第8話 女子会 (番外編)
桜庭洋子の提案で青空法廷の反省会を兼ねた女子会が、『ホルモン屋金ちゃん』で行われて居た。
桜庭 「では、お疲れさんと、舞さんの早期回復を願って・・・乾杯!」
他一同 「かんぱ~い」
桜庭 「どんどん注文してね。私の奢(おご)りだからね」
他一同 「は~い、ご馳走になりま~す」
中央のコンロを囲んで、それぞれの箸が行き交って居る。
愛 「焼き役はそれくらいにして、恵子ちゃんも食べないと~」
恵子 「うちはここの店員みたいなもんやから、お客さんに奉仕しないとね」
桜庭 「いじらしいわね。金本君とも良い感じだし、いずれはホルモン屋金ち
ゃんの女将さんになるのかな?」
恵子 「そんな、あからさまに言わんでも・・・金ちゃん、お肉、ドンドン大盛り
で持って来て~」
桜庭 「大盛りって・・・まぁ、良いか」
それぞれのお腹が落ち着いて来たようである。
そろそろ、本音を交えた会話が始まりそうだ。
桜庭 「アツ美さん、元気が無いようだけど、疲れたのかな?」
アツ美 「色々と有りましたから~」
愛 「アツ美さん、ちょっといい?」
アツ美 「何かな」
愛 「私の父とは~」
アツ美 「えっ!今、ここで」
愛 「無理にとは言わないけど」
アツ美 「ここだけでの話ね。そろそろ、潮時かな~。この前も徹さんに、あら、ご
めん」
愛 「構いません。所謂、無礼講ってやつでしょ、桜庭さん」
桜庭 「まぁ、そうね」
アツ美 「ん~ん、なら、彼にね、捨て台詞を言って仕舞ったから」
愛 「何て言ったんですか?」
アツ美 「青空法廷の邪魔をしたら、私にも考えが有りますってね」
桜庭 「十代のあなたが、いい大人に向かって。結構、やるのね」
愛 「それで、父とは何処まで~」
アツ美 「もう、分っているでしょ。それなりの仕掛けはして居たのだから」
愛 「そっか。父の背広にベーカリーの匂いを染み込ませてのがそれでしょ」
アツ美 「そう云う事」
桜庭 「私からも、良いかな。しつこく成るけど」
アツ美 「無礼講なんでしょ。構いません」
恵子 「さっきから、『ぶれい』何とかて何ですか、愛お嬢さん?」
愛 「恵子ちゃんには使わなくても良い言葉」
恵子 「???」
桜庭 「思ってる事をずけずけ言っても良いって事」
恵子 「なるほど?」
桜庭 「やっぱり、思惑が有ってそうなったんでしょ」
アツ美 「その通りです。何もしないで居たら、店ごと家の中がぐちゃぐちゃに成り
そうだったんで」
桜庭 「宮たちが店に嫌がらせをしてたんだよね」
アツ美 「知ってたんだ」
桜庭 「今は微妙な立場だけど、元々は、徹さん側だったからね、私は」
愛 「思い出した、廃工場でのこと。危ないとこだったよね。あのチンピラ、や
けにしつこくアツ美さんを狙ってたっけ」
桜庭 「へぇ~、そんな事が有ったんだ。それで、大丈夫だったの?」
アツ美 「それが、笑えるんですよ。あの、宮って人」
桜庭 「宮がどうしたって?」
アツ美 「ビジネスを弁えろだって、言って、そのチンピラを捲し立てたの」
桜庭 「あの宮が」
アツ美 「そう云う桜庭さんは、宮と何か有ったんですか?」
桜庭 「私も危ない所だったの。宮に散々市内を連れ回されて、挙句に、多分ね、
私のグラスに強いお酒を混ぜさせて、ほらっ、あの廃工場に連れ込まれた
の。寸でのとこだったわ。尤も、酔っぱらってたから良く分らないけどね」
愛 「えっ、えっ、それで~」
桜庭 「そこでナイトが登場。郡さんが救ってくれたって訳」
愛 「酔っぱらってたのに、郡のおじさんが救ってくれたって分かるんですか
?」
桜庭 「ビジネスホテルで目が覚めたら、彼の置き手紙が有ったの。万事が至れり
尽くせりだったわ」
アツ美 「それで、郡さんとは~」
桜庭 「何もなかったわ。そう云う人なんだね、あの人は」
愛 「それで、グッと来たんですか?」
桜庭 「こらっ、大人に向かって~」
アツ美 「そう言えば、打ち合わせの時の桜庭さん、郡さんにべったりでしたよね」
桜庭 「あなたまで、そんな事を言って」
アツ美 「あれっ、小浜さんから郡さんに乗り換えたんじゃ。ごめんなさい。無礼講
なんで~」
桜庭 「何とでも受け取ってくれれば良いわ。私は、ただ、佐藤組との伝手が欲し
かっただけ。ビジネスよ」
アツ美 「宮と同じ事言ってる」
桜庭 「一緒にしないでね。あのすけべぇ、綾さんにもちょっかいを出したそうよ
うよ」
愛 「えっ、母さんに」
桜庭 「詳しい事は分からないけど、それも、郡さんが助けてくれたんだって」
愛 「そうだったんだ。私だけじゃなかったんだ。桜庭さんに、母さんまで」
アツ美 「ごめん。愛さんまでどうして?」
桜庭 「佐々木君とのことでしょ。青空法廷で彼にむかって随分とキツク喋ってた
もんね」
愛 「分かります。男って自分が不利になると汚い手を使うもんですか」
アツ美 「隆(佐々木)が愛さんに?」
愛 「ええ。郡さんのひと睨みで尻尾を捲いて逃げて行ったけどね」
アツ美 「あの隆がね~」
恵子 「お取込み中、なんですけど、飲み物は同じもんで構いませんか。それに、
お肉の方も足りてます?」
桜庭 「そうね。少し、野菜、サラダでもお願いしようかな」
恵子 「ほな、そのように。金ちゃ~ん、ステック・サラダと飲みもんは同じで、
お肉はそれなりに~」
金本 「は~いよ」
桜庭 「仲が良いようで、なりよりね。この中で、順調なのは恵子ちゃんだけみた
い」
恵子 「まぁ、雨降って地固まる。うちの場合は大雨やったけど~」
愛 「何やかや言うて、舞に比べると恵子ちゃんは芯がしっかりしてるから~」
桜庭 「それで。愛さんは郡さんとは~」
愛 「いやだ。父親ほど歳が離れてるんですよ」
アツ美 「うっうん」
アツ美はその父親ほど歳が離れている徹と深い仲になって居たのだから、咳払いも自然と出て来たのだろう。
愛 「ごめんなさい。別に、アツ美さんと父の事をとやかく言うつもりじゃない
から」
アツ美 「別に、無礼講なんでしょ」
桜庭 「でも、角の立つ言葉は控えてね、みんなも」
アツ美 「それはそうと、小耳に挟んだんだけど、愛さんは文通をしてるんだよね。
それって、どれくらい?」
愛 「もうすぐ、一年になります」
アツ美 「きっかけは?まさか、雑誌の記事を見たって事はないよね」
愛 「アダムが。あっ、ペンネームね。彼が突然手紙を寄こしたんです」
桜庭 「ん~ん。何か裏が有りそうね。縁もゆかりも無かったんでしょ?」
愛 「縁と言えば、無い訳でもなかったんです。随分前ですけど、警察署で見か
けては居たんです」
桜庭 「警察署?」
愛 「桜庭さんは仕事柄、悪い方に考えてるんでしょうけど、落とし物を届けに
行った時に、彼は迷子になって居た弟さんを迎えに来たんです」
桜庭 「まだ、ピンと来ないわね」
愛 「文通を続けている内に彼の方から、そんな事が有ったて聞かされたんで
す」
桜庭 「迷子って、どうやって、それにその子の年は?」
愛 「なんか尋問されてるみたい・・・。それがね、聞いてビックリ、僅か三才
で、瓢箪山から布施にまで一人で電車に乗って来たんだって」
桜庭 「その子にすれば大冒険てことね。ところで、アツ美さん、何か私達に言い
たい事があるの?」
アツ美 「そんな風に見えます」
桜庭 「うん。抱え込んでないで、この際、一気に吐き出せば?」
アツ美 「そうですよね、みんなに取っても大事なことだから~」
ここでアツ美は真顔になり、皆を見渡した。
アツ美 「実は私、出版社に勤めようと思い続けて来たの」
愛 「アツ美さんらしい。何となく似合ってる気がするもん」
アツ美 「それでね、あれこれしている内にここの出版社の人と知り合って、その人
が言うには、前作の『ペンフレンド』が公開停止になったて」
桜庭 「えっ!どう云う事?」
アツ美 「私もその時、ビックリしてその経緯を聞いたら~」
他の面々は箸を置き、真剣な眼差しで次の言葉を聞き漏らすまいとしている。
アツ美 「R指定に引っ掛かったんだって」
恵子 「R・・何とかってなんですか?」
桜庭 「18才未満はお断りってやつよ」
恵子 「映画館の窓口にぶら下がってるあれですか?」
桜庭 「そう云う事。小説の内容が未成年にはよろしく無いってこと」
恵子 「なるほど」
アツ美 「続けてもいいかな?」
恵子 「ごめんなさい」
アツ美 「実は、その事を知らせるメールが、作者のクニ ヒロシに送られてたんだ
けど、彼がそれを見逃してしまったんだって」
愛 「それで、お仕舞い?」
アツ美 「後に成って、作者が迷惑メールの中に有ったそのメールを確認したんだけ
ど、時すでに遅し。出版社の方からは、どうしてもて言うなら、新たな作品
として書き直して下さいって言われたそうよ」
恵子 「そんな、うちらは兎も角、愛お嬢さんは殆ど出ずっぱりやったのに、初め
からとなると大変や」
愛 「私の事はどうでも・・・、それで、何か手立ては無いんですか?」
アツ美 「無い事もないんだけど、ちょっとね~」
桜庭 「アツ美さんに考えが在るなら、教えてくれる」
アツ美 「どうやら、クニ ヒロシは気落ちして別の作品を書き始めたらしいの」
恵子 「うちらの事をほったらかしにして~」
アツ美 「まぁ、そう云う事ね」
桜庭 「それも、随分ね。散々、私達の秘め事を、それも、リアルに書きなぐって
居たのに~」
愛 「桜庭さん、私達から作者のクニ ヒロシに申し立てみたいな事は出来ない
でしょうか?」
桜庭 「小説に登場して来る人物の人格が認められるか否かの問題ね。ただ、認め
られたとしても、訴えを起こしたという判例は無いから、何とも言えない
わ。キャラクターグッズと同様に扱われるのも嫌だしね」
恵子 「うちらは泣き寝入りなんですか?」
アツ美 「ねぇ、最後まで聞いてくれる」
愛 「ごめんなさい。つい、熱くなっちゃって」
アツ美 「その別の新しい作品、『夢物語』て言うんだけどね、その中に舞ちゃんが登
場して来るの」
愛 「えっ、舞が?」
アツ美 「そう。作者のクニ ヒロシの夢の中での話なんだけど、そこで舞ちゃんが
何らかの意思表示をしてるんだって」
他一同 「???」
アツ美 「だから私は、その作者の夢の中に、この中の誰かが忍び込んでこちらの言
い分を訴えれば、作者も考えを改めるんじゃないかと思うの」
他一同 「ん~ん?」
恵子 「なんで、みんなして、うちを睨むんですか?」
桜庭 「そりゃ~ねぇ~」
アツ美 「誰かとなると、どうしてもね~」
愛 「この中で、恵子ちゃんが一番身軽だしね~」
恵子 「愛お嬢さん迄・・・、仮に、仮にですよ、うちが作者の夢の中に入れたと
して、こっちに戻って来る保証は有るんですか?」
アツ美 「それは、何とも言えないけど、物は試しって言うでしょ」
愛 「それに、恵子ちゃんの毒舌でないと作者の心は動かせないと思うわ」
恵子 「・・・」
金本 「は~い、お待ち。ステックサラダにコーラに・・・オレンジジュースとウ
ーロン茶。・・・あれっさっきまで賑やかやったのに、恵子、なにしょぼく
れてるんや?」
恵子 「金ちゃん、うちが居(お)らん様になっても、生きて行ける?」
金本 「なんや、藪から豆鉄砲みたいな事言うて。愛、どないしたんや?」
愛 「ちょっとね。悪気は無かったんやけど、恵子ちゃんに無理を言うてしも
た」
金本 「お前、泣かんでもええやろ~」
ホルモン屋金ちゃんでの女子会の面々の鉾先が、益々、こちらに迫って来そうなので、この辺で席を立たせて貰います。
どなたもこなたも悪しからず。
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