第6話 青空法廷 2

 昼食が終わると、藤棚の下のテーブルにはお別れ会を思わせる品々、ジュースや菓子類が無造作に並べられその雰囲気が醸し出された。愛が用意した風船などのが藤棚の柱のそこここに飾らてもいた。


 定刻の少し前に、中川鉄男と佐々木隆が連れだって訪れた。

 郡の手下が四方に見えて居ては、その足取りも覚束ないのも無理はない。


 郡はスタンドの高い所に居て、特に宮の手下が現れないかと眼を凝らしている。

 郡の配下の主だった者の手には無線機が握られていた。

 これだと、不測の事態とやらに即応できるであろう。


 テーブルを囲んで居るベンチにそれぞれが収まった。

 これも愛が用意した物だが、席には予め名前を書かれた札が貼られていた。


 藤棚の下、奥まった所には中川哲司と桜庭洋子が肩を並べている。一同の中で二人の関係を知って居るのは吉住アツ美だけである。従って、その配置を訝る者は他には居なかった。


 右側のベンチには、中川鉄男と佐々木隆、それに吉住広志が座って居る。その隣に開脚式の椅子があり、石田三郎の名が掛かれた札があったが、当の本人は未だこの場に来ていない。臆病風に吹かれて、例の如く何処か遠くからこの場の様子を覗って居るに違いない。


 手前のベンチには、右から、吉住アツ美、溝口恵子、そして、金本が居る。


 左側のベンチでは上田愛と上田綾の親子が頻りにレースのカーテンで囲われた一角を気にしている。その中では上田舞が場の進行を固唾を飲んで見つめたいた。



 いよいよ、青空法廷が開廷されようとしていた。


 先だって、小浜哲司が語り始めた。


「この青空法廷と冠した場に於いては、既存の法廷の様にその罪をあげつらい加害者を裁く事はしません。

 飽くまで、被害者と加害者が思う所を存分に述べるだけに留めます。


 特に被害者に於いては、これまでに心の中に鬱積した思いを余すことなく語り尽くして貰いたいと願っています。


 その上で、加害者に在っては自らが犯した理不尽な行動についての反省の意を表明されることを望みますが、これは強制では有りません。省(かえり)みる事が無ければ何ら語らなくても結構です。それはそれで本人の意思表示として受け止めます。

 ただ、この先、この様な場が設けれる事は無いと思いますので、後々、後悔が無いようによく考えて判断して下さい。

 なお、進行の途中で双方に対して何らかの質問があるかも知れません。答えれる範囲で対応して貰えればと考えています。


 では、桜庭洋子さんから事件の概要を説明して貰います。 桜庭さん、どうぞ~」


 桜庭は席を立ち、被害者側、加害者側それぞれを一瞥したのち、厳かに語り始めた。


「今から取り上げる暴行事件は、昨年の七月十四日、期末試験が終わった午後に、あの体育倉庫で起こりました」


 桜庭は彼方に見えている体育倉庫を指差した。


「生徒はもとより、教職員の研修もあって、校内に残って居る人は数えられる程でした。


 被害者上田舞さんは、以後、上田さんと呼びますが、上田さんはこの場にまだ来ていない石田三郎くんの求めに応じ、共に白線引きを職員室に届ける為に体育倉庫に赴きました。

 白線引き云々は飽くまで口実で有り、体育倉庫内に待ち構えていた加害者、中川鉄男、佐々木隆、吉住広志たちにおびき寄せられたのす。


 では、彼らは何の為に上田さんを体育倉庫に来させたのでしょう。

 それは上田さんに対して注意を喚起、平たく言えば、脅す為だったのです。

 その内容は、彼らが石田三郎くんを虐めていると、担任の大橋先生に告口したであろう上田さんに、同じことを繰り返すなと云う事でした。


 彼らの言い分を聞き終え、体育倉庫から出る為に扉を開けようとした時に、彼女は勢い余り尻もちを着いてしまったのです。それは、丁度、中川鉄男の足下でした。

 彼女のスカートが捲れ露わに成った腿の辺りを目にするや、中川鉄男は性的欲望に駆られ彼女を襲ったのです。

 傍らにいた佐々木隆、吉住広志は、当初、事の成り行きを訝って居ましたが、中川鉄男の促しに応じ、同じく彼女への暴行に加わりました。


 勿論、上田さんは抵抗を試み、その場を逃れようとしましたが叶う筈が有りません。女子一人、男子三人の力の差は目に見えています。


 体育倉庫の周りに人影は無く、増してや、隣の工場の騒音が有ったのですから、彼女の泣き叫ぶ声、助けを求める声は虚しく潰(つい)えて行くばかりでした。


 長時間に渡り、それも二度までも身体を弄ばれた彼女に対して、その場で撮影された写真の事を翳し、彼女にこの一見に付いて口外するなと彼らは又もや脅しを掛けました。


 以上のことの証として、ここに証拠の品を用意しました」


 桜庭は鞄の中から三つの証拠を取り出した。


「これは事件の事をつまびらかに綴られた上田さんの手記です。そして、これは加害者たちが上田さんを脅す為に撮った写真です。又、これは加害者中川鉄男が事件について語った内容を録音したテープです。

 改めて言うには及びませんが、これまで述べて来た事は全て事実であり、疑う余地は有りません。


 又、この事件はそれだけで終わりませんでした。


 二学期が始まっても、心が癒えなかった上田さんは家族に促がされてN中へと転校しました。

 有ろうことか、中川鉄男はそこに逃れた上田さんに、又しても脅しを掛け、瓢箪山稲荷神社の境内に彼女を呼び出し、暴行を加えようと計ったのです。

 幸い、上田さんの当時の同級生で有った山崎千亜子さんの機転も有り事なくその場を凌げました。


 以上が、今回の上田さんに対する暴行事件のあらましです」



 小浜哲司が後を引き継いだ。


「今の桜庭さんの証言に意義がある方は手を挙げて下さい」


 哲司は場を見渡した。

 佐々木隆が苦々しい顔を浮かべて居たが、その他は改めてこの事件を受け止めているようである。結局、誰も手を挙げなかった。


「では、上田舞さんに現在の心境を語って貰います」


 綾がカーテンを潜り抜けて舞の下に向かい、彼女を抱き抱えながらその場に立たせた。

 不安げに綾の顔を見つめる舞に、綾は軽く頷いて見せた。

 舞の胸の内は只ならぬもので有ろうが、気丈にも一息入れると胸の閊(つか)えを感じさせながら話し始めた。


「去年の七月十四日午後、あの体育倉庫で中川鉄男、佐々木隆、吉住広志から私は暴行を受けました。

 彼らは、必死に拒み、抗う私をものともせずに勝手気ままに弄びました。

 私はあなた達に与えられた玩具だったのでしょうか。いいえ、血の通った人間です。なのに、人としての尊厳、未来の夢を兼ね持った私を無惨にも奈落の底に落とし込んだのです。


 あなた達はその後の私の生活を想像した事が有りますか。

 PTSD、心的外傷後ストレス障害を患い、いつも、プレイバックの影に怯えていました。人ごみに居れば、その人たちが私の事を噂しているかのように聞こえて来ました。哀れみ、蔑む言葉が聞こえて来るのです。


 堪えきれず私は転校する事にしました。

 環境が変われば少しは楽になると考えたのです。

 でも、違って居ました。

 似たような状況に陥ると、忽ち、記憶の中の事件の映像が蘇りパニック状態になって仕舞いました。

 何処に居ようと何をしようと襲われた時の恐怖は、あたかも、身に添う影の様に私につきまとい有無を言わせないのです。


 加えて、記憶障害も起こって来ました。

 記憶がパズルの様に分散し、繋ぎ合わせようとしても敵いませんでした。

 酷い時は、ここ十数年の記憶がプッツリ消えてなくなるのです。

 叔父の小浜医師から、それはこれ以上、精神が過去の出来事に蝕まれる事を避ける為の自己防衛の所作だと教えられました。


 心が痛むと云う次元では無く、心が壊れてしまい兼ねない状況に至って仕舞っていたのです。


 あなた達には想像も付かないでしょう。


 実際、パニック状態に陥ると思慮分別が無くなり、何もかもに対して怒りを覚え猛り狂ってしまうのです。勿論、その時の状況は周りの人からそれと無く聞かせれて知ったのです。


 結局、それが元で高校受験も失敗に終わりました。

 あなた達はあの日の私の自由と尊厳をないがしろにしただけでなく、未来をも奪ってしまったのです」


 ここで舞は視線を、手にして居た手紙から加害者達に向けた。


「いま、ここであなた達を目の前に見て思いの程を打ち明けていますが、それも、やっとの事なんです。いつパニック状態になっても可笑しくありません。

 私を散々弄んだ人間が目の前に居るのですから~。


 最後にここではっきりと言って置きます。


 あなた達も私と同様に、この事件を一生背負って生きて行って下さい。

 いつで有ろうと、何処で有ろうと、私のあなた達に対する憎しみ、怒りはあなた達に向けられています。


 どんな罰を受けるよりも、この事件があなた達の足かせと成り、その人生を蝕み続ける事を願っています。・・・以上です」


 舞は語り終えると綾に支えられ腰を降ろした。

 その顔面は蒼白になり、息も上がって居た。


 舞の心の内を聞き終えた面々は、それぞれの思いを顔に浮かべていた。


 加害者達はどれ程素直に舞の言葉を聞き取ったであろうか。


 中川鉄男は別の意味で舞の言葉を噛み締めて居た。

 舞の父親、上田徹の報復は彼に相当なダメージを与えていた。

 それもその筈だ。彼も又、見知らぬ男に暴行を加えられて居たのだから。

 その露わな写真も撮られていた。まさに、自分がしでかしたことがそののままブーメランの様にその身に襲い掛かって来たのである。

 従って、加害者三人の中では、最も舞の言葉が身に沁みて居たに違いない。


 佐々木隆はどうであろうか。

 以外にも、それ程の動揺は見られない。

『どうせ、いまさら~』

と思わせる面ツキを見せている。

 彼がこの場に臨んだのは、桜庭洋子から、上田徹に取り上げられようとしている写真店を守る為の手立てを得る為であった。

 事の成り行きなどお構いなしと云った所だ。


 しばらくの静寂の後、アツ美が小浜哲司を見つめながら手をあげた。

 予めの手はず通りのことである。


 アツ美はその場を断ち、二三歩、広志の下へと歩み寄った。

 二人はその場に立ち並ぶと、


「弟の広志からこの場で伝えて置くことが有るので発言を求めます」


「では、吉住広志くん、どうぞ」


 広志は懐から手紙を取り出し読み始めた。

 アツ美と共に書き上げた手紙である。


「この場を借りて上田舞さんに謝りたいと思います。

 僕がこんな気持ちに成ったのは、程度の差は有ろうかと思いますが、僕も又、今回の事件が原因で心を病んでしまったからです。

 事件後しばらくは何とも有りませんでした。気に障ったら、ごめんなさい。

 所が、昨年の年末ごろから、僕、そして鉄や隆の身の周りに不可解な事が起こり始めました。


 後で姉から聞かされ、それが上田舞さんの父親からの報復だったと知りました。

 僕らの間で凡その見当を付けて居たその通りでした。


 ベーカリーへの嫌がらせはもとより、その害は姉の身にも及びました。

 僕は居ても立っても居られず、鉄と隆に警察への自首を進めましたが聞き入れて貰えませんでした。

 悶々とした日々が続いて行くにつれ、この先の不安が高まって行きました。

 嫌な夢を見るようにも成りました。

 それはあの事件での場面です。上田舞さんが泣き叫ぶ姿が迫って来るのです。起きれば冷や汗がびっしょりでした。

 信じられないでしょうが、その場面が起きて居てもチラつく様に成ったのです。当時、姉の声も上田舞さんの声と重なって聞こえて来てしまい、姉を跳ね退ける様になりました。

 次第に部屋に籠るように成って暫らく経った頃です。

 言葉が上手く出て来なくなったのです。吃音と云う事でした。


 幸い、姉がそこに居られる小浜先生を部屋に連れてきた頃から、次第に症状が薄れていきました。


 小浜先生から、青空法廷と云う場を設けるから、その場で上田舞さんに謝る事を勧められました。

 勿論、謝った所で僕たちの行為が許される筈がありません。

 でも、面と向かって謝って置かないと僕自身の症状もいつ又、悪くなるかもしれないと小浜先生に言われこの場に来ました。

 最後に改めて謝罪します。

 上田舞さん、本当に申し訳の無い事をしてしまい、すいませんでした」


 広志と共にアツ美もその場で頭を下げた。

 アツ美の思いは複雑だったに違いない。彼女も又、被害者で有るのだから。

 でも、アツ美は当に胸の内でけじめを付けていた。

 徹との関係は別物と捉え初めて居たのである。


 広志が語った事は概ねこの場の面々に素直に届いたようである。

 ただ一人、舞だけが受け入れられないで居る。

 広志の症状は叔父、小浜から聞いてはいた。


『舞ちゃん。結局、加害者も良心が有る限り、心に何らかの傷を被るんだよ。例えば、戦場の兵士たちの半分はPTSDを患うと云う統計がある。彼らは戦場で命令のままに殺戮をしたまでだ。国の為、正義の為と言っても、人を殺した事に変わりはない。生まれ故郷に無事帰り着いたにせよ、戦場での光景が消えてなくなる訳では無い。この世のものとも思えない悲惨な光景が記憶の中に刻まれてしまうんだ。挙句の果てが加害者である彼らも又、戦争と云う名の下では被害者になって仕舞うんだ。心を患う事でね』


 頷けなくもないが、やはり、当の舞には分かり様がなかったのだ。



 小浜は佐々木隆に発言を求めた。


「俺は何も好き好んでここに来たんとちゃう(違う)。写真店を今の場所で続ける為に来たんや。元々、あの日から鑑別所とか少年刑務所に入る覚悟は出来てた。こんな茶番はええ加減にして、桜庭さん、約束のもんを渡してくれへんか」


 彼の言い分はこうである。

 舞の父親が報復の為に買い取った佐々木写真店を、どうにかして元通り、それが叶わなくても従来通りアーケード街で営業できるようにして貰いたい。その手立てを桜庭がチラつかせていたのだ。


 それは隆の都合で、この場にはそぐわない内容だ。


「佐々木君、その事はこの青空法廷が終了してからにするべきだと思うけど~」

「そうですか。そんなら、これっと云って話す事は無いので~」


 煮え切れないで居たのは舞の姉の愛だ。


「隆、あんたは舞に謝る事さえでけへんのか?」

「これはこれは、愛お嬢様。随分、目じりが吊り上がってるけど、どうやろ、あんたが俺の部屋でしてた事を話したら、その目じりも治まるやろうな」


 溝口恵子は咄嗟に金本の顔色を窺ったが、間に合わなかった。

 金本は席を立つや、隆に向って行った。

 隆の胸倉を掴んだ金本は、


「おまえな~、何様のつもりや。ホンマやったら当に警察行きなんや。誰かのケチを付けられる立場や無いやろ」

「金ちゃん、止めて!」

「そうや、この際、言わせて貰うけど、お前らの罪はこれだけや無いやろ」

「金ちゃん、うちの事はええから~」

「そんでも、一つ二つぶん殴らんとこいつの性根は変わらへん}



『小浜さん、そっちには大丈夫ですか?』

 

 スタンドで様子を見ていた郡が携帯無線機で問いかけて来た。


『どうもこうも、収拾が付かなくなってきました』


『二三人、藤棚へ行け!』


 郡の指図で配下の数人が四方から駆けつけ、隆と金本を割って退けた。

 他の面々は固唾を飲んで状況を見つめていた。

 こんな時、真っ先にしゃしゃり出る筈の鉄が、どうした訳か成り行きを傍観している。以前の彼からは想像が付かない。彼も又、広志の様に思う所が有ったようだ。


 漸く場が落ち着いたと思ったら。


『郡のにいさん。裏門からおなごが一人こっちに向かって来てるけど~』


『小浜さん。例の先生やと思うけど、どうします?』


 小浜は綾を見やった。

 それに応えるように綾がグランドの入口を見渡すと、舞たちの元担任の大橋が近づいて来て居た。


「哲司さん、担任だった大橋先生の様です。少し早いけど、良いでしょう」

「はい。では、そう云うことで」


『郡さん、構いません。こちらに寄こして下さい』

『了解しました。良いってよ』

 

 大橋は黒づくめの人間を一瞥して藤棚に近づきつつある。

 さすがに、異様な雰囲気を感じずには居られないようだ。

 お別れ会とは程遠い有り様に、足取りが覚束なくなっている。

 

 それでも、綾の下までたどり着いた大橋は、


「上田さん、これは一体?」

「ええ。お別れ会は口実です。先生にも拘わる事ですから、しばらく様子を見て居て下さい」


 綾はあれこれ説明するより、この場に居さえすれば、自ずと状況が解るだろうと判断したしたようだ。


 機転の利く恵子が。

「金ちゃん、先生に椅子」


 怒り冷めやらぬ金本は言われた通り、大橋の下に椅子を運んだ。


「どうぞ」

「あっ、ありがとう」


 小浜が場を取り繕った。

「思わぬ事態になりましたが、それぞれ、冷静にお願いします。では、中川鉄男くん、発言が有れば、どうぞ」


 漸く俺の番かと言った素振りを見せながら中川鉄男はむくっとその場を立ち、しばらくは俯いて居た。

 誰もが彼に注目している。

 なにせ今回の暴行事件の主犯格で有るのだから、その彼がどのような態度で事に臨むのかと気を揉んでいる。


 中川鉄男は視線をテーブルに落とし、ぽつぽつと話し始めた。その口調は以前の彼と違い、あたかも、気性の荒い父親の前で居る時の様に頼りなくも有った。

 しかし、その内容は本心を語って居るように見受けられた。


「どうせ、この街から出て行くんやから、正直に喋って置きます。

 事の初めは春頃やったと思います。

 上田舞さんは揮発で物怖じしないタイプで傍から見て居ても好感を持てました。

 こんな俺でも、何かのきっかけで近づけたらと考えて居ました。

 ところが、教室では舞さんと石田三郎の事が噂されるようなったんです。あんなへなちょこになんでなんやと腹が立ちました。


 そのせいで、俺は仲間の写真屋(佐々木隆)やパン屋(吉住広志)と一緒になって石田をからかう様になりました。

 それが次第にエスカレートして行き、虐めと思われても仕方ない行為にまでなって仕舞いました。


 当然、誰かが担任に告口をしました。

 呼び出された俺らは白を切り通しましたが、その誰かをそのままにして置けませんでした。あれこれ考えた挙句、その誰かが上田舞さんだと云う事になりました。


 そこで彼女を体育倉庫に誘い出し、口封じをする事になりました。

 勿論、手出しをするつもりは無く、話だけで終わるつもりでした。

 ところが、さっきも言われた通りの状況に成りました。

 棚から牡丹餅です。

 気が付いた時には彼女を押し倒し、制服に手を掛けて居ました。

 もう、勢いは止まりません。

 だってそうでしょ、こんなチャンスは又と無いと遮二無二に成って居ました。


 後は、そこの桜庭さんの言われた通りです。


 これを喋ったからと言って、何がどうなる訳でも無いけど~。

 止めて置きます」


 中川鉄男は、上田舞の父親によって自分も又、暴行を受けたと言おうとしたが、流石に、それは思い留まった。生き恥を晒すようなものだ。


「やはり、俺らがしたことは、人を虫けらの様に扱う酷い事でした。今なら、それが身に沁みて分かります。

 上田舞さんがなんぼ俺らに恨みつらみをぶちまけても、その心が癒える事は無いと思います。

 それでも、ここで謝って置きます。

 ごめんなさい。

 今回の事件のせいで、俺の一家はこの街を出て行く事に成りました。

 両親は未だにこの事件の事を知りません。多分、この事を知れば俺は親父に半殺しにされると思います。

 体の傷はいつか癒えるでしょうが、心の傷はいつ迄たっても治らないですよね、上田さん。

 あなたが言う通りいつまでも俺らを恨んで居て下さい。その方が気が楽です。

 以上で終わります。上田さんの家族にも申し訳ないと思ってます。

 すいませんでした」


 担任だった大橋には寝耳に水の事であった。

 

『そんな事が~、私にも大いに責任がある。あの時、真剣に取り上げて居たらこんな事にまで成らずに済んだかもしれない~』

 

 綾は、驚愕に打ちのめされている大橋を見やった。

 事前に一言伝えて置けばとも考えたが、切り出す事が出来なかった。


 さて、この青空法廷は山場を越えた様では有るが、事に寄ると、この後も意外な展開が待ち受けているかも知れない。

 今しばらくは、この場を離れない方が良さそうだ。

 

 




 



 


 

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