第4話 久しぶりの家族全員揃っての夕食

 愛は買い物の途中に近くの公園に寄り、ベンチに腰かけてアダム(橋本邦のペンネーム)の手紙に目を通した。


「ディア、イブ(上田愛のペンネーム)。

 その後、舞ちゃんの様子はどうですか。

 受験会場から抜け出して来たのだから相当な事が有ったんだと気に掛かっています。

 結局、N中の卒業式にも出れなかったので、チャコも気落ちしています。

 多分、チャコが近い内にそちらを尋ねると思います。

  

   『もう、来てるってば』

  

 あの性格ですからイブとはウマが合わないと思いますが、あぁ見えて、竹を割ったような性格なんで、多少のくい違いが有っても大目に見てやってください。

   

   『そう言われてもね』

   

 イブは不思議に思いませんか。

   

   『何が?』

   

 舞ちゃんとチャコが短期間に親密に成った事です。

 これは僕の推測ですが、二人は似たような経験をしたのだと思っています。

 心に似たよな事で傷を持った者同士が互いを支え合うことで、その距離が急速に近付いたのでは無いでしょうか。 

   

『えっ、あのチャコさんが。そんな風には見えないけど』

  

 チャコが辛い時期に僕は何もしてやれませんでした。

 今でも悔やんで居ます。かと言って、当時の僕に出来る事は無かったのですが。

 幸い、チャコの禍(わざわい)の元は遠くに離れ、今、彼女は本来の天真爛漫の気性で過ごして居ます。


『何のことやろ。舞と似通った体験て云えば、~て事なら、まさかね』


 所で先日、イブの母さんが我が家に来ました。

 僕は居なかったので詳しい事は分かりませんが、付き添ったチャコの話だと妹の愛美に会いたかった様です。

   

『チャコさんがなんで母さんと一緒に?』      

   

 多分、舞ちゃんが愛美の世話をして居たのを聞いての事だと思います。

 それにしても、わざわざ来るなんて、イブは何か聞いて居ませんか。

 その訳を聞けたら教えてください。僕には皆目見当が付かないのでお願いします。

   

『うん~。そう言えば、最近の母さんの様子は何処か変だ。舞の事だけが原因では無いみたいだけど。父さんとの不仲もね。父さんは父さんでアツ美さんと怪しいし、X-dayを無事に終えられても難題だらけなんだい!って、ふざけてる場合じゃないよね』

   

 又、話は変わりますが、イブは金本と親しかったよね。その金本が最近、妙にニヤついて居て気色悪いんだけど心当たりは有りませんか。何か一皮むけた様な感じもしています。

   

『そう云えば、恵子ちゃんとの距離感が微妙に違ってきている。もしかして~う~ん、それは無いとは思うけど。だったとしたら、それはそれで良い事なのかも~』

   

 なんか、今回は質問ばかりでごめんなさい。

 舞ちゃんの症状が和らぐ事を願っています。 

                                アダムより」


 そうか、アダムはチャコさんから舞がPTSDだって事を聞いて居たんだ。

 青空法廷が無事に終わって舞の症状が軽く成れば良いんだけど。


 

 

 上田家の家族が全員揃っての夕食は久しぶりである。

 舞が綾の妹の小浜香の家に預けられてからだから、半年以上も経っていた。

 所も、布施の家から永和の綾の実家に代わってしまっている。

 それぞれの胸の内も大きく変化していた。

 一つの事件がきっかけで、家庭内がぎくしゃくして居る所も有る。


 徹が探りを入れて来た。


「あのカレンダーに印が付けてあるけど、その日に何か予定でも?」


 愛がすぐさま応えた。


「その日に私が学校に行くんです。もう直ぐ新入部員が加わるだろうから、部室の大掃除をする予定です」

「なるほどな。・・・あの棚の上の模造紙は?」

「バスケのホーメーションを私なりに書いて見ました」

「後で、僕が見ても良いかな?」

「もう、ぐちゃぐちゃに成ってるから、見ても分からないと思います。それに、父さんはバスケに興味があったっけ?」

「うん。ならよすか」

「どうしてもって言うんだったら構わないけど~」


 愛は食事の前にそれらを誤魔化す方法を考えて居たようだ。

 実際は、赤丸印の日は青空法廷の実行日で、模造紙にはN中のグランドの見取り図が書かれて在り、細々としたことも書き加えられてあった。


 綾は耳を傾けながら、

『やっぱり、愛は機転が利く子だ。つじつまが合わさって居るもの』

と、感心していた。


 徹は黙って箸を運んでいる舞を見やった。

 徹は舞と顔を合わせても話し出せずにやきもきしていた。

 男親ならではの事だろう。聞きたい事は山ほど有るのに~。


「舞、体の調子は?」

「えぇ、私より叔父さんに聞いた方が、自分でも良く分らないから~」

「哲司君は頻繁にここに来ているんだ」


 綾が応えた。

「舞の主治医ですから、それなりに来られています」

「その為にだけか?」

「他に何か?」

「いや、別に~」


 愛の表情に企みが籠って居る。徹の背後を覗う気で居るようだ。


「そう云えば、買い物の出がけに変な人が家の前てうろついて居たけど、父さんに心当たりはない?」


 徹の口もとが引き締まった。

『恐らく、宮の手下だ。どうせなら、もっと上手くやれば良いのに』


「さぁ、僕には~」

「そうなんだ」


 愛はその人物が何処の誰か気付いて居た。

 一度目は吉住ベーカリーで、二度目はこの永和の家で中川鉄男を牛の音も出ない程に懲らしめた時に出会っていた。

 従って、この質問は徹への牽制と云った所であろう。

 徹が今日、永和の家に来た訳は言わずとも知れていた。

 その一つは舞を気遣ってであり、もう一つは小浜哲司の計画の内容を知る手がかりを得る為である。

 意に違わず、徹は質問を重ねていた。


 綾はこの家、取り分け自分が見張られて居る事に全く気付いて居なかった。

 覚えが無い訳では無い。

 この半年の間に彼女を取り巻く環境は随分変わって居た。

 永和の家で暮らす事に執着して居ては、自ずと徹が不審を抱くのも無理はない。


 綾は殊更語尾を強めて、

「愛、本当にそんな人が居たの?」

「うん。警察に連絡した方が良いかも」


 それは困ると徹は、

「なにも、そこまでしなくても。愛の勘違いかも知れないし~」


 愛と綾は互いを見やった。

『これくらいで良いよね』

『そうだね』



 食事が終わると徹は腹ごなしにと舞を散歩に誘った。


 愛は出がけに舞に耳打ちした。

「分ってるよね。計画の事には触れないでね」

「うん。それくらいは分かってるから」


 父親と娘とがそぞろ歩き。

 行くあてもないまま、通りかかった公園のベンチに二人は腰かけた。


「母さんや愛から何か聞かされて無いか?」

「特に何も~」

「そうか。実は僕から舞に話して置く事がある。あの事件に関してだけど、大丈夫かな?」

「うん。取り敢えず話して見て。気分が悪く成ったら合図する」

「そうか。耳にしたく無いのは僕も分かってるが、舞自身がどう思うか聞いて置かないとな。


 実は加害者の連中を布施の街から追い払おうと、これまで色々やってきた。

 その甲斐があって、

 中川鉄男は間もなく家族と一緒に彼の父親の実家がある四国に帰って行く。

 あの鉄工所は僕が手を回して廃業に追い込んだんだ。


 佐々木隆の写真店はもう直ぐ外の街に移転する事になる。

 既に、写真店の土地建物は僕が買い取ってある。


 吉住広志はあの事件が患いして、それに少し手荒な真似をした事もあって、今は心が病んでしまい、哲司くんが治療に当たって居る。


と、まあ、こんな具合になっている。


 あぁ、そうだ。主犯格の中川鉄男には相当な仕置きをしてある。アイツはしつこく舞に絡んで来たからな、当然の事をしたまでだ。

 どうかな、少しは気分が良くなったかな?」


 舞は、腿の辺りに侍らしていた手もとを見つめながら徹の話を聞いて居た。


「・・・父さんのやり方が正しいのか、間違っているのか分からへんけど、なんか違う様な気がする。そんな事をしても、正直、なんも変われへんと思う。

 はい、そうですかって受け入れても、プレイバックや嫌な夢を見なくて済む事は無いんと違うやろか。

 実際、私にも何をどうすればええんか分って無いけどね」


 徹はもっと耳に心地よい言葉を期待していた。

 これまでに時間と費用を費やし、それに直接の責任を持たない吉住アツ美には言うに堪えない事までしでかしていた。尤も、アツ美に関しては複雑な事後談が控えては居るが。

 所が、舞の反応は今一でしっくりこない。

 徹自身はこれまでやればと満更でもなかったのにである。


 しばらくの沈黙の後、徹は半信半疑で舞に問いかけた。


「明日なんか?」

「えっ!なにが?」

「隠さんでも分かってしもてる。N中のグランドで何かをするんやろ?」


 徹がその事を知って居る事に舞は戸惑ったが、よくよく考えると、徹が『何か』と言っているからには、その内容を知らないで居るのだ。


 愛から注意を促されていた。

 ならばと舞は、


「うん。N中で親しかった人たちとお別れ会をする。急な転校やったから何も言えず仕舞いで終わってた。それに、あの頃は、幾ら仲良しでも面と向かって話す事はでけへんかったし」


 舞は本音で話して居る。

 徹にもその事はひしひしと伝わって居た。


「それも、そうなんや」

「父さんも来てみる。ちょっと、場違いかもね。保護者が一緒やと盛り上げようが無いもんね」

「そうやな。何かと費用も掛かるんやろ?」

「大丈夫。みんなで折半やから」

「そう言うてもな~」


 徹は財布から紙幣を取り出し、舞に渡した。


「入用が有ったら、これでな」

「うん、有難う。預かっとく」

「なんも、好きに使ったらええんやからな」

「うん」


 さて、徹は何処まで舞の話を信じただろう。

 食事の前に徹は棚に有った模造紙を、綾たちに気付かれない様に盗み見して居た。

 一目見ただけでその場所の見当は付いた。


 『お別れ会』


と聞けば頷ける。


 N中のグランドの隅にはある程度の人間がくつろげる藤棚が拵えて在った。

 テーブルもベンチも兼ね備えてある。

 天気にも寄るが、解放感に溢れ居心地は良いに違いない。

 舞の話を怪しむには至らない筈だが~。

 


 


 

 

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