第6話 想起
月が空の頂点に差し掛かった頃、私たちは草原を越えた先、王都の周りを囲うように生い茂る木立の中を進んでいます。草をはいで慣らされた街道とは言え、月明りを遮る木の葉不気味なもので。私は相変わらず動かないルダンの手をつなぎつつ、私は右手に、ルダンは左手に松明を握って、着実なペースで歩き続けています。
「足、痛くないか」
「大丈夫です」
我ながら不愛想なことだと思います。しかしながら、私にも羞恥心というものはあります。好き勝手に泣きじゃくって、嘆く様を見られた相手に、自分から話しかける気にはなれません。ましてや、そのことを察して気前よく話しかけられてしまっては、身に迫る危険に気づくことができないかもしれません。
「まあ、そんな顔するな。この辺りの森は安全だ」
「……そうなんですか」
「ああ、仮にも王都を守る森だからな」
そういえば、と思い当たります。誰からだったか忘れましたが、私が初めて王都を訪れた時、馬車の向かいの席から発された、ちょっとしたおとぎ話の中で、その言い回しを聞いたような気がします。
「たしかこの森があったから、私たちの国は、王国になれたんですよね」
「おう、ちゃんと覚えてたか」
「……どういうことですか」
「ほら昔話してやっただろ、王都を守る森の精霊の話」
「え?」
言われて思い出します。たしか、向かいの席に座っていたのは、私と同じぐらい背丈の、男の子でした。顔はハッキリ見ていませんでしたが、確かその子は知り合いで、ちょうど年齢も同じぐらいだったような気がします。
「お前が髪色のことと、父親いじりのことで拗ねて、母親にべったりになる前の話だ。妙に不安そうな顔してたから、俺が即興で作り話をしてやった」
「……は?」
思わず歩を止めて、ルダンの方を向いてしまいます。作り話? 言われてみれば、あれ以来同じような話を街で聞いたことはなかったような気がします。記憶がかすかだったのは、その影響もあるのでしょうか。もちろん、彼の話を信じるならではありますが。
「随分、趣味の悪いことをしますね」
「そんな言い方ないだろ。まあもちろん、俺の自己満足には変わりないけど」
……確かに、私は少々彼を突き放しすぎなのかもしれません。仮にも、事情を知っている唯一の知り合いなのですから、もう少しこちらから歩み寄るべきでしょうか。
「ねえ、ルダン」
「なんだ、敬語はいいのか?」
もう、それはいいのです。相手が普通の口調なのに、わざわざあれこれ理由を並べて、貫き通すほどのこだわりではないので、私は無言で頷いて、次の言葉を紡ぎます。
「……子供の頃の私って、どんな感じだったの」
ルダンが目を見開いたのが分かりました。まあ変な質問ですからね。別に私は記憶喪失でもなんでもないですし、覚えていることもありますが、ただ一つだけ。
「閉じこもるより前のこと、よく覚えてない。きっと、まとめて全部に蓋をして、友達とか、私に仲良くしてくれた人とか、そういう人達にさえ、目を向けないようにしてたからかな」
「というと、六歳くらいからか?」
「……うん」
六歳。そうでしたね。私が町の人々から浮き始めたのは、ちょうどそれくらいの時でした。ちょうどさっきルダンが口にしたような、両親に関すること。我慢ならなくなったのが、そのくらいの時でした。
「ルダンは、知ってるんでしょ?」
「まあ、ずっと見てきたからな」
「……そんな、家族みたいなこと言わないで」
お母さんのことを思い出して、苦しくなってしまうから。お父さんのこと思い出して、惨めになってしまうから。私に兄弟姉妹がいないことを思い出して、悲しくなってしまうから。そんな言葉は、聞きたくないです。
「……家族のつもりだ」
「え?」
「お前のことは……妹みたいに思ってる」
「……そう」
あなたはそんな風に思ってくれていたんですね、道理で、何度突き放しても、話しかけてきてくれたわけです。どうりで口うるさい人みたいに、心配してくれていたわけです。
「王都までは、まだもう少しあるからさ」
そういうと、ルダンは少し立ち止まり。私の方を向きます。
「俺が、全部思い出させてやるよ。なんて、言い方したら嫌か?」
きりりとした顔、少しキザな言い回し。
「ふっ……ちょっと気持ち悪いね」
「な!?」
私が誘導したようなものですが、彼にそういうのは似合いません。
「どうせなら、楽しく話して」
「……ああ。わかった」
木立に挟まれた街道の上、月灯りの冷たさを跳ね除けるように温かい、松明の炎を頼りに。談笑という言葉がふさわしい、少し緊張感のないやり取りをしながら、私たちは進み続けます。
今だけは時間を忘れて、悲しいことも、怖いことも忘れて。やがて見覚えのある岩山が、見上げられるようになるまで、私たちは話し続けることにしました。
その手をつないで。
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