第6話 防御魔法と影魔法

――魔法学園を退学されたとはいえ、レイトは一年生の中でも優秀な成績を残していた。最初の昇級試験で合格を果たし、もしも事件を起こさなければ二年生に上がれていたはずである。


レイトが最初に覚えたのは「防御魔法」であり、在学中に覚えたのは「魔盾プロテクション」と「反魔盾リフレクション」と呼ばれる二つの魔法だけだが、これらを駆使してレイトは試験を一発合格した。



「魔盾!!」

「ギギィッ!?」



右手を前に構えた状態でレイトは魔法を唱えると、彼の掌に「魔法陣」が展開された。円盤型の「小盾」を想像させる形をしており、ゴブリンが投擲した石を弾き落とす。魔力で構成された魔法陣の盾を作り出し、続けて二つ目の魔法を発動させた。



「反魔盾!!」



呪文を唱えた瞬間、先に展開した魔法陣が「鏡」のように変化した。ゴブリンは続けて四発目の投石を繰り出すが、今度の盾は弾き落とすのではなく、正面から衝突した石を弾き飛ばす。



「喰らえっ!!」

「ギャウッ!?」



鏡が光を反射するようにレイトは正面から繰り出された石を跳ね返し、見事にゴブリンの頭に的中させた。威力に関してはゴブリンが投げ飛ばした力と同じであり、ゴブリンは自分が投げつけた投石を受けた事に等しい。


反魔盾リフレクションは単独での発動はできず、事前に魔盾プロテクションを形成しなければならない。魔盾は相手の攻撃を防ぐことしかできないのに対し、反魔盾の場合は正面からの攻撃ならば跳ね返すことができる。この二つの魔法だけでレイトは魔法学園の難関と言われる昇級試験を突破した。



「ふうっ……思ったよりも大したことなかったな」

「ギ、ギギィッ……!?」



顔面に石を受けたゴブリンは大量の鼻血を流したまま横たわり、見た限りではまともに動ける状態ではなかった。レイトは勝利を確信した時、台座の方から聞き覚えのある声が聞こえた。



「うわっ!?な、なんだここ!?」

「ダイン……きっかり三十秒ぐらいか」



台座の上に現れたダインを見てレイトは安堵し、彼の様子を察するに訓練生はこの場所に飛ばされるのは確定した。もしかしたら別の場所に台座が設置されていて訓練生は森の中でバラバラに転移される可能性も考えたが、どうやら試験は最初は同じ場所から開始されるらしい。


レイトがいると知ってダインは慌てて台座を下りて彼の元に駆けつけると、倒れているゴブリンに気付いて驚く。ダインは慌ててを行う。



「うわっ!?ゴ、ゴブリンがいるぞ!!」

「大丈夫だよ。もう倒したから」

「な、なんだ……僕のの出番だと思ったのに」



既にゴブリンが動けないと知ってダインは安堵すると、倒れているゴブリンの元に近づく。そんな彼の行動にレイトは慌てて止めようとした。



「ちょっと待って!!そいつまだ生きてるから油断しない方が……」

「大丈夫だって、もう動けないだろ……うわっ!?」

「ギギィッ!!」



のこのこと近づいてきたダインにゴブリンは目を見開き、彼が魔除け石の効果範囲の外に出てしまったせいで躊躇なく襲い掛かる。ダインはとっさに魔法を使おうとしたが、彼の魔法は自分のに手を押し当てないと発動できず、飛び掛かってきたゴブリンに押し倒されてしまう。



「ぎゃああっ!?た、助けてぇっ!?」

「このっ、ダインから離れろっ!!」

「ギギィイッ!!」



ダインを押し倒したゴブリンをレイトは後ろから羽交い絞めするが、腐っても魔物であるゴブリンは見た目によらず凄まじい力を誇り、レイトの拘束を抜けて逃げ出す。



「ギギィッ!!」

「うわっ!?」

「こ、この野郎……逃がすかっ!!」



逃げ出したゴブリンを見てダインは自分の影に手を押し当てると、彼の影が「蛇」のように変形しながら地面を伝ってゴブリンの足元に迫る。



「シャドウスネーク!!」

「ギィアッ!?」

「おおっ!!」



ダインの影魔法は文字通りに影を実体化させる魔法であり、ダインは自分の影を蛇のように変化させてゴブリンの足に巻き付かせる。ゴブリンは必死に引きはがそうとするが、影で作り出された蛇は力では引きはがすことはできず、徐々に本体の元に引き寄せられていく。



「さっきはよくもやってくれたな!!止めを刺してやる……レイトが!!」

「俺がっ!?」

「だ、だってお前が倒し損ねたゴブリンだろ!!自分で始末しろよ!!」

「仕方ないな……大人しくしろよ」

「ギィイイッ!?」



ゴブリンは地面に爪を突き立てて抵抗するが、影魔法はどんなに怪力を誇る生物だろうと引きはがす事はできず、レイトは止めを刺すために腰に差していた短剣を抜く。こちらの短剣は武器としてではなく、魔物の素材の調達のために用意した代物である。


地面に這いつくばるゴブリンに対してレイトは歩み寄ると、暴れられないように背中に乗り込んで頭を掴み、首元を切り裂いた。魔物の血液は普通の動物よりも赤黒く、地面に大量の血が飛び散る。



「アガァッ……!?」

「……謝りはしないぞ。お前が仕掛けたんだからな」



最初にゴブリンがレイトを狙ってこなければこんな事態には陥らず、魔物を始末するときは決して一切の同情してはならない。可哀そうだからと言って命を奪うのに躊躇するような人間では冒険者には向いておらず、ゴブリンを始末すると次は素材の調達を行う。




「ダイン、こいつの素材はどうする?」

「僕はいいよ。捕まえただけだし、お前に譲るよ」

「そんなこといって血で汚れたくないだけじゃないの?」

「う、うるさいな!!見張っててやるからさっさと終わらせろよ!!」



レイトはゴブリンの死骸を地面に横たわらせると、討伐の証としてゴブリンの片耳を短剣で切り裂く。魔物を倒した際は討伐の証として死骸の一部を持ち帰らねばならず、魔物の素材を手に入れた以上はレイトは合格条件を満たした。



「終わったよ。それにしても魔物に待ち伏せされるなんて初っ端から運がなかったな」

「この魔除け石、本当に機能してるのか?」

「大分古い奴だから効果も薄まってるかもしれないね」



本来であれば魔除け石の存在する場所には魔物は近づけないのだが、長い年月放置されていたせいか魔除け石の効果が弱まっており、女神像に埋め込まれている魔石も色合いが薄くなっていた。魔石は蓄積されている魔力が失われると透明となり、強い衝撃を受けるだけで簡単に壊れてしまう。


魔除け石がある場所だからといって安全地帯とは限らず、魔除けの範囲外から攻撃を受ける可能性は十分にあった。もしも女神像が壊されていたら安全は保障されず、レイトは今回の一件は良い経験を得たと考える。



(さてと、そろそろ他の奴等が来る頃だと思うけど……)



ダインと話し込んでいる間にも台座が光り輝き、他の訓練生が現れた。レイト達のように見知らぬ森の中に転移した事に驚くが、今は他人の心配をしている暇はない。



「ダイン、急いでここから離れよう」

「え?他の奴らを待たなくていいのか?」

「俺たちがここに残っていると面倒な事になるよ。俺たちの魔法を当てにして一緒に行動しようとする奴らが現れるかもしれない」

「そ、そうだな……」



三人目の訓練生に話しかけられる前にレイトとダインは足早に立ち去り、他の訓練生に絡まれる前に離れる。今回の試験は訓練生同士の協力は認められているが、だからといって全員仲良く行動を共にするのは危険が大きい。


レイトが危惧したのは魔法使いである自分たちの能力を利用する輩が現れる事であり、実際に試験前に協力を申し出る訓練生も多かった。ダインも同じように協力を申し込まれたが断っており、他人の面倒を見る余裕などない。



「お、おい!!お前等何処に行くんだよ!?」

「やべっ!?気付かれたぞ!!」

「関係ない!!早く行こう!!」



後から転移してきた訓練生が離れていくレイト達に気付いて声をかけるが、それを無視して二人は森の中を突き進む――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る