第2話 冒険者の訓練学校
――魔法学園を退学しててから三か月後、レイトは冒険者になるための訓練を受けていた。未成年者が冒険者になる場合は半年ほど訓練を受けなければならず、厳しい鍛錬を課せられていた。
「さっさと走れ!!周回遅れは飯抜きだぞ!!」
「はあっ、はあっ……」
「も、もう無理……」
「こんなの持って走れるわけねえよ……」
夜明けを迎えると訓練生は叩き起こされ、街を取り囲む城壁を走りまわされる。最初の一か月は走るだけで良いが、二か月目には背中には重い砂袋を抱えるようになり、三か月目には城壁を二周走らされ、しかも周回遅れの生徒はさらに一周追加されてしまう。
魔法を使えるレイトであっても特別扱いはされず、他の生徒と共に走らされる。最初の頃はあまりのきつさに心が折れそうになったが、魔術師にもなれず冒険者にもなれずに家族の元へ戻る事はできず、意地でも魔術師になるために訓練をやり遂げる。
「ぜえっ、ぜえっ……ま、まだまだ!!」
「はっ、はっ……お前、中々根性あるな」
走っている最中、隣から声をかけられたレイトは顔を向けると、自分と同じく黒髪黒目の少年が走っていた。この少年の名前は「ダイン」であり、レイトと似たような境遇の少年だった。
ダインはレイトと同い年の十五歳の少年であり、彼も魔法使いだった。レイトと異なるのはダインは魔法使いの家系の生まれであり、彼の父親も兄も弟も優秀な魔法使いらしい。だが、ダインは他の家族と違って魔法の才能が乏しく、自分よりも年下の弟との試合で敗れた際に家から勘当されたらしい。
「……ダインは家から連絡とかはないの?」
「ふんっ、そんなもんあるわけないだろ!!お前の方はどうなんだよ?」
「一応は手紙を出したけど、返事もくれないよ」
魔法学園を退学になった後にレイトは家族に手紙を送った後、家に戻るように返事が来た。しかし、レイトはそれを拒否して冒険者になるために養成施設に入ることを伝えると、家族からの連絡は途絶えた。
未成年者が冒険者になるためには家族の了承も必要のため、レイトが訓練を受けられているという事は両親も納得したと思ったが、手紙を出しても返事はない。勝手に冒険者を志した息子の事を怒っているらしい。。
(父さんも母さんも怒ってるだろうな……一人前の冒険者になるまで許してくれないかもしれないな)
魔術師になるために両親の反対を押し切ってレイトは魔法学園に入学したが、事件を起こして退学になってしまった事に罪悪感を抱いていた。
「お前はまだいいよ。僕のくそ親父と違って、まだ見放されてはないんだろ?」
「ダインだって話し合えば分かるんじゃないの?」
「ふんっ!!誰があんな奴と話し合うか!!」
ダインはレイトとは異なり、彼の父親の伝手で冒険者養成施設に送り込まれた。父親と別れ際に二度と顔を見せるなと言われたらしく、彼も二度と父親と会うつもりはなかった。家族の元に戻れないという点は二人とも共通しており、そのために他の生徒よりも仲良くなれた。
「そこの二人!!話す余裕があるならしっかりと走れ!!」
「す、すいません!!」
「くそっ、地獄耳め……」
「聞こえてるぞ!!もう一周走りたいのか!?」
「ひいいっ!?か、勘弁してくれ!!」
生意気な口を叩いたダインに教官が追いかけまわし、何故かレイトも一緒に走りまわされた――
――朝の走り込みを終えた後、朝食をとってから次の訓練に取り掛かる。今度は体力ではなく筋肉を磨くための肉体鍛錬であり、腕立て伏せや腹筋などの基礎的な鍛錬は当然として、城壁の上から縄を下して壁をよじ登る訓練も行う。
「さっさと登れ!!登り切れば休憩を認めてやる!!」
「はあっ、はあっ……ダイン、大丈夫か?」
「は、話しかけるなよ……気が抜けるだろ」
縄をよじ登りながらレイトは後ろに続くダインに声をかけると、彼は喋るのも精いっぱいの様子だった。レイトも他の人間を気遣う余裕もなく、少しでも気を抜けば地上まで落ちてしまいそうだった。
(朝にあんなに走った後、こんなの登り切れる奴いるわけ……あるか)
レイトは隣の縄に視線を向けると、そこには一人の少女が重力を無視してまるで壁を歩くようにすいすいと上る光景が見えた。
「よ~し、一番乗り~!!」
「「…………」」
誰よりも早くに城壁をよじ登ったのは青色の髪の毛の少女であり、彼女は他の訓練生と違って背中に大きな砂袋を抱えていた。今回の訓練では砂袋を抱える必要はないのだが、他の訓練生と比べて規格外の体力と身体能力を誇る彼女はどんな訓練を受けるときも砂袋を抱えるようになった。
「あの砂袋、僕達が朝で抱えてるのより大きいよな……」
「……なんか男として自信失くすよね」
「そこ!!喋ってないでさっさと登れ!!他の奴等もリーナを見習わんか!!」
青髪の少女の名前は「リーナ」彼女はレイトたちが通う訓練校の生徒の中でも群を抜いており、歴代の卒業生の中でも彼女に匹敵する体力と身体能力の持ち主はいないと言われている。
リーナはどんな訓練でも一位の成績を誇り、朝の走り込みの訓練に関しても彼女が速すぎるせいで他の訓練生が必ず周回遅れになってしまうため、彼女だけ時間を遅らせて走らされている。その他の訓練に関しても他の生徒と差が付き過ぎないように錘を装着させたり、鍛錬の量を増やされているが、それでも他の訓練生は誰も彼女には勝てない。
「知ってるか?教官たちの間であいつは「英雄の卵」と呼ばれてるらしいぞ」
「英雄の卵か……あんな天才ならさっさと訓練を終わらせて冒険者にさせればいいのに」
「確かに身体能力は凄いけど、午後の授業があれだからな」
「……なるほど」
ダインの言葉にレイトは納得し、筋力鍛錬の次に行われる授業の内容を知って納得した――
――午前中の訓練を終えると、昼食を挟んでから午後の授業に入る。肉体鍛錬の訓練は午前中で終わり、午後からは冒険者の教養を身に着けるために知識を身に着ける授業を行う。
「ゴブリンは魔物の中では力は弱いと思われがちだが、その代わりに知能は高い。人間のように武器や防具を制作するだけではなく、時には人間の道具を奪って使いこなす厄介な生き物だ。単独で行動することは滅多になく、集団での行動を基本として……おい、リーナ!!寝るんじゃない!!」
「ふあっ!?す、すいません!!」
「……な?あれじゃ卒業させられないだろ」
「確かに……」
体力を基軸とした訓練ではリーナは負けなしだが、頭脳を使う授業に関しては他の生徒に大きな後れを取っていた。彼女は授業中の間は眠りこける事が多く、試験の成績も下から数える方が早い。
世間一般では冒険者は魔物退治の専門家と認識されており、実際に冒険者の仕事の大半は魔物退治であるため、いくら恵まれた身体能力を持っていたとしても、魔物と戦う際に役立つ知識はしっかりと身につけねばならない。
「リーナ!!ゴブリンの弱点はどこだ!?」
「え?えっと……心臓だと思います!!」
「阿保かお前は!!心臓が弱点じゃない生物の方が少ないだろう!!レイト、お前は分かるか!?」
「あ、はい。ゴブリンは人型の魔物なので急所は人間と同じです」
「へえ~そうなんだ。全然知らなかった」
「……昨日の授業で教えたはずだがな」
レイトの話を聞いてリーナは感心した表情を浮かべるが、教官は頬を引きつらせながら答える。相手が肉体鍛錬で優秀な成績を残したリーナでなければ罰則を与えていただろう。
(この子、本当に大丈夫かな……まあ、卒業試験は実技が六割だからな)
訓練生は入学から半年後に試験を受け、合格すれば冒険者と認められる。不合格の場合でも一か月の延長訓練のあとに再試験を受けられるが、それでも落ちた場合は訓練生の資格を失う。だからレイトは何としても試験に受からなければならなかった。
(試験の時は魔法も使える。実技試験はそれで何とかなると思うけど、問題は筆記試験と体力試験だな)
卒業試験の内容は「筆記」「体力」「実技」の三つに分かれており、前者の二つが駄目でも最後の実技で満点を取れば合格は認められる。だからリーナの合格はほぼ確定していた。
(こいつみたいな奴がきっと将来凄い冒険者として語り継がれるんだろうな……)
いくら体を鍛えようとレイトはリーナに追いつく自分の姿が想像できず、天才という言葉がこれほど似あう人物はいないと思った。
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