第11話 奇策

「――ひいいっ!!た、助けてくれぇっ!!」

「うわっ!?な、何だお前!?」

「ダ、ダインなのか!?」



情けない声を上げながらダインは茂みから飛び出すと、彼の姿を見て警戒態勢を取っていた訓練生達は驚愕の表情を浮かべた。全身が薄汚れており、しかも身体のあちこちに赤黒い血がこびり付いた彼を見てを負って戻ってきたのかと戸惑う。



「た、頼む!!もう死にそうなんだよ、僕を帰らせてくれ!!」

「な、なに言ってんだこいつ!?」

「おい、それよりも素材はどうしたんだ!!」

「……レイトの奴が全部奪ったんだよ!!あいつ、僕と組もうと言ってたくせに裏切りやがった!!」

「なんだって!?」



鼻血を吹き出しながらダインは地面を這いずり、台座の前で待ち構える訓練生の元へ向かう。彼の言葉を聞いて訓練生は顔を見合わせ、武器を下ろして彼のところに向かう。本来はダインを見つけたら襲い掛かって素材を奪う作戦だったが、大怪我を負っている彼を見て心配する気持ちの方が高まる。



「おい、大丈夫か!?」

「酷い怪我じゃないか……これもレイトがやったのか?」

「い、いや……これは魔物にやられたんだ。僕が動けなくなったところ、レイトの奴が素材袋を奪って逃げだしたんだよ!!」

「何だって!?」

「あ、あのレイトがそんな事を?」



普段からレイトとダインが親しい間柄なのは知っている訓練生は信じられない表情を浮かべるが、ダインは涙目で自分の鼻血を指さす。



「この鼻血を見ろよ!!あいつ、僕が素材を返してくれと頼んだのに殴ってきたんだぞ!!もう友達でもなんでもないよ!!」

「ひ、酷い!!なんて奴だ!!」

「やっぱりあいつは悪い奴だったんだな!!あんなのと組まなくて正解だったぜ!!」

「くそ、つまり素材はあいつの一人占めか!!」



ダインが素材を持っていないとなると訓練生の狙いはレイトへと切り替わり、怪我をさせられたダインは同情を集める。ダインは涙目で他の訓練生に支えてもらいながら台座を指さす。



「もう僕は諦めたよ。こんな怪我じゃ動けないし、魔法だって使えない……今回の試験は諦めるよ」

「諦めるって、それでいいのか!?ここで落ちたらまたつらい目に遭うんだぞ!!」

「こんな有様で試験なんか続けられるかよ!?怪我で痛くて死にそうなんだよ!!頼むから僕を帰らせてくれよぉっ!!」

「わ、分かった!!分かったから縋り付くな!?」



汚れたからで抱き着こうとしてくるダインを訓練生達は面倒に思い、この怪我では彼は役に立ちそうではなく、仕方ないので返してやる事にした。念のために調べてみるが服の中に素材を隠し持っている様子はなく、このまま転移すればダインの失格は確定していた。



「ほら、しっかり立てよ」

「ここに乗るだけであとは勝手に転移されるからな」

「あ、ありがとう……ちなみに他に戻った奴等はいるのか?」

「何人か戻ったぞ。だが、全員がお前と同じで酷い怪我を負って諦めた奴ばかりだけどな」



ダインの前にも訓練生の何名かが帰還しているらしく、合格者はまだ現れていないと思われた。それほどまでに魔物の討伐は難しく、だからこそ残された訓練生は魔物の素材を採ってきた人間を待ち構えるしか方法はなかった。


他の訓練生の力を借りてダインは台座の上に乗り込むと、魔石が輝き初めて台座が起動しようとした。この時にダインは内心冷や汗を流し、周囲の人間に気付かれないように自分の影に手を置いた。



(これで失敗したら一生恨むからな……頼むぞ、相棒レイト!!)




――レイトが考えた作戦はダインが回収したゴブリンの死骸の一部を利用し、まずは彼の身体に死骸から搾り取った血で汚す。既に血液は固まっていたが、表面だけでも汚せれば十分だった。続けてダインの素材袋はおいて行ってもらい、あるタイミングで彼に投げ渡す予定だった。


念のためにダインには本物の鼻血を流させ、本物の怪我で苦しむ姿を見せれば演技だと気づかれにくい。実際に他の訓練生は彼を微塵も疑っておらず、ダインは見事に台座に乗り込む事に成功した。しかも他の生徒の注意はレイトに向いており、誰もダインには顔を向けさえしない。



(僕の事なんてもうどうでもいいと考えてるんだろ。その油断が命取りだ!!)




ダインは転移魔法陣が発動する前に影魔法を発動させ、油断しきっている訓練生の足元に「影蛇」を次々と絡みつかせる。残された魔力を全て消費する勢いでダインは影蛇を操作して全員を転ばせた。



「シャドウスリップ!!」

「うぎゃあっ!?」

「あいてぇっ!?」

「いだぁっ!?」



完全に油断しきっていた訓練生達は影蛇に足元を引き寄せられて地面に倒れこみ、この瞬間に茂みから隠れていたレイトが飛び出す。訓練生達が転んでいる隙にレイトは素材袋を抱えながらダインの元へ向かう。



「レイト!!早くこっちに来い!!」

「流石はダイン!!」

「て、てめえら!!」

「俺達を嵌めやがったな!?」

「くそっ!!捕まえろ!!」



地面に転んだ訓練生達は慌てて起き上がろうとしたが、その前にダインは彼等の足元を封じた影蛇を解除すると、今度はレイトの元へ伸ばす。実体化した影蛇にレイトは腕を伸ばすと、彼の腕に絡みついた影蛇をダインは引き寄せる。



「おらぁあああっ!!」

「うわぁっ!?」

「「「なっ――!?」」」



レイトの身体が影蛇によって引き寄せられ、素材袋をしっかり抱えた状態でダインが乗り込んだ台座の上に倒れこむ。その直後に転移魔法陣が発動し、二人の身体が光に包まれた――






――レイトとダインは意識を取り戻すと、二人は無事に訓練場に戻れたのを確信した。台座の傍には驚愕の表情を浮かべる教官の姿があり、二人が一緒に転移してきた事に驚く。



「お前達!!どうして二人一緒に居るんだ!?まさか二人で転移魔法陣を使用したのか?」

「へ、へへっ……」

「前に魔法学園の授業で習っていた事を思い出したんですよ。転移魔法陣は魔法陣の上に立つ存在を送り込むって……だから魔法陣の範囲をはみ出さないようにすれば二人同時でも転移できるんじゃないかって」



魔法学園に通っていた際、レイトは転移魔法陣の授業もしっかりと受けていた。教官は台座の上に一人ずつ乗せて転移させていたが、それだは魔法陣の規模を考慮して安全に転移させるために一人ずつ乗せたに過ぎない。だが、複数人でも魔法陣に乗り込むことができれば転移は不可能ではない。


真面目に授業を受けていたお陰でレイトは転移魔法陣の仕組みを覚えており、二人とも他の訓練生を振り切って帰還する事に成功した。レイトは素材袋と一緒に背中に括り付けていたボアの牙を差し出す。それを見て教官は心底驚いた表情を浮かべた。



「こ、これはまさか……ボアか!?」

「そうですよ。俺と……」

「僕が!!一緒に見つけたんです!!」



レイトとダインは肩を組んで二人分の牙を差し出す。ゴブリンの素材はダインが演技をするために服を汚す材料として使ったのでなくなったが、それでも二人は最高の評価を得られるだけの大物の素材は手に入れていた。



「全く、お前らという奴は……最高だ!!よくぞ試験を乗り越えたな!!」

「うわっ!?」

「ちょ、教官!?僕達汚れてるんですけど……」

「それがどうした!!お前達は我が校の誇りだ!!よくぞあのボアを仕留めた!!」



教官は今までに見たことないほどの笑顔を浮かべ、レイトとダインを抱きしめた。苦しくはあったが、人からこんなにも認められるのは初めてであり、二人とも嬉しく思う。


どうやらレイトたち以外に合格者はいなかったらしく、戻ってきた訓練生達も結局は素材が見つからずに引き返してきたらしい。自分たちを罠に嵌めたレイトとダインを憎々し気に見つめる者もいたが、中には二人の奇策を素直に称賛する者も少なからずいた。



「お前等には負けたよ……絶対に一流の冒険者になれよ」

「ああ、約束するよ」

「お、おう!!お前も一か月後の試験を頑張れよ!!」



別れ際にレイトとダインは訓練生と握手を行い、今回の試験に落ちた者の中には訓練校を去る者も多い。それでも諦めずに一か月後の再試験に挑む者もいた。合格できる可能性は低いが、それでも挑まなければ絶対に冒険者になれることはない。最後まで諦めない者しか冒険者になれない事をレイト達は痛感した――

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