第1話「追放」

「今日中にヴィスカに行くのは無理か」


ジェドリック家を出て暫く、太陽が夕日に差し掛かったのを見て俺は自分の予定が狂ったことを自覚する。


「はあ、今日の宿を探さなきゃ」


追放時に渡された資金はそれなりだったが、ここから他国に向かうとなれば当然費用もそれなりだ。

当然、出来る事なら宿代も節約したい。

なので予定ではサッとギルド登録をして一先ず次の街、ヴィスカに行くつもりだったのだが……ギルドに登録するのも服を買うのも予想以上に手間取った。

やはり追っ手を警戒しようとするとどうしてもワンテンポ遅れる。



だが、これは決して疎かにしては行けない。



自分が貴族だったからこそ、貴族の恐ろしさって物が良く分かるのだ。

今優先すべき事、それは速やかに隣国ノストに行く事。

ではなく速やかに痕跡を消す事だ。

というか、ノストに行くと宣言した以上、向かう先は逆方向のフロスバルドだ。

馬鹿正直に移動して後で権力争いに巻き込まれたら笑えない。


貴族として宣言した以上、何としてでも宣言は守らなきゃいけない。

しかし今は貴族じゃ無いので守らなくて良いよね、っていう訳。

なので最悪移動は遅くたっていい、兎に角慎重に慎重に行動するのだ。


まあ追放される事はわかっていたし、追放される時に備え変装セット(平民風の洋服一式・バック・靴等)を用意する、みたいな案も当初有りはしたのだが、どう考えてもかさばるし、「これらはジェドリック家の財産だ」とか言われる可能性もあり断念した。


「取り敢えず、予定通り服装は二回変えたし冒険者ギルドに登録もした。後は明日、昼前ぐらいの馬車に乗ろう。夜・朝は宿でご飯が食べるとして……その後はヴィスカについてから考えよう」


そんな独り言をつぶやきながら、ブラブラと宿屋を物色する。

一応この街は男爵とは言え貴族の屋敷が建てられた街、学園があった首都とは流石に比べられないが一応ここらで一番発展しているのはこの街だろう。


なので当然宿の選択肢も色々あるのだが……まず貴族御用達は論外、高いし今日一日やった偽造工作が意味をなさなくなる。

けど治安が悪すぎると成人したてのガキって事で身ぐるみ剥がされ良くて奴隷行き。

悪ければ殺される。


それに出来る事ならご飯が美味しい所が良いし、客がそれなりに入って余り目立たない所が良い。

まあそこら辺は大丈夫だろう、きっとご飯が美味しい所は人気に決まってる。

……要するに、


「ここだな」


選んだのは『オークの角亭』。

まず、宿屋としての規模が平均的な上外観が綺麗に舗装されている。

そして注目すべきは客層、ちょっと上等そうな装備を付けた冒険者たちが楽しそうに酒を飲みかわしながら騒いでいる。

つまり、彼らには余裕があるのだ。

今日冒険者ギルドで見た低ランク冒険者たちは皆何処かすり減った緊張感があった、しかし彼らにはそれが無い。それに料理が美味しいのか、客入りだって悪くない。


それに何より重要なのが、商人や街の住人なのか子供や俺ぐらいの年齢の人も利用している。これなら目立つ心配もない。

ていうか、御託はもういい。


腹が減った。


「姉ちゃん、一泊頼む」

これでも一応は貴族、こう平民の若者が妙に張り切って放ちそうな言葉を使うのには言い表せない気持ち悪さがあるが、まあしょうがない。

全ては、ジェドリック家から逃れる為に。


***


料理はそこそこ美味しかった。

『オークの角亭』、その名に恥じないオーク肉を活かした数々。

正直平民の食事が口に合うかどうか心配していたけど……これならまあやっていけそうだ。


……にしても、貴族何て面倒。ドロドロし過ぎてるし見栄とプライドの権化だし、とか色々思っていたが食事だけは良かったんだな。

嫌、それも当たり前か。

今日のご飯が銅貨五十枚、恐らく今まで食べてたご飯は銀貨三枚くらい?

学園の時は銀貨5枚とかだったろうし……うん、いつかご飯だけは貴族に戻してやる。


そんな将来の野望を抱きつつ、俺は指定された部屋の扉を開ける。

「……う、うん」


部屋の内装を見た瞬間、思わず足が固まる。

嫌、別に部屋が狭いとか、照明の魔道具が旧型とか、ちょっとホコリが溜まってそう、とかそういうのは全然良いのだ。


……嫌、ちょっと頑張って目を瞑ろう。


だが、ベッド。

お前はちょっと……。


「く、クリーン、クリーン、クリーン、クリーン」


取り敢えず、生活魔法をいくらか掛けてみる。

大丈夫、魔法とはつまり神ファイナが授けし奇跡の力。

つまり逆に言えば、生活魔法を掛け終わったこのベッドは神ファイナが認めし清潔な、清潔な……ベッド??? おかしい、本当に綺麗になってる?


嫌、清潔な筈!


「一応……クリーン」

そう最後に呟いた後、部屋を見る。

果てさて、ベッドを綺麗にした後この部屋を見ると……、


「クリーン、クリーン、クリーン、クリーン」


おかしい、自分は今日この部屋を銀貨一枚(食事なしだと+銅貨30枚)で買ったはず。

なのに何でこんな清掃係みたいな事を……。

―――――

――


結局、全部掃除した。


「よし、これで文句は無いな」

出来栄えは上々、きっと店主が『あれ、何かちょっとキレイ?』程度に抑える事に成功した。


嫌、ほんと危なかった。

つい生理的嫌悪感に任せてこの部屋を清掃しようとしたけど、そんな事した日には明日馬鹿みたいに目立つに決まってる。


嫌、ほんと危なかった。

あれだけ今日一日気を付けてたのにまさか最後の最後、個室と油断させてこんな罠がある何て……。


「にしても、やっぱり俺も『貴族』だったんだな」


掃除も終わり、ベッドの上。

天井を眺めながらボンヤリと呟く。

思い出すのは、今までの日々。

家族として認められず、常に誰かと比較され文句を言われた日常。

足の引っ張り合いに言いがかりに権力争い。

もし、対したスキルが手に入る事も無く、家を追放されたなら……


ひっそりと、何処かの村で静かに暮らそう。


そんな事を考えていた。

けど、今日だけで分かった。



自分もまた、『貴族』だったのだ。



ご飯がマズイ。

部屋が汚い。

手続きが遅い。

使用人が居ない。


全部が全部、不便でしょうがない。

もし自分が貴族だったら、貴族のままだったら、今頃ヴィスカに着いていたし、飯も宿も上等だったはずだ。

まあ、貴族のままなら行く必要も無いんだけどさ。

ハハ

―――――

―――


「……クソ」


腹が膨れ、一応の寝床、監視の無い個室。

せまっ苦しい静かな部屋に時折聞こえてくるのは冒険者の笑い声。

何が影響したかは分からない、でも次の瞬間には止められなかった。


考えないようにしていた思考、忘れようとしていた思考。

それが今、緊張のホツレとなってあふれ出る。


ああ嫌だ。

本当に嫌だ。

今になって実感がわいた。

そうだ、自分は今日追放されたのだ。

除名されたのだ。


今の自分は只のガリス。

家族も友達も居ない、伝も無く、碌なスキルも無い男。


「畜生」

訳も分からず呟いた言葉。


しかし、後悔するには遅かった。


その言葉が形となり、実態となり、実感となって全身を襲った。

――ゾク。

鳥肌が体中に沸き立つ。

「あ、あ、あ…、アァ」


怖い。

怖い、怖い、怖い。

自分はこの先どうすればいい、何もない状態でどう生きればいい。


ジェドリック家は、本当に自分を探さないか? 嫌、探さないはずだ。探すメリットが無い。

でも、絶対じゃない。

ふと気になってある日探して着たり……、嫌、やめろ。


大丈夫、俺は大丈夫なんだ。


その為に今日俺は散々妨害工作をしてきたじゃないか。

それにほら、俺は必死にプランだって考えた。

このプラン通りに行けばきっと無事に……。


「畜生」


思わず涙がこぼれた。

声は等に震えている。

認めたくはない、認めたくは無かった。


俺はあのマイロ兄さんより優秀で、学園でも結果を残していて、昔は頭も良いって褒められて、魔力だって……、でも、



どれだけ言葉を並べようが、胸の内を鎮める事は出来なかった。



せめて、せめて魔法属性に水があれば。

一生飼い殺しになるとしても有用なスキルがあれば。

そう恨まずにはいられない、呪わずにはいられない。


元貴族として見苦しい、そう思いはするものの渇望は止められない。

何で俺なんだ、俺じゃ無くたって良い筈だ。

マイロのクソ野郎だって、あの糞オヤジだって誰だってよかっただろ。

なんで俺が不幸にならなきゃいけない、何でおれがこんな不安を抱えなきゃいけない。


――畜生――


せめて、せめてせめてせめて、

自分の授かったスキルが『なんちゃって鍛冶師』なんてふざけた物じゃ無かったら。





その日、ガリスは日が落ち、月が昇ってきても寝られなかった。

ようやく眠りにつけたのは、後数刻もすれば朝日が昇る、そんな時間だったとか。

ガリスは気絶する様に昏々と、深い深い眠りについた。



―――――


読んでいただきありがとうございます、No宣伝、No実績にも関わらずまさかのブックマーク、応援共に二つほど頂きまして、大変感謝感激です。

一話はタイトルがイマイチだったのか12pv(多分その内一つは自分)しか集まらず、文字通り読んでいただきありがとうございます、って感じです。

その内タイトルが変わってたら察してください。

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