第8話 人魚族の女の子
「お、女の子?どうしてこんな場所に……」
「もぐもぐっ……」
「あ~!?それ、僕達の魚だぞ!!」
レイトの釣り竿には魚が食いついていたが、どうやら釣り上げる最中に女の子が噛り付いたらしく、頭から噛り付いていた。普通の人間が生魚を食らえば腹を壊すだろうが、状況的に考えて女の子の正体はただの人間ではないのは明白だった。
「ぎゃああっ!?す、水死体!?」
「ダイン、落ち着いて!!どう見ても生きてるから!!」
「うん、生きてる」
釣り上げた女の子を見てダインは悲鳴を上げるが、レイトの言葉に少女は生魚を食いながら頷く。どうやら言葉は通じるらしく、いつでも魔法を発動できる準備をしながらレイトは話しかける。
「えっと、君は……ただの人間じゃなさそうだね」
「私は人間じゃない。人魚族の可愛い女の子」
「じ、自分で可愛いとか言うのか……まあ、可愛いけども」
正体を尋ねられた女の子は「人魚族」だと明かし、その話を聞いてレイトは納得した。人魚族を見るのは初めてだが種族学の授業で習った事がある。
この世界には人間以外にも様々な人種が存在し、その内の一つの人魚族は見た目は人間と酷似しているが、水場を住処とする種族である。絵本に出てくるような人魚とは異なり、下半身は魚ではない。青髪が特徴的で水中ならばどんな生物よりも早く泳いぐ事ができた。
「この森には人魚族も住んでるの?」
「違う、私は川を渡って旅をしている」
「た、旅?」
「人魚族は十五歳を迎えると故郷を離れて新しい住処を探さないといけない決まりがある。だから川を渡って旅をしていたら、美味しい魚を見つけた。それを食べようとしたら急に引っ張られてこんなところに落ちた」
「それ、僕達の釣った魚だろ!!」
「凄い偶然だな……」
人魚族の女の子はレイト達が釣り上げようとしていた魚を食べようとして一緒に釣り上げられたらしく、レイトはとりあえずは女の子の全身を確認して思い悩む。
「う~ん、人魚という割には食べられそうな部位はないな」
「うぉいっ!?食う気かよ!?」
「だって、せっかく釣り上げたし……」
「……私はか弱い人魚だからいじめるのはよくない」
「そんな血まみれの姿で言われても説得力ないよ!!」
レイトの言葉を聞いて人魚族の女の子は怯えたふりをするが、口元を血まみれにした状態で言われると逆に怖かった。冗談はさておき、レイトは女の子の魚に差していた釣り針を返してもらう。
「とりあえずは釣り針だけは返してくれる?俺たちも腹減ってるから魚を食べたいんだよ」
「返してくれたら許してくれる?」
「許すよ」
女の子はレイトの言葉に安心して釣り針を返すと、魚を一気に飲み込んで骨も残さずに食べつくす。外見は人間の女の子に見えるが、海底の水圧にも耐えられるほどに人魚族の肉体は強く、骨も噛み砕くほどの咬筋力にレイト達は呆気にとられた。
(なあ、この子本当に人魚族だよな?実は魔物だったりしないよな?)
(それはないと思いたいけど、とりあえずこっちに危害を加える気はなさそうだよ)
口元を血まみれにしながらお腹がいっぱいになって満足したのか、女の子は膨れたお腹をさすりながら川へ近づく。顔を洗うつもりかと思われたが、女の子はレイトに振り返って告げる。
「見逃してくれたお礼に魚をごちそうしてあげる」
「え?」
「ていっ」
「うわっ!?」
まるで熊のように女の子は川を泳いでいる魚を払いのけ、しかも一度に二匹の魚を飛ばす。吹っ飛んだ魚は二人の顔面に迫るが、反射的にレイトは掌を構えて魔法で防いだ。
「
「ふぎゃっ!?」
「おおっ、いい反応」
レイトは魔盾を形成して防いだが、ダインは反応できずに顔面に魚が当たって顔を抑え込む。それを見て女の子は拍手を行い、わざと顔面を狙って魚を飛ばしてきたことにレイトは呆れる。
(結構おちゃめな子だな……でも、これで飯にありつける)
隣で顔を抑えてうずくまるダインは少し心配だったが、とりあえずは食料を手に入れたので準備を行う。事前に用意していた枝を魚に差し込み、焚火の準備を行う。
火を灯して魚を焼き始めると、それを見た女の子は不思議そうに覗き込む。女の子の反応が少し気になったが、とりあえずは二人分の焼き魚の準備をしていると香ばしい香りが漂う。
「スンスンッ……いい臭いがしてきた」
「な、なんだよ。これは僕達の分だからな」
「そういえば人魚族は魚を焼いて食べたりしないの?」
「焼く?」
焼き魚を見て涎を垂らし始めた女の子にレイトは気になって尋ねると、そもそも彼女は魚を焼いて食べるという発想がないらしい。そして十分に焼きあがると、ダインとレイトは魚の串焼きを食べようとした。
「「いただきま~……」」
「じ~」
「な、なんだよ!?そんなに見つめてもあげないぞ!!」
「じぃ~」
「……ちょっと食べる?」
羨ましそうに見つめる女の子にレイトは自分の分の魚を差し出すと、その間にダインは後ろを向いて魚を食べ始めた。女の子は魚を嗅いだ後、意を決したように噛り付く。何の調味料も使わずに焼いただけの魚だが、女の子は美味しそうに頬張る。
「……美味しい!!こんなに美味しい魚は初めて食べた!!」
「へえ、そうなんだ。魚を焼いただけなんだけどね」
「こんなに美味しい魚を作れるなんて、もしかしてレイトは凄い人間だったりする?」
「そんな大げさなもんじゃないよ。塩とかあればもっと美味しくなるけどね」
「もっと美味しいのが作れるの!?」
「ざ、材料さえあればね」
「おい、レイト。もうそろそろ行こうぜ」
女の子は魚がもっと美味しく調理できると聞いて興味を抱くが、ダインは食事を終えた以上は長居は禁物だと注意する。実際に食べ物の香りに釣られて魔物をおびき寄せる可能性もあり、試験中でもあるためレイトは気を引き締めた。
「君も帰った方がいいよ。俺たちはもう行くから、この焚火は好きに使っていいよ」
「いいの?」
「もしも魚が食べたくなったら自分で焼いてね。手順は教えるから」
「ありがとう」
「たくっ、お人好しめ」
去る前にレイトは女の子に魚を焼く方法を丁寧に教え、川を立ち去る頃には女の子に手を振って別れを見送られた。
「レイト、またね。ダインも食べられないように気を付けて」
「ば、ばいばい」
「僕だけなんで食べられる心配されてんの!?」
元気よく手を振って別れを告げる女の子にレイトは手を振り返すが、あらためて彼女の名前を聞いていないことを思い出す。だが、もう会う事はないと思われ、それに先を急ぐ必要があるのでレイトは聞かずに去る事にした。
夕方の時刻まで猶予は残っており、この調子でいけばそれなりの評価は得られると思われた。評価が高いほどに好待遇で迎え入れられる可能性が高くなり、冒険者になれたら色々とやりたい事はあった。
「ダインは冒険者になったら何をしたいの?」
「そうだな、とりあえずは手っ取り早く稼いで家が欲しいな」
「家?随分とまた大きな夢だね」
「他人事のように言ってんじゃねえよ。僕もお前も勘当されてるんだから、帰る家がないと困るだろ」
「あ、言われてみればそうか……」
訓練校を卒業すればレイト達は寝泊りできる場所を確保しなければならず、当分の間は宿で暮らす事は確定していた。収入が安定しなければ家を借りることもままならず、まずは冒険者として実績を上げなければならない。
「いっその事、俺とダインで一緒に家を借りるのはどう?そうすれば負担は半分ずつになるよ」
「お前と一緒の冒険者ギルドに入れたら悪くないかもな」
「あ、そうか。一緒に入れるかは分からないか」
「教官が言うには僕たちは別々の可能性が高いらしいぞ。魔法を使える冒険者はどこも欲しがってるらしいからな」
魔法を扱える冒険者は滅多におらず、仮にレイトとダインが合格した場合は同じギルドに入れる可能性は低い。もしも一つのギルドに魔法を扱える人間が二人も入った場合、他のギルドから不平等だと抗議されるからだ。
他のギルドの冒険者と行動を共にするのは色々と問題があり、二人が別々のギルドに所属する事になればこれまでのように一緒に行動はできないだろう。それを考えるとレイトはダインと一緒にいられるのは今日が最後かもしれないと思い、少しだけ寂しさを覚えた。
「ダインがもしも有名な冒険者になっても、俺の事を忘れないでよ」
「へ、変なこと言うなよ。お前の方こそ僕が落ちぶれても見捨てたりするなよ」
「大丈夫、その時は優しく介錯するから」
「止め刺す気かよっ!?」
雑談を行いながらも周囲の警戒は怠らず、レイト達は森を突き進んでいると、不意に後方から足音が聞こえてきた。しかも動物や魔物ではなく、人間の足音だった。
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