第12話 冒険者ギルド「黒虎」

――試験に合格した人間は訓練校の寮から立ち去り、訓練校から指定された宿屋に向かう。試験に合格した以上はレイトもダインも冒険者を名乗る資格がある事を証明したが、重要なのはここからであった。



「おい、レイト!!また手紙が届いたぞ!!これで僕は四つ目だ!!」

「うわっ……人気者だね。俺なんて未だに一通しか届いてないなのに」

「ふふん、やっぱり影魔法の使い手の僕の方がギルドからの評価が高いんだろうな」

「くそっ、やっぱり防御魔法だけしか使えないのが仇になったか」



合格者の元には冒険者ギルドからの勧誘の手紙が届き、自分が選んだギルドに登録すれば正式な冒険者として認めれる。魔法の使い手ともなれば将来有望な人材と認識され、ダインのように複数のギルドから勧誘されるのだが、レイトは未だに勧誘してくれるギルドは一つだけだった。



「へへ~ん、僕を勧誘してくれたギルドはどれも有名なのばかりだぞ。お前は何処から勧誘されたんだよ?」

「黒虎……聞いたこともないね」

「おいおい、大丈夫かよ?冒険者は最初に入るギルドで将来が決まるんだぞ」

「そこが問題なんだよね……」



一流の冒険者を目指すのならば所属する冒険者ギルドも重要であり、ダインの言う通りに有名処の冒険者ギルドに入れなければ一流冒険者になるという夢から大きく離れる。


試験で好成績を残したので大手のギルドから勧誘されると期待していたが、予想に反して一通しか届かなかった。大手の冒険者ギルドならば名前ぐらいは聞いたことはあるはずだが、レイトの知る限りでは「黒虎」という名前に聞き覚えはない。



「どうするかな。勧誘を断って自分から志願しようかな」

「でも、それだとギルドに入るための試験を受けないといけないんだろ。それに勧誘を断ったギルドから目をつけられたりするんじゃないか?」

「はあっ……面倒くさい事になったな」



原則としては勧誘を受け入れるかどうかは本人次第だが、殆どの人間は勧誘を断って他のギルドに志願する事はない。勧誘の場合ならば面倒くさい手続きや試験を受けずにギルドに所属することができる。それを考えると勧誘を拒否するのは得策ではない。



(黒虎なんて聞いたこともないけど、他に行く当てもないし……贅沢言える立場じゃないか)



実質的にレイトは実家からは勘当されており、現在宿泊している宿屋に関しても長居はできない。今日中に他のギルドからの勧誘の手紙が届かなかった場合、黒虎に所属する事を決めた――







――翌日、レイトは足取り重く街道を歩いていた。結局は他のギルドからの勧誘の手紙は一通も届かず、仕方なくレイトは冒険者ギルド「黒虎」へ赴く。辿り着いた場所は年季が入った建物であり、看板も薄汚れていて傾いていた。



「ここが黒虎……なんだか寂れてるな」



建物の外観だけでレイトは嫌な予感を抱き、とりあえず中に入ろうとした時、扉から強面の男性冒険者たちがぞろぞろと出てきた。



「おっしゃあっ!!今日は飲むぞ!!」

「へへっ、久々に稼げたな!!」

「おっと、この間にみたいに酔いすぎて問題は起こすなよ。今度こそギルドマスターに殺されるからな!!」

「うわわっ……」



いきなり出てきた男たちに慌ててレイトは道を開けると、彼等は機嫌よさそうに去っていく。明らかに荒くれ者の雰囲気と態度を醸し出す冒険者たちの姿にレイトは不安を抱くが、ここまで来た以上は引き返せない。


今日中にギルドに手続きを済ませなければならず、覚悟を決めてレイトは中に入り込むと、最初に見えたのは赤髪の女性が大男の頭を掴んで床に叩きつける光景を目にした。



「このクソガキが!!あたしを誤魔化せるとでも思ったのかい!?」

「ぐへぇっ!?」

「うわっ!?」



入って早々にとんでもない光景を目にしたレイトは悲鳴を漏らし、一方で赤髪の女性は自分よりも体格が大きい男を片手で持ち上げ、今度は壁に叩きつけた。



「依頼を失敗しただけならともかく、依頼人にまで手を出そうとするなんて何を考えてんだ!!この冒険者の恥知らずがっ!!」

「うがぁっ!?も、もうゆるひて……」

「失せなっ!!お前は今日限り、解雇くびだよ!!」

「ぎゃああっ!?」



赤髪の女性は大男を両手で持ち上げると、信じられない怪力で扉に放り込む。危うく巻き込まれそうになったレイトは頭を下げて回避すると、男は彼の頭上を通り過ぎて扉の外へ放り込まれた。赤髪の女性はレイトの存在に気が付くと、訝し気な表情を浮かべた。



「何だいあんたは?うちの冒険者じゃないね。もしかして仕事を依頼しに来たのかい?」

「い、いやあの……こちらのギルドマスターから勧誘の手紙を受け取ってきたんですけど」

「ギルドマスターはあたしだよ」

「ええっ!?」



レイトの話を聞いて赤毛の女性は近づき、この時に彼女を間近で見てレイトは驚かされる。黒虎のギルドマスターの外見は赤色の髪の毛を腰元まで伸ばし、片目は眼帯で隠しているが美女と呼んでも差し支えないほど顔立ちは整っていた。だが、彼女を見て真っ先に目が行くのは顔ではなく体型であり、先ほどレイトがすれ違った男性冒険者たちよりも筋骨隆々とした体形をしていた。


背格好から女性であることは間違いないと思われるが、筋肉が凄すぎてみただけで圧倒されてしまう。訓練校には女性の指導者や兵士もいたが、彼女ほどの巨体で筋肉質な女性は見た事がない。



(す、凄い迫力だ!!ボアよりもちょっと怖いかも……)



並の魔物よりも凄まじい威圧感を放つ女性にレイトは気圧されるが、彼が持っている手紙を見てギルドマスターは思い出したように声をかける。



「ああ、そういえば面白い魔法の使い方をするガキが試験に合格したと言ってたね。あんたが影魔法の使い手かい?」

「え!?いや、それはもう一人の合格者で俺は違いますけど……」

「あん?そうだったのかい?まあ、あんたも魔法は使えるんだろ?なら別にいいよ、うちは年中人材不足だからね」

「ええっ……」



自分をダインと間違えた女性にレイトはショックを受け、まさか本当にダインと勘違いして勧誘の手紙を送ってきたのかと不安を抱く。



(ダイン、どれだけ人気があるんだよ。まあ、影魔法は本当に便利だからな)



森での試験の時、ダインの協力がなければレイトは試験に落ちていた可能性も高い。影魔法に比べてレイトの防御魔法は地味で使いどころが難しく、他の魔法使いと違って自ら攻撃するのに適しているわけではない。


しかし、魔術師として自分がダインに劣っているなどレイトは一度も考えた事はなかった。実際にボアと遭遇した際はレイトの防御魔法で守っていなければダインは今頃は死んでいた。それなのにダインばかりが評価されている事にレイトは不満を抱く。



(必ず見返してやる!!)



ダインではなく自分を入れた事を後悔させぬため、レイトは気合を入れ直す。そんな彼の心境の変化に気付かずにギルドマスターは自己紹介を行う。



「そういえばまだ名前を名乗ってなかったね。あたしの名前はバルル、この黒虎のギルドマスターだけど、あんまり気負わなくていいよ。うちの冒険者になった以上は家族同然さ」

「は、はあっ……」

「但し、親しき中にも礼儀ありだ。あんまりふざけた真似をするとさっきの奴みたい叩き出すから覚悟しときな。たくっ、人手不足だからってあんなゴミクズを雇い入れるなんて恥だね」

「……さっきの人は何だったんですか?」



先ほどバルルに追い出された人物の事を思い出し、彼が何をしたのかをレイトは尋ねると、バルルは面倒くさそうに説明した。



「あのバカが依頼人に手を出そうとして大変だったんだよ。同行していた仲間が止めたから最悪の事態は免れたけど、冒険者が依頼人に手を出したなんて知られたらギルドの信頼に関わるからね。だから解雇してやったのさ」

「でも、あんな風に痛めつけて大丈夫なんですか?もしも逆恨みされたりしたら……」

「望むところさ。自分の命が惜しくて冒険者なんてやってられるかい」



バルルは自分が他人に恨まれようと構わず、冒険者の秩序を乱す存在を排除する事に躊躇いはしない。豪快な性格だが決して悪人ではなく、むしろ好感を持てる人物だとレイトは思った。



(いきなり人を殴り飛ばす危ない人かと思ったけど、話してみるとそんなに怖くないな。年下の俺でも気さくに話してくれるし、ちょっと安心する)



立場や年齢が上だからと言ってバルルは傲慢な態度はとらず、むしろ身内の人間と接するように気楽に話しかけてくれた。初対面の人間に馴れ馴れしいと思う輩もいるかもしれないが、レイトとしては変に気を遣わずに済みそうで安心した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る