第7話 森の中の少女
「――なあ、レイト。本当に良かったのかな、皆と一緒に行動しなくて……」
「いいんだよ。あいつらだって今日のために訓練してたんだから」
転移の台座から離れてから一時間ほど経過した頃、レイトとダインは森の中に流れている川で休憩を行う。ここまでの道中で遭遇した魔物はゴブリンが数匹であり、全て始末して素材の調達も終えていた。
魔物の素材を多く持ち帰るほどに評価が高くなり、冒険者になる際にギルドに好待遇で迎え入れられる可能性が高まる。だから他の人間と組む場合、倒した魔物の分配は事前に話し合わなければならず、今のところはレイトとダインは半分ずつ分け合っているが、もしも他の人間と一緒に行動していた場合は分け前が減ってしまう。
「ダインが魔物を拘束して俺が止めを刺す。この方法なら一人でやるよりも効率的だって何度も言ってるでしょ?」
「それはまあ、そうなんだけどさ……影魔法を使うと僕は動けなくなるから、本当に助かってるよ」
ダインの影魔法の弱点は影を操作している間は本人は動く事はできず、単独では敵を拘束する事ができても止めを刺す事はできない。だからダインが試験に合格するには他の人間の協力が必要不可欠だった。
「ダインが俺以外と組みたい奴がいるなら、別に今から戻ってもいいけど?」
「いや、お前より頼りになる奴なんていないだろ。けどさ、これだけ素材を集めれば十分なんじゃないのか?あんまり森の奥に進み過ぎると戻れなくなるぞ?」
「早く戻るのはやめておいた方がいいと思うよ」
「はあ?なんでだよ、魔除け石がある場所の方が安全だろ?」
レイトはダインの提案に賛成できず、その理由は今回の試験は必ずしも魔物だけが敵とは限らないからである。
「もしも他の奴等が俺等の素材を狙って待ち伏せしてたら逃げ場はないよ」
「待ち伏せって、あいつらが僕達の素材を奪うと思ってんのか!?」
「あり得ない話じゃない。実際に教官は他の生徒から素材を奪うなとは注意していないし」
「いや、いくらなんでもそんなのあり得るか?」
レイトの言葉にダインは流石に考え過ぎではないかと思ったが、追い詰められた人間は何をするのか分からない。
「今日の試験のために皆は頑張ってきた。だけど、もしも落ちた場合は一か月もまた地獄の訓練を乗り越えないといけない。そう考えると何としても合格しようとする奴が現れてもおかしくはない」
「それは……そうかもしれない」
昨日までの行っていた過酷な訓練の事を思い出すだけでダインは顔色が悪くなり、時期的にはリーナが去った後から訓練の厳しさは一気に増していた。まるで試験が行われる前に生徒をある程度の人数にふるい落とすため、わざと過酷な訓練を課しているのではないかと思うほどに理不尽な内容の訓練もあった。
試験に落ちたとしても一か月後に再試験が受けられると楽観してはならず、あと一か月も同じ訓練を続ければ身体が壊れる可能性もあった。実際に二度目の試験での合格率は異様に低いらしく、今回の試験に合格しなければ冒険者になれる見込みは零に等しい。
「最後の最後に油断して仲間に裏切られたら最悪でしょ?だから、戻るにしても時刻ぎりぎりまで魔物の素材を調達してから帰ろう」
「もしも本当にあいつらが襲ってきたらどうするんだよ?まさか戦うのか?」
「流石にそれは最終手段だよ。最悪の場合、俺たちの素材を分けて見逃してもらうしかないかもね」
「こんなに集めたのに渡すのか!?」
「ならダインはあいつら相手に魔法を使えるの?」
「うっ!?」
ダインはレイトの言葉に言い返せず、今まで共に過酷な訓練を乗り越えてきた相手に魔法を仕掛けるのは気が引けた。レイトも人間相手に魔法を使うのは気が引ける。それに人を相手に魔法を使用すると魔法学園での事件を思い出しそうで気が乗らなかった。
「……そういえばレイトは魔法学園で他の生徒に怪我させた事があったんだっけ?」
「あんまり思い出させないでよ。人のトラウマを……」
「いや、でもさ。その話どうも信じられないんだよな。お前はいい奴だし、いくらむかつく奴等だからって魔法で傷つけるような真似をするとは思えないしさ」
「まあ、あれは不可抗力だったんだよ」
レイトが魔法学園を退学になった事件の話はダインも聞いているが、正直に言えばレイトが人を傷つけたなど信じられなかった。普段の彼は他の人間と争う事など滅多になく、ましてや彼の扱える魔法は「防御魔法」だけであり、そもそも人を傷つける事ができないはずである。
「お前の覚えているのは
「……あの時は相手の方が魔法を使ったから防ごうとしただけなんだ」
同級生のハルナが上級生達に絡まれている光景を見てレイトは助けようとした。この時に上級生と口論になり、その内の一人が杖を向けて脅してきた。
レイトは身を守るために魔盾を形成したが、相手が攻撃魔法を仕掛けてきた際に反射的に「反魔盾」を使用した。反魔盾は攻撃を跳ね返す性質を持ち、それは魔法であっても例外ではない。
「俺が相手の生徒の魔法を跳ね返したせいで絡んできた奴等は怪我をした。しかも厄介なことに相手の中には貴族もいたんだ」
「何だよそれ!?お前は身を守っただけだろ!!それなのに退学だなんて……」
「むしろ貴族の子供を怪我させて退学で済んだだけ運がよかったよ。きっと学園長が説得して俺を守ってくれたんだ」
怪我を負わせた相手が悪く、正当防衛とはいえレイトは貴族から深い恨みを買う。学園長が彼を退学して即刻追い出したのはむしろ彼のためであり、もしもレイトが学園に残っていれば貴族の生徒達が何を仕出かすか分からない。だから学園長もレイトの身を案じて退学を言い渡したのだろう。
「たくっ、貴族は碌な奴らがいないよな」
「そういうダインも元は貴族じゃないの?」
「……そこは突っ込むなよ。それに今の僕には関係ない話だよ」
ダインは元貴族ではあるがレイトが魔法学園に通っていた貴族の生徒と違い、相手が平民だからといって差別するような真似はしなかった。その理由はダインは家族の間では魔術師としての能力が低いという理由で冷遇され、そんな彼にいつも優しく接してくれたのは平民の出自の使用人だったという。
いつも辛い目に遭った時にダインに優しくしてくれたのは使用人たちであり、彼等のお陰でダインはひねくれずに育った。そんな彼だからこそ平民を蔑むような真似はせず、レイトとも普通に友達として接してくれた。
「さてと、そろそろ飯にしようか」
「飯って、弁当でも持ってきたのか?」
「そんなわけないでしょ。何のために川に来たと思ってるの?」
「まさか魚でも釣る気か?でも、道具もないのにどうやって……」
「大丈夫、材料はこれだけあれば十分だよ」
レイトが川に来た目的は魚釣りが目的であり、森の中で拾った手頃な大きさの木の枝と、餌として地面に埋もれていたミミズを利用する。釣り針と釣り糸に関しては事前に服の中に仕込んでいた糸を取り出す。
「これで良し」
「いや、お前そんな物を持ってきたのか!?それって反則じゃないの!?」
「なんでだよ。別に持ち物の制限なんてなかったでしょ。それに武器の持ち込みがありなら釣り針もありでしょ」
「割と無理ないかそれ!?」
ダインと話している間もレイトは木の枝に釣り糸と釣り針をひっかけ、ミミズを餌に魚釣りを行う。しばらくの間は待ち続けると、釣り糸が強く引っ張られる。
「うおっ!?こ、これは大物の予感!!」
「ええっ!?本当に釣れたのか!?」
「ダインも見てないで手伝ってよ!!」
「わ、分かったよ!!」
「おらぁあああっ!!」
二人がかりで釣竿を引き寄せると、川の中から激しい水しぶきを舞い上げながら大きな物体が出現した。レイトとダインは地面に倒れると、大物を釣り上げたと確信した。
「は、ははっ!!今の絶対に大物が釣れたぞ!!」
「よし、早く焼いて食べ……誰!?」
「はあっ!?急にどうし……ええっ!?」
立ち上がった二人の視界に映し出されたのは餌に引っかかった魚――だけではなく、魚にしがみつく青髪の女の子が地面に横たわる姿だった。
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