分の間はうちのギルドの宿舎を利用しな。白銀級以下の冒険者だけが格安で寝泊りさせてやるよ」

「あ、ありがとうございます!!」



黒虎のギルドの裏側には冒険者専用の宿舎が存在し、階級が低い冒険者だけが寝泊りできる制度があった。これは階級が低くて稼ぎの少ない冒険者が衣食住に困らないための救済処置であり、当分の間はレイトも世話になる事にした。


階級が低い冒険者は引き受けられる仕事が限られており、最初のうちは苦労するだろう。しかし、昇格試験に合格すれば階級が上がり、引き受けられる仕事も増えていく。


ギルドによっては宿舎の利用条件が異なり、黒虎では白銀級以下の冒険者しか利用は許可されない。その理由は黄金級にまで昇格した冒険者は仕事に困る事は殆どなく、安定した収入を得られるためであり、階級の低い冒険者との公平性を保つために退去を命じられる。



「あんたが一人前の冒険者になるまでは好きなだけ利用しな。但し、もしも問題を起こしたら追い出すから気を付けるんだよ」

「肝に銘じておきます……」

「さてと、まずは宿舎から案内してやるよ」

「え?ギルドマスターが案内してくれるんですか?」

「何だい、あたしじゃ不服なのかい?」



仮にもギルドマスターが直々に新人冒険者の案内役を任せるなど聞いたこともなく、他の仕事があるのではないかとレイトは心配するが、バルルは頭を掻きながら理由を教えてくれた。



「こっちは朝から面倒くさい書類仕事には飽き飽きしてるんだよ。息抜きがてらに身体を動かしたいと思っていたところさ」

「そ、そうなんですか」

「あんたさっきから態度が固いね。もうちょっと砕けた感じで話せないのかい?」

「が、頑張ります」



バルルに連れられてレイトは建物の奥へと進み、裏口を抜けて宿舎へと向かう。黒虎のギルドの裏手に存在する宿舎は冒険者ギルドよりも一回りほど小さいが、レイトが宿泊している宿屋よりは大きかった。



「今のところは宿舎を利用しているのは三十人ぐらいだね。あんたは運がいいよ、個室が一つだけ空いてたからね」

「さっき格安だと言ってましたけど、月にどれくらい払えばいいんですか?」

「新人冒険者は最初の一か月はただで部屋を貸してやるよ。但し、食事の時は宿舎じゃなくてギルド内にある酒場を利用しな」

「分かりました」



レイトは手持ちの金が少ないため、無料で宿舎に寝泊りできるのは有難かった。早いうちに仕事を覚えて稼ぐ必要があり、バルルに仕事の引き受け方を尋ねた。



「仕事はどうやって受ければいいんですか?」

「掲示板に張り出されている依頼書を確認して、自分が引き受けられる仕事を見つけて受付に持っていけばいいんだよ。ちなみに銅級の冒険者は魔物討伐の依頼は受けられないから気をつけな」

「えっ!?そうなんですか!?」

黒虎うちでは討伐系の仕事は鋼鉄級冒険者になってからだよ。ひよっこ冒険者は大人しく清掃や採取や雑用の仕事を頑張りな」

「はあっ……」



魔物退治の仕事は危険が大きく、新人冒険者に任せるのは荷が重い。地道に仕事をこなして実績を積み、昇格試験を目指すのが当面の目標となる。



(焦らず一から頑張るしかないか)



一流冒険者を目指す以上はレイトも頑張るつもりだが、具体的にどの程度の依頼をこなせば昇格試験を受けられるのかは気になった。



「試験を受ける具体的な条件とかはありますか?」

「新人は難しく考えずに自分が受けられる仕事を片っ端やりな!!あたしが十分だと判断するまで試験は受けさせないからね!!」

「は、はい!!」



バルルの言葉にレイトは従い、彼女に認められるまでは試験は受けられそうにない事だけは理解した――






――レイトに割り当てられた部屋は宿屋と比べると部屋は狭く、家具はベッドと机ぐらいしかなかった。最低限の生活ができる程度の環境だが、今のレイトには丁度良かった。


生活環境が整いすぎていると上昇志向が削がれる恐れがあり、劣悪な環境に身を置くことで自分を追い詰め、一刻も早く冒険者として実績を上げて現在の状況から抜け出さなければという気持ちを抱けた。



「ここが俺の部屋ですか」

「少し前までは物置として使っていたからね。ちょいと汚れてるかもしれないけど、掃除は自分でやりな。ちなみに月に一度の草取りと全体清掃があるから忘れるんじゃないよ」

「はあっ……」



宿舎の暮らしも思っていたよりも楽ではなさそうであり、バルルから渡された箒とちりとりを受け取ってレイトは部屋の掃除を始めた。その間にバルルは立ち去ろうとしたが、去り際に思い出す。



「そういえばあんたは魔法使いだったね。もしも魔法の練習をしたいときは訓練場を利用しな」

「訓練場?」

「宿舎の地下に冒険者専用の訓練場を設けてあるんだよ。掃除が終わったらあんたも見に行きな」

「分かりました」



訓練場と聞いてレイトは興味を抱き、早々に仕事を済ませると訓練場へ向かう事にした――






――宿舎の地下には広大な空間が存在し、そこでは様々な鍛錬器具が置かれていた。冒険者の仕事は肉体労働が主なため、身体が訛らないように日頃から鍛えておかなければならない。その鍛錬器具の中には魔法使い専用の道具も置かれていた。



「あった!!的当てようの石板!!」



訓練場の壁際には攻撃魔法にも耐えきれる頑丈な石材で構成された石板が埋め込まれており、普通の魔法使いならば攻撃魔法を当てて練習ができる。しかし、レイトの場合は防御魔法しか扱えないため、普通の訓練では練習できない。



「ダインがいれば練習も捗るんだけどな。まあ、仕方ないか」



レイトは右手に意識を集中させて「魔盾プロテクション」を形成すると、続けて「反魔盾リフレクション」へと展開した。反魔盾は攻撃を跳ね返す性質があり、これを利用して本来ならば相手の攻撃を防御する魔法を攻撃に利用できる。


右手に「鏡」のように変化した魔力の盾を形成しながら、事前に用意した小石を左手で握りしめ、的当て用の石板に狙いを定める。レイトはこれから行う方法は彼が魔法試験の昇級試験を始めて突破した時に利用した戦法だった。



「はあっ!!」



訓練場にレイトの気合の声が響き渡り、石板の中心に小石が吹っ飛んで砕け散る。それを見たレイトは笑みを浮かべた――

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