第10話 人魚の恩返し

「フゴォオオッ!!」

「うひぃっ!?も、もう駄目だ!!」

「ダイン!!こうなったらやるしかない!!」



岸辺に辿り着いたダインは逃げようとするが、レイトは応戦の準備を行う。逃げたところでボアに追いつかれるのは明白であり、残された魔力を全て使い切る覚悟で魔法を使おうとした。



「俺の魔法でなんとか転ばせるから、あいつが水中に顔を突っ込んだらダインの影魔法で動きを封じて溺死させるんだ!!」

「はああっ!?そ、そんなのできるわけないだろ!!」

「やらなきゃ殺されるだけだよ!!ほら、さっさと覚悟を決めて!!」

「くそっ!!死んだら化けて出てやるからな!?」

「フゴォッ!!」



レイトの言葉にダインは覚悟を決めたのか自分の影に手を押し当てるが、ボアが川の中腹当たりまで移動した瞬間、急に渦巻きが発生してボアの身体が水中に沈む。水流に逆らえずにボアは水中に沈んでいく。



「フガッ、フガッ!?」

「な、何だ!?」

「お、おいあれ!!何かいるぞ!!」



ダインが水面を指さすと、レイトは水中の中に高速で動き回る影を捉えた。ボアを飲み込む勢いの渦の正体は水中を高速移動する物体が原因らしく、必死にボアはもがくが渦から抜け出せない。


何が起きているのかはレイト達にも分からぬが、ボアの巨体が川の中に沈むと渦が消え去り、水中からボアが浮かび上がると岸辺に流れ着く。レイトとダインは慎重に近づいて様子を確認すると、既にこと切れているのか動かなかった。



「し、死んでるのか?」

「そうみたいだけど、でもどうして急に渦なんて……」



レイト達が泳がずに渡れるほど川は浅く、本来ならばボアのような巨体が沈むほどの深さはない。それにも関わらずにボアが溺死した原因は渦の水流に巻き込まれ、体力を失ったところに大量の水を飲み込んだせいで死んだとしか思えない。



「さっき、影が見えたけど……もしかして!?」

「よいしょっと」

「うわぁっ!?で、出たぁっ!!」

「……人を幽霊みたいに怖がらないでほしい」



ボアの死骸の後ろから現れたのは人魚族の少女であり、既に去ったと思われた彼女が現れた事にレイト達は驚く。だが、状況的に考えて先ほどボアが沈んだ渦を生み出したのは彼女の仕業だと気づいたレイトは礼を言う。



「もしかして俺たちを助けてくれたのは君なの?」

「ぶいっ、美味しい魚を食べさせてくれたお礼」

「ええっ!?マジで!?あんな化物を沈めるなんてどうやったんだ!?」

「水中なら人魚族に敵う魔物はいない」



いくら陸上では無類の強さを誇ろうと、水中に誘い込めば人魚族に敵う魔物は滅多にいない。ボアがいくら巨体で力が強かろうと、水中を高速移動できる人魚族には手を出せない。


少女はボアの周囲を高速で泳いだことで渦を発生させ、水流に逆らえずにボアは体力が使い切るまで溺れさせ、力を失ったところをボアを水中に引き込んで溺死させる。助けてもらってなんだが恐ろしい方法でボアを仕留めた彼女にレイトとダインは冷や汗を流す。



「助けていただいてなんとお礼を言えばいいやら……」

「あ、ありがとうございます……これからは人魚の姐さんと呼ばせて下さい」

「なんで急に他人行儀?それよりもこれ、どうするの?」



少女はボアの死骸を指差すと、処分をどうするのか尋ねる。死骸を川の中にいつまでも浸からせるわけにはいかず、とりあえずは死骸の確認を行う。



「なあ、こいつの死骸を持ち帰れば凄い評価が貰えるんじゃないのか!?」

「それはそうだろうけど、でも俺たちが倒したわけじゃないのに」

「私の事は気にしないでいい。むしろこんなのを置いて行かれる方が困る」



倒したのは少女とはいえ、彼女はボアの死骸には興味はなく、試験に参加しているわけではないので素材は必要としない。レイトとダインはボアの死骸を確認して持ち帰れそうなのは牙ぐらいだと考えた。



「この牙を持ち帰れば討伐の証明になるし、ここの場所を教えれば死骸の回収もしてもらえると思うけど、本当に俺たちが貰っていいの?」

「構わない。私は魚以外はあんまり食べないから」

「ほ、本当に貰っちゃうぞ!!後で返せと言われても返せないからな!?」

「しつこい」



念入りに少女の許可を得た後、レイトとダインはボアの牙を回収した。レイトはゴブリンの素材を失ったが、それを補って十分に余りあるほどの素材を手に入れた。これを持ち帰れば最高の評価を得られるのは間違いなく、少女に感謝した。



「ありがとう。えっと……人魚ちゃん」

「私の名前はコトミン」

「コトミンか。もう言ったかもしれないけど、俺の名前はレイトだよ」

「ぼ、僕はダインだ」

「よろしく、レイトとボボクハダインダ」

「ダ・イ・ン!!どういう聞き間違いしてんだ!?」



コトミンと名乗った少女はお茶目な性格らしく、彼女は名前を伝えると川の中に戻っていく。この時にレイトは手を振って見送った。



「助けてくれてありがとう!!また会った時はもっと美味しい魚を食べさせてあげるからね!!」

「分かった。約束の指切り」

「え?あ、うん……指切った」

「おいおい、大丈夫かそんな約束して?」



レイトの言葉にコトミンは川の中から小指を伸ばすと、約束の指切りを行う。彼女は今度こそ水中に潜り込むとあっという間に影が見えなくなり、残されたレイトとダインはボアの死骸に振り返る。



「とんでもない置き土産残してくれたな」

「これだけあれば他の奴等の分も渡せると思うけど……」

「そこまで面倒見る義理ないだろ?それにあいつらのせいでひどい目に遭ったんだぞ」

「だね」



ボアに追いかけまわされる原因は他の訓練生のせいであり、元々はボアは他の訓練生を追いかけて現れたのだ。それならば他の訓練生に気を使う必要はなく、レイトとダインは自分たちの分の素材だけ回収して帰路に就く――






――時刻は間もなく夕方を迎えるころ、レイトとダインは台座から離れた茂みにて様子を伺う。二人の視線の先には数人の訓練生が武器を持って待ち構えており、全員が酷い有様だった。



「あいつら何してんだ?」

「決まってるでしょ。待ち伏せだよ……きっと狙いは俺たちだ」

「……はあっ、最悪だな」



このような展開は予想していたとはいえ、二人は深いため息を吐き出す。訓練生の中にもしも時間内に魔物の素材を見つけられなかった人間がいた場合、他の者から奪い取ろうとする輩が現れてもおかしくはない。しかし、想定以上に人数が多かった。


台座に乗り込んで転移魔法陣が発動する時間は三十秒ほどかかり、他の人間の邪魔を受けたら戻る事はできない。しかし、このまま無駄に時間を過ごせば制限時間を過ぎてしまう。日が落ちる前に戻らなければ苦労して手に入れた素材も無駄になってしまう。



「ど、どうする?あいつらぶっ倒せるか?」

「なんで他人事みたいに言ってんの。ダインだって手伝ってよ」

「いや、僕は援護は得意だけど前に立って戦うのは苦手なんだよ」

「そういえば戦闘訓練の時もやられっぱなしだったね」

「う、うるさい!!」



ダインは徒手格闘を大の苦手としており、もしも他の訓練生に襲われたらひとたまりもない。レイトは戦闘訓練でも良い成績を残しているが、流石に人数差がありすぎて勝てる気がしない。



「ダイン、魔力はどう?」

「少しは回復したけど、お前はどうなんだよ」

「本調子とは言えないけど、まあどうってことないよ」



二人とも疲れてはいるが魔法を扱えるほど体力は戻っており、力を合わせれば訓練生を一網打尽にできるかもしれない。しかし、相手はこれまで共に頑張ってきた同じ生徒という事もあり、ダインは魔法を使う事に躊躇する。



「なあ、話し合いでなんとかならないのか?」

「無理だと思うよ。あいつらの顔を見てみなよ、殺気を滲ませている。あいつらも試験に落ちたら後がないと思ってるんだよ」



レイトの言葉にダインは顔を向けると、訓練生の表情を見て冷や汗を流す。全員が必死な表情で周囲を常に警戒しており、武器を握りしめる手に力が込められている事がうかがえる。もしも二人が茂みから飛び出した瞬間、襲い掛かってくるのは明白だった。


話し合いは不可能だと判断し、二人で力を合わせて訓練生を打倒す。それ以外に方法はないかと思われたが、レイトはダインと自分の格好を見てある事に気付く。



(随分とボロボロだな。この恰好で現れた驚くだろうな)



ここまでの道中でレイト達は大変な苦労を重ねており、訓練生の誰よりも薄汚れた格好をしていた。そしてレイトはダインが抱えているゴブリンの死骸が入った袋に気が付き、ある方法を思いつく。



「もしかしたら……この方法なら怪我させずに合格できるかもしれない」

「え!?そ、そんな方法があるのか!?」

「しっ、声がでかい……まず、ダインが――」



レイトは自分の考えた作戦をダインに伝えると、彼は心底驚いた表情を浮かべた。名案とは程遠い作戦だが、だからといって愚策と呼べるほどの策ではない。いうなれば「奇策」という言葉が一番相応しい作戦内容だった――

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