第5話 試験開始

「ちょ、ちょっと待ってください!!それって夕方になるまでは戻れないという事ですか!?」

「そういう事だ。今更怖気づいたのか?」

「ま、待ってください!!もしも森の中で迷って夕方を迎えても戻れなかったらどうなるんですか!?」

「その時は捜索隊が派遣されるだろう。尤も魔物の大半は夜行性だ。夕方までに戻れなければほぼ確実に殺されているだろうがな」

「そんな無責任な!!」

「何が無責任だ!!お前達はこれまで何を習ってきた!!甘ったれた言葉を抜かすな!!」

「「「ひいっ!?」」」



今回の試験は命を落とす危険性があると知った訓練生は怖気づくが、そんな彼等に教官は一括した。冒険者となれば何時何処で命を落とすか分からず、魔物相手に臆するような人間が冒険者などになれるはずがない。



「今まで辛く厳しい訓練を乗り越えてきたのは何のためだ!?本物の冒険者になるためだろう!!この試験を突破すればお前達はもう訓練生ではない!!立派な冒険者になれるんだぞ!!」

「そ、そうだ!!」

「あんなに頑張ってきたんだ!!絶対に合格してやる!!」

「やってやるぞ!!」



教官の言葉に勇気を奮い立たせた訓練生達は台座に集まるが、台座の大きさから一人ずつしか乗れなかった。



「試験の時刻を迎えた。乗る順番は筆記試験の成績順だ!!但し、今回は満点が二名いる」

「という事は……」

「勿論、僕とレイトだな」



ダインの予想通り、今回の筆記試験の満点を取れたのはレイトとダインであり、二人が前に出ると教官はくじ引きを差し出す。



「お前達は同点だからくじ引きで決めてもらう。当たりを引いた方が先か後かを選ばせやる」

「え?当たった奴が一番じゃないんですか?」

「この試験は必ずしも先に入った人間が有利とは限らんからな」

「な、なんだそれ?」



教官の言葉にレイト達は不思議に思うが、とりあえずはくじを引くことにした。結果はダインが当たりでレイトは外れだった。



「よし、僕が当たったぞ!!」

「くっそぉっ、こういう時の運はいいよね」

「ならば先に入るか後に入るか選べ」

「えっと……もうちょっと心の準備が必要だから、僕は後でいいよ」

「なんじゃそりゃっ!!」



結局は自分が一番に入る事になったレイトは台座の前に移動すると、魔法陣の上に乗り込んだ。人が乗った瞬間に魔法陣が光り輝き、台座に埋め込まれている魔石も同時に輝き始めた。



「転移魔法陣の発動まで三十秒は魔法陣の上に立ち続けろ。途中で降りた場合は最初からになるから気を付けるんだぞ」

「三十秒……それだけ時間が掛かるとなると魔物に追い詰められた状態だと転移できないですよね」

「案ずるな。台座は魔物に破壊されないように転移先にはが設置されている。転移した瞬間に魔物に襲われる事はないはずだ」



教官の言葉を聞いてレイトは安心し、仮に台座を破壊するような魔物が現れたら機関方法を失うかと思われたが、その点は対策済みらしい。


話し込んでいる間に三十秒が経過したのか、魔法陣の輝きが強まってレイトの身体が光の奔流に飲み込まれる。他の人間の視界にはレイトの身体が「流れ星」の如く空に飛んだように見えた――






――視界を覆う光が消えた途端、レイトは自分が森の中にいる事に気が付く。彼の足元には転移魔法陣が刻まれた台座が存在したが、先ほどまで乗っていたのと比べて随分と薄汚れており、こちらには魔石がはめ込まれていなかった。



「ここが……試験の場か?」



転移魔法陣によって無事に転移したと確信したレイトは周囲を振り返り、教官の言う通りに森の中に転移したようだが、普通の森とは違う異様な雰囲気を感じ取る。



(魔物の住処に入り込んだんだ。油断するなよ)



自分自身に言い聞かせながらレイトは台座から下りると、魔法陣の輝きが消えてしまった。ここで待っていれば次はダインが転移されるはずであり、この際に一緒に行動するのはどうかと考えた。


試験の内容はあくまでも魔物の素材を持ち帰るのが合格条件であり、他の訓練生と協力してはならないという規則はない。ダインとレイトは同じ魔法使いであり、共に気心の知れた仲なので上手く戦える気がした。



(これがか。うちの村にあったのより大きいな)



台座の傍には女神の形を模した石造が置かれており、額の部分に白色の水晶玉が埋め込まれていた。この魔除け石は地域によっては「魔除けの石像」とも呼ばれ、こちらの石像が設置された場所には魔物は滅多に寄り付かない。


石像にはめ込まれた魔石は魔物だけが苦手とする魔力の波動を放ち、この波動を受けた魔物は激しい嫌悪感に襲われて近づく事もできない。小さな村では魔除け石がなければ魔物に襲われてしまうため、人々を魔物から守護する守り神として崇められている。



(この魔除け石も大分汚れてるな。ずっと放置されてるんだろうな……どうか合格できますように)



魔除け石の女神像にレイトは祈りを捧げると、後方の台座が輝き始めた。どうやら転移魔法陣が起動したようであり、もう間もなくダインが転移してくると思われた。



(そうだ、この後ろに隠れてダインを驚かそうかな?)



女神像の裏側にレイトは回り込み、転移してきたダインを驚かせようとした時、足元に生えていたコケを踏んで体勢が崩れる。



「うわっ!?」



足を踏み外したせいでレイトは転んでしまい、我ながら情けないと思って立ち上がろうとした時、頭上を何かが通り過ぎる。そしてレイトの傍に設置されていた女神像に石が当たった。



「な、なんだ!?」

「ギギィッ!!」



もしも転んでいなければレイトの頭に石が直撃していたのは間違いなく、驚いた彼は石が放たれた方向に視線を向けると、そこには一メートル程度の身長と全身が緑色の皮膚で覆われた人型の化け物が立っていた。


化物の正体は「ゴブリン」であることをレイトは見抜き、教科書の記されていた絵よりも恐ろし気な風貌の化物に愕然とした。ゴブリンを見るの初めてではなく、訓練の過程で戦ったこともある。だが、レイトが戦わされたゴブリンは人間の手で飼育された存在であり、野生のゴブリンとは外見も雰囲気も大きく異なる。



(ち、違う!!こいつ、俺が戦ってきたゴブリンとは別物だ!?)



レイトが相手にしてきたゴブリンは臆病で力も弱く、戦闘の際も逃げるばかりで自ら襲ってくる事はなかった。だが、こちらのゴブリンはレイトを狙いに定めており、魔除けの石の効果を受け付けない距離から「投石」を仕掛けてきた。



(もしも足を滑らせなかったら今頃俺は……)



偶然にもレイトは転んだお陰で石は当たらずに済んだが、仮に当たっていたら最悪の場合は死んでいたかもしれない。危うく自分が死にかけた事にレイトは鳥肌が立ち、身体が震えた。



(こ、怖い!!ゴブリンがこんなに怖いなんて……)



ゴブリンは魔物の中では力が弱く、決して強い魔物ではない。しかし、本気の殺意を滲ませながら襲い掛かってきたゴブリンにレイトは恐怖心を抱く。そんなレイトを見てゴブリンは続けて石を投げ放つ。



「ギギィッ!!」

「うわっ!?」



ゴブリンは植物の蔓を利用して石を振り回し、十分に加速するとレイトに目掛けて放つ。それに対してレイトは飛びのくと、再び魔除け石に石が当たり、石像に罅が入った。このままでは魔除け石が壊れてしまい、そうなると魔除けの効果が失われて魔物が近づいてくる。


自分だけならともかく、これから転移してくる他の訓練生が危険に晒されるかもしれず、レイトは勇気を振り絞ってゴブリンと向かい合う。彼は右手に意識を集中させると、魔法学園の在学中に習得した魔法を繰り出す準備を行う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る