第3話 リーナの頼み
午後の授業を終えると夕食まで自由時間となり、生徒たちは各々自由に過ごす。レイトはいつもならばダインと共に過ごすのだが、今日に限ってリーナから呼び出された。
「ねえ、君がレイト君だよね?良かったら僕に勉強を教えてくれない?」
「えっ?お、俺が?」
授業を終えてダインと共に教室から出ようとしたレイトはリーナに声をかけられて驚き、彼女から話しかけられたのは初めてだった。普段は接点のない相手から急に勉強を教えてほしいと言われて戸惑うが、彼女の話を聞いて納得した。
「教官に聞いたんだけど、レイト君が一番頭がいいんでしょ?」
「まあ、この間のテストは一位だったけど……」
「くそっ……僕と一点違いの癖に」
先日に行われた筆記試験でレイトは一位、ダインは二位であり、知識面に関してはレイトは他の生徒よりも優れているのは間違いない。その話を聞いてリーナは自分に勉強を教えてほしい事を伝えた。
「僕は身体を動かすのは得意なんだけど、どうにも頭を使うのは苦手でさ。でも、一人前の冒険者を目指すならちゃんと勉強しないと駄目だと教官に言われたから、レイト君さえよかったら勉強を教えてくれない?」
「それは別にいいけど、俺なんかより先生に直接教えてもらった方がいいんじゃない?」
「そ、そんなの無理だよ!!先生と二人切りで勉強なんて考えるだけで頭が痛くなっちゃう!!」
「まあ、気持ちはわかるけど……」
教官を相手に勉強を付きっ切りで押してもらうよりも、同じ生徒のレイトの方が緊張せずに勉強ができると思って頼んできたらしい。事情を知ったレイトは考え込み、正直に言えば他人に勉強を教える暇があれば魔法の練習をしておきたいのだが、相手がリーナとなると借りを作るのも悪くないのではないかと考える。
(この子に借りを作っておけば将来困ったときに力を貸してくれそうだな)
リーナは「英雄の卵」と称されるほどに教官からの期待も大きく、彼女が一流の冒険者に成り上がるためには唯一の弱点の勉強を克服しなければならない。その弱点の克服に力を貸せばリーナに恩を売ることができると考えたレイトはダインに相談した。
「ダインも一緒に教えない?俺と成績殆ど変わらないんだからさ」
「ええっ!?嫌だよ面倒くさい!!僕は先に行ってるからな!!」
「あ、ちょっと……本当に行っちゃったよ」
「ねえねえ、レイト君。早速教えてほしいことがあるんだけど!!」
ダインも誘ってみたが彼は自分の魔法の練習のために教室を抜け出し、仕方ないのでレイトはリーナと二人切りで教室に残って勉強を教えることにした。
「何から知りたいの?」
「えっと、とりあえずはゴブリンの性別の見分け方を教えてほしいな。教科書には体色で雄雌が分かると書かれてるんだけど、ちょっと分かりにくくて……」
「なるほど」
ゴブリンは魔物の中でも生命力が高く、山岳地帯に生息する魔物である。性別の見分け方は体色が濃い方が雄で薄い方が雌と教科書には記されているが、レイトはもっと分かりやすい見分け方を知っていた。
「ゴブリンの性別を見分けるとしたら体色よりも耳で判断した方がいいよ」
「耳?」
「正確に言えば耳の形だよ。雄は尖がっているけど、雌の方が先端部分が丸いんだよ」
「へえ~よく知ってるね」
「これは教官の受け売り、教科書に書いてない事も結構教えてくれるんだよ」
教科書を暗記するだけでは筆記試験では満点は取れず、授業中に教官が魔物の詳しい生態を説明する。だから授業中に寝ているリーナはゴブリンの性別を見分ける方法を知らず、真面目に授業を受けていたレイトだからこそ知りえた。
レイトは授業中に教官が教えてくれた教科書には記されていない魔物の特徴は全てノートに書き記しており、それらを分かりやすく教えてリーナの手助けを行う。
「え~!?ゴブリンの雌は一年で百匹も産むの!?」
「そうだよ。だからゴブリンの駆逐を行う時は真っ先に雌を仕留めないといけない。一匹でも逃したら大変なことになるからね」
「あれ?でも雌だけが逃げ延びても子供は産めないよね?」
「いや、魔物の殆どは単為生殖ができるんだよ。雄が居た方が早く産めるらしいけどね」
「た、たんいせいしょく?」
「……そこから?」
リーナに勉強を教えるのはレイトの想像以上に大変だったが、他の人間に知識を与える事自体は楽しくて悪くはなかった。むしろリーナに授業で習ったことを教えなおす事で勉強の予習となり、レイト自身も今まで忘れていた内容を思い出すことができた――
――それから一か月後、月に一度行われる筆記試験にてレイトはいつも通りに一位を取り、二位のダインとは大差がついた。今回の試験は今まで一番難しかったが、毎日のようにリーナの勉強をみていたお陰でレイトだけが満点を取れた。
「今回は俺の完勝だね」
「く、くっそぉっ……まさか最初に習った範囲の問題が出るなんて!!」
ダインはまたもやレイトに出し抜かれた事を悔しがり、彼も二位という優秀な成績だったが、一番の驚きは三位がリーナである事だった。
「やった!!三位だぁっ!!」
「う、嘘だろ!?僕と殆ど変わらない点数じゃないか!!」
「まさか最下位から三位に上がるなんて……不正を疑われないといいけど」
リーナは前回の試験では一番下だったが、毎日の勉強のお陰で三位にまで上昇した。点数に関してはダインとほぼ変わらず、先月まで余裕だったダインは焦り始める。
「お、お前らどんな勉強したんだよ!!僕にも教えろよ!!」
「いや、ダインが一緒に勉強するの断ったんでしょ?それに最近はリーナも真面目に授業を受けるようになったから勉強はしてないよ」
「うん、前より勉強が少し楽しくなったからもう大丈夫だよ」
「畜生っ!!今度は負けないからな!?」
ダインは真面目に勉強しているが考え込む癖があり、ひっかけ問題などを苦手としていた。だから知識に関してはレイトと引けを取らないが、試験などで苦手な問題が出ると躓いてしまう。
「次の試験こそ負けないからな!!」
「うん、僕も負けないよ!!」
「いや……お前に試験の必要はない」
「教官!?」
三人の元に教官が訪れると、彼はリーナにペンダントを渡す。それを見たレイトとダインは驚き、リーナは不思議そうにペンダントを受け取った。
「あの、このペンダントは?」
「それは訓練生の卒業の証だ。リーナ、お前が我が校で教えることは何もない。今日で卒業だ!!」
「ええええっ!?」
「リーナが卒業!?」
「ど、どういう事だよ!?まだ二か月はあるだろ!?」
通常であれば訓練生は半年間の訓練を受ける必要があるが、教官によればリーナは特別待遇で卒業を言い渡す。
「リーナ、お前の身体能力は一流の冒険者にも匹敵する。今まで卒業できなかったのは知識に関してだけは他の生徒よりも大きく劣っていたからに過ぎん。しかし、今回の試験で勉学に関しても改善が見られたと判断し、お前の卒業を認める」
「そ、そんな!?でも僕はまだ……」
「正直に言ってお前のような逸材をいつまでも訓練校に置いておくわけにはいかんのだ。既にいくつかの冒険者ギルドがお前の噂を聞きつけて勧誘の手紙も届いている。明日にでも卒業試験を受けてもらうぞ」
「じゃあ、皆と一緒に居られるのは今日が最後なんですか!?」
「今日というよりも今すぐに出て行ってもらう事になるだろう。急ですまないが、俺も上から急かされていてな……荷物をまとめたら声をかけてくれ」
「そ、そんな……」
リーナはレイトに振り返り、不安げな表情を浮かべた。急に卒業を言い渡されて戸惑う気持ちは分かるが、レイトは友達として彼女の背中を押す。
「俺たちに変な気を使わなくていいよ。一足先に冒険者になっちゃいなよ」
「でも、僕が勉強を頑張れるようになったのはレイト君のお陰なのに……」
「そう言ってくれるのは有難いけど、俺はもうちょっと頑張るよ。あと二か月も経ったら試験も受けられるし、その時はダインと一緒に合格してみせるよ」
「ふんっ!!僕としては追い上げてくる奴がいなくてせいせいするけどな!!」
「ダイン、こういう時は素直に応援しなよ」
「……はあっ、頑張れよ」
レイトに諭されてダインは渋々と応援の言葉をかけると、リーナは涙ぐみながらレイトと握手を行う。
「勉強教えてくれてありがとう!!僕、頑張るからね!!」
「俺たちもすぐに追いつくよ。なあ、ダイン?」
「そんな事を言って、もしも試験に落ちたらどうするんだよ……まあ、僕は絶対に受かるけどな」
「分かった。二人とも待ってるからね……あ、それと今度会う時は呼び捨てでいいかな?」
「いいよ。俺もリーナと呼ぶからね」
「ぼ、僕もいいのか?」
「勿論だよ!!」
三人は最後に手を合わせると、立派な冒険者になる事を誓い合う。こうしてリーナは訓練校から立ち去り、この二か月後にレイト達も試験を受ける事になる――
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