第14話 冒険者の仕事
――黒虎の冒険者になってから一か月ほど経った頃、レイトは街中を逃げ回る猫を追いかけまわしていた。
「待て!!この泥棒猫!!」
「ふぎゃっ!?」
魚を盗んで逃げ回っていた野良猫を捕まえると、暴れる前に事前に用意しておいた籠の中に放り込む。疲れた様子でレイトは街道を引き返すと、魚屋の店主に猫を捕まえた籠を引き渡す。
「はあっ、はあっ……つ、捕まえてきました」
「おおっ、流石は冒険者さんだね!!まさかこんなに早く捕まえてくれるなんて思わなかったよ!!」
「ど、どうも」
今回の依頼は毎日魚を盗む猫の捕縛であり、魚屋の店主に盗んできた猫が入った籠を引き渡すと、レイトは依頼達成の証として依頼書にサインしてもらう。
「じゃあ、また困ったときはいつでも仕事を頼んでください」
「いや、本当に助かったよ。猫を捕まえる仕事なんて黒虎さん以外のギルドは引き受けてくれないからね」
「あははっ……普通はそうでしょうね」
今回のような仕事内容ならば普通の冒険者ギルドは引き受けず、本来であれば街の治安を維持する警備兵が協力すべき内容である。しかし、黒虎は一般人からの仕事の依頼はできる限り引き受けるようにしており、そのために一般民衆の黒虎の人気は高い。
黒虎は決して大きなギルドではないが、地元の人間からの人気は高く、その理由は他のギルドならば断わるような一般人の仕事の手伝いを快く引き受けるからである。これは今のギルドマスターに切り替わってから仕事の方針が変化したのが理由だった。
(ふうっ、流石に今日は疲れたな。朝から清掃作業させられて、昼間は荷物の仕入れの手伝い、最後は泥棒猫の捕縛……これって本当に冒険者のやる事か?)
この一か月の間、レイトは地道に依頼を受けてきたがどの仕事も冒険者がするべき内容なのか疑問に残る。だが、バルルの言われた通りに地味な仕事だろうとやり続ければ実績を積み重なり、仕事を一つ終える度に昇格試験を受ける日が近づけると信じてレイトは仕事をこなす。
「流石に疲れたな。今日はゆっくり休みたい……そういえばダインの奴は元気にしてるかな」
ダインはレイトとは別のギルドに所属し、現在も手紙でやり取りをしていた。今は他の冒険者と組んで仕事をしているらしく、順調に冒険者として実績を重ねているらしい。
(近いうちに昇格試験を受けられそうだと書いてあったけど、この調子だと俺は試験を受けられるのはいつになるかな)
友人が冒険者として立派に活躍しているのに対し、自分は未だに街の外にも出ずに一般人の仕事の手伝いばかりしている事にレイトは歯がゆく思う。こんな時は宿舎に戻って魔法の練習をするのが一番であり、レイトは黒虎のギルドに引き返そうとすると曲がり角で誰かとぶつかった。
「うわっ!?」
「あいてっ!?このガキ、何処を見て歩いてやがる!!」
「す、すいません!!」
レイトがぶつかった男性はどうやら他のギルドの冒険者らしく、銅製のバッジを装着している事からレイトと同じ階級の冒険者だった。ちなみにそれぞれのギルドでバッジの形状や紋様が異なり、レイトのバッジには「黒色の虎」の紋様が刻まれているが、相手の冒険者は「赤色の竜」の紋様が刻まれていた。
(この人、あの「赤竜」の冒険者か。ちょっと面倒なことになりそうだな)
自分がぶつかった相手は「赤竜」という名のギルドの冒険者だと知ってレイトは面倒に思い、黒虎とは因縁のある冒険者ギルドだった。男性冒険者はレイトが黒虎の冒険者だと知ると、目の色を変えてレイトの服の襟を掴んで持ち上げる。
「このガキ!!黒虎の冒険者か!!」
「うぐっ!?」
「俺にぶつかるとはいい度胸だな!!ぶっ飛ばされたくなかったらとっとと消えろ!!」
「あいてっ!?」
力ずくで地面に叩きつけられたレイトは痛みを覚え、そんな彼に男性冒険者は蹴りつけようとしてきた。だが、やられっぱなしは性に合わないレイトは蹴りつけようとした足を掴んで逆に持ち上げて転ばせる。
「何すんだこの野郎!!」
「あいてっ!?こ、この……俺とやる気か!?」
「そっちこそ!!」
思わぬ反撃を受けた男性冒険者は腰に差していた剣に手を伸ばすが、それに対してレイトは右手を構えて魔法の準備を行う。一触即発の雰囲気の中、街道を巡回する警備兵が彼等に気付いて近づいてきた。
「そこの二人!!いったい何をしている!?」
「やべっ!?」
「くそっ……覚えてろよ!!」
警備兵に捕まると面倒な事になり、レイトと男性冒険者は慌てて走り去る。この日の出来事が後に事件を引き起こす事になるなどレイトは夢にも思わなかった――
――翌日、レイトはいつも通りに仕事を受けようとギルドに訪れると、ギルドマスターのバルルが待ち構えていた。彼女はレイトを見ると一枚の羊皮紙を差し出す。
「よう、遅かったじゃないかい。こっちはもう待ちくたびれたよ」
「ギルドマスター?もしかして俺を待ってたんですか?」
「ああ、最近のあんたは頑張ってるようだからね。だからそろそろ昇格試験を受けさせても良い頃合いだと思ってね」
「昇格試験!?」
バルルが差し出したのは昇格試験の申込書であり、これにサインすればレイトは試験を受けることができる。ようやく試験が受けられることにレイトは嬉しく思うが、バルルは試験の説明を行うために場所を変える。
ギルドマスターだけが入る事を許されるギルド長室に移動すると、早速だがレイトは羊皮紙に自分の名前を書き込もうとした。だが、それを止めたのバルルであり、彼女は申込書に名前を書く前に試験の詳細を話す。
「今回の試験は他のギルドと合同で行われる事が決定したよ」
「合同ですか?」
「ああ、先月にどこぞの馬鹿ギルドが試験で不正を働いていたことが発覚したんだ。本来なら試験を受けられるだけの実績も実力もない冒険者を金に目がくらんで合格させたんだ。そして合格した冒険者が仕事でとんでもないへまをやらかして問題になった事件があっただろう?」
「あ、それ知ってます!!結構有名な事件ですよね!!」
少し前に別の街のギルドの冒険者が問題を起こした事が話題となり、その冒険者を調べてみると本来であれば昇格試験を受ける条件を満たす前に試験を受けて合格していた事が発覚し、ギルドマスターが冒険者から賄賂を受け取って不正を働いていた事が判明した。
これと同じような事件は過去にも何度か起きており、問題を重く見た国は今後の冒険者の昇格試験は不正防止のため、今後は他のギルドとの合同で行われる事になった。
「これからの試験は他の冒険者同士で協力したり、あるいは競い合う事で合否を決める事になったんだよ。ちなみに試験官に関しても公平性を期すためにそれぞれのギルドから一人ずつ派遣されるらしいね」
「なんか面倒くさそうですね……」
「面倒くさいなんてもんじゃないよ。こっちは書類仕事で忙しいというのに余計な仕事を増やしがって……まあ、それはともかく今月の試験を受けるのは
「え!?俺一人だけ?」
「他の奴等は試験を受けるだけの実績がまだないんだよ。それに比べてあんたは真面目に毎日仕事をしてきたからね。毎日の努力が報われて良かったじゃないかい」
レイト以外の銅級冒険者は今回の昇格試験は受けられず、黒虎から試験を受ける冒険者は彼一人だけだった。試験内容に関しては今回は筆記試験は行われず、実技試験だけが行われる事が伝えられた。
「試験会場と日時はここに記されているよ。今日はゆっくり休んで明日の試験に備えな」
「明日!?」
「試験を受ける日は決まってるんだよ。明日を逃せばまた一か月後になるけど、それでもいいのかい?」
「ええっ!?」
バルルの言葉にレイトは悩み、いきなり明日に試験が行われると聞かされて驚いたが、もう覚悟はできていた。
「分かりました。明日の試験受けます!!」
「その意気だよ。そうそう、今度の試験は凄腕の冒険者が参加するそうだから気を付けるんだよ」
「凄腕の冒険者?」
「なんでも槍使いの女らしいね。あんたにとってはライバルになる存在だから気をつけな」
「はあっ……」
凄腕の冒険者と聞いてレイトは最初はダインの事かと思ったが、女だと聞いて別人だと知る。だが、ダインも昇格試験を受けると手紙に書いており、もしかしたら一緒に試験を受ける可能性も十分にあった。
(もしもダインが試験を受けるとしたら、今度は敵同士という事になるな)
相手が友人であろうとレイトは容赦するつもりはなく、もしもダインと遭遇した場合に備えて対策法を考えておくことにした――
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