第3話 チャコ、舞に会いに行く

 チャコはNS商業高校の入学説明会の帰りに舞が居る永和の家を訪ねた。

 二人が顔を合わせるのは入学試験の前日以来である。


『ビィー・・ビィー・・』


「お邪魔します」


「愛、出てくれる」

「は~い」


 愛が玄関に行くと、N中の制服を着たチャコが緊張した面持ちで所在なさげで突っ立っていた。


「チャコさん!」

「はい、お久しぶりです」

「舞に会いに来たんや」

「そうです。変わりは無いですか?」

「私・・じゃないよね。舞なら奥の部屋」

 

 二人ともが気まずい様子である。


 ややって愛が、

「どうぞ。勝手は分かってるやろ」

「はい」


 愛は踝を返し居間へと戻って行く。

 チャコはその後に続き、綾に挨拶をした。


「おばさん、来ちゃいました」

「そろそろかな~と思てたら案の定やね。制服って事は?」

「NS商業の帰りです」

「そうなんや。舞は奥の部屋に」

「はい、お姉さんから聞きました」


 ソファーに収まった愛はチャコに『お姉さん』と言われたことがしっくり来ないらしい。かと言って、それを取り沙汰すのもどうかと云う表情を浮かべている。

 チャコは綾にチョコンと頭を下げて舞の下へ向かった。



「ふ~ん。この部屋で籠りっきりなんや」

「そうでも無いけど」

「大層な事が始まるんやね」

「母さんから聞いてたんか?」

「うん、ちょっとだけ。中身は何となく想像出来てるけどな」

「加害者の前でこの手紙を読むんやけど、どう思う?」

「あたしには文章を添削する器量がないことくらい分かってるやろ」

「そうやなくて、面と向かってってこと」

「そっちか」

「うん」

「舞や加害者の他にも人が居るんやろ」

「うん。いつの間にか大勢の人を巻き込んでしもてる」

「そやかて、みんな事情は知ってるんやろ。何やったら、チャコも舞について行こか?」

「チャコが居たら頼もしいけど、そうも行かんやろ」

「部外者ってやつか。それもそうやな。・・・そや、忘れるとこやった。息抜きにチャコとそこまで行かへんか?」

「そこって?」

「この前は受験で頭がパンパンやったから行けず仕舞いやったとこ」


 チャコと舞は出がけに居間を覗いた。

 綾と愛がこそこそと何やら話し合っていた。


「舞をちょこっとお借りします」


 綾が尋ねた。


「出かけるの?」

「はい。積もった話を散歩がてらに」


 チャコは行き場所を伝えなかった。

 愛を気遣っての事らしい。元々、愛とは犬猿の仲とまでは行かないがウマが合わないと言ったところだ。今から橋本邦が通っていた保育園に行くとは言い出せない。それ位の気は使えるようである。


 目を凝らして考えれば、邦をめぐってチャコ、愛、綾は三者三様の関りがある。

 チャコは幼なじみで、愛はペンフレンドで、綾は人目を避ける関係である。

 変に刺激を加えれば大事に成り兼ねない。


 舞は舞で三人の複雑な関係を汲み取って居たが、その事には触れたくないようである。何より今はX-dayの事が優先される状況で有る。



「チャコは行きたかったとこってここなんや?」

「うん。保育園てとこは春休みがないんやな」

「そらそうやろ」

「年中無休なんかな?」

「なんぼ何でも、正月や日曜祭日はお休みやろ」



「あの~、なにか?」


 保育園の閉ざされた門の前で中を覗き込んでいた二人を不審に思ってか、保母(保育士)らしき人が声を掛けてきた。


「チャコ!」


 舞はチャコの顔を覗った。


「任しとき。この子、保母さんを目指してるんやけど、中に入って見学出来ないでしょうか?」


『チャコったら、私を出汁にするつもりなんや。私より自分が見たいくせに』


「急に言われても、何処の誰とも分らん人となると~」

「そうですよね」


 舞がさもありなんと言った表情で応えると、チャコが舞の耳元で囁いた。


「ここで引きさがったら末代までの恥や。何とかの恥はかき捨て、もうちょっと、ここが粘り所や」


 チャコ節が始まったと舞は何処となく懐かしい顔を浮かべている。


「この子、今は直ぐ傍に住んでるんです」


 チャコは舞の家の方角を指差しながらそう言った。

 その保母は訝し気な顔をしながら、舞の顔をしげしげと眺めている。


「もしかして、違ってたらごめんやで。綾さんの娘さん?」

「えぇ!母を知ってるんですか?」

「やっぱり、よう似てるもんな」

「・・・」


 舞とチャコは合点が行かない様である。


「そっか。私はこの近くに住んで居て、あなたの母さんとは小中で同じクラスになった事も有るんやで」


 舞がスッキリした顔を浮かべ、


「そうなんや」

「ちょっと、ここで待っててくれる。園長に掛け合って見るから」


 彼女はすぐさま建物の方に歩き出した。


「ほらっ、言うてみるもんやろ」

「ほんまやね。帰ったら母さんに話して見る。そんでもチャコは見ず知らずの人に物怖じせへんな」

「誰にでも取柄は有るもんや」

「それって、図々しいだけやない」

「それも取柄のひとつやろ」

「そうなんかな?」


 やはり、舞はチャコと居ると心が和むようだ。部屋に籠っていた時とは違い、頬を緩める事が増えて来ている。



 先ほどの保母が付き添う事で許可を得た二人は意気揚々と園内に入って行った。


「このブランコや!」

「このブランコがどうしたん?」

「写真で見たことが有る」

「写真て、クンちゃんの?」

「うん。生意気に、当時の、その頃のやで、ガールフレンドと並んで収まってた」

「クンちゃんがそう言うてたんか、ガールフレンドて?」

「そんなもんやない。結婚する約束をしてたんやて。どう思う?」

「ふ~ん。おませさんやったんや」

「何が可笑しいん?」

「なんもない」

「もう、クンちゃんの真似して~」


 二人の話を聞くともなく聞いていた保母が、


「知り合いの人がここに通ってたんか?」


 チャコが誇らしげに。


「はい、あたしの彼氏がここに通って居ました」


 舞は呆れている。言うに事を欠いて彼氏とは~。その気持ちが分からない訳でもないが。


「その子の名前は?」

「分かるやろうか。十年くらい前の事やけど~」

「その頃も私はこの園で働いてたけど」

「橋本邦て云うんですけど~」

「ん~ん。橋本・・・十年くらい前ね。あぁ、覚えてる」

「ホンマですか?」

「うん。あの子のお迎えはいつも遅かったから、私と二人っきりで残る事も珍しいこや無かった。それに武勇伝が幾つも有ったし~」

「それって?」

「そうやね、怪我をする事に掛けては園内一やった。しょっちゅう(頻繁に)何処かに頭をぶつけてたな~」

「その頃からなんや」

「そうや、大怪我をした事も有った」

「そこんとこ詳しくお願いします。なんぞの時に役に立つかも~」

「話してもええんかな?」

「大丈夫です。この胸に収めて置きますから」


 舞が小声で、


「嘘ばっかり。何かの時にクンちゃんの上げ足を取る気やろ」

「なんか言うたか?」

「なんもない」


「ほらっ、あそこ。ゴミ置き場が見えるやろ」


 二人はその方へと眼をやった。


「はい」

「当時、ポン返しってのが流行っててな、知ってるかな?」

「私は知りませんけど、チャコは」

「牛乳瓶の蓋(ふた)を手のひらでポンッてひっくり返して競うやつですよね」

「そうそう。あの子がその蓋をあのゴミ箱で漁ってた時の事やった。横に野良犬が居たのにな」

「うん、それで~」

「分かりそうなもんやろ、野良犬と一緒になってゴミを漁ってたら」

「もしかして?」

「うん。ガブッて手の甲をひとかじりされてしもたんや。誰も彼もがわんやわんやの大騒ぎになってな。保健室に連れて行って血だらけのその手を見たら、未だに牛乳瓶の蓋を握って居たと云うお話し」

「その頃から執念深い質(たち)やったんや」


「チャコ、その言い方」

「そやし別にええやん。チャコのオッパイに関しては相当なもんや」

「それ、ここで言う?」


 保母が笑みを浮かべながら。


「なんか、今でも元気そうなんやね」

「はい。怪我は相変わらず大小様々で、一つ怪我が治ると暫くもせん内に又ってな具合です。この間なんか~」

「チャコ、もうそれくらいで~」

「そうやな。人の陰口叩くのは見っともないな」


と、十人ほどの園児が保母に伴われ砂場に向かって走り出した来た。


『わ~、わ~。ガヤガヤ~』


 舞とチャコはしばらくその園児たちと戯れた後、お礼を言って保育園に別れを告げた。



「楽しかったね」

「息抜きになった?」

「うん。チャコのお陰で肩から力が抜けたみたい」



『ガラガラガラー』


 チャコは玄関に男物の靴を見かけると、


「あれっ、お客さんかな?」

「ううん、違う。父さんが来たみたい」

「どないしょう。あたし帰った方がええかな?」

「気にせんでええよ。別に、チャコが取って喰われる訳でも無いし」

「食わず嫌いは良くないけどな」

「???」



 少し時間を戻して見よう。

 舞とチャコが家を出て、しばらくしてからである。


 居間で愛と綾は顔を突き合わせて、X-dayの相談をしていた。


「母さん、持って行くもんはこれでええやろか?」

「結構な荷物になるね」

「うん。金もっちゃんが朝から来てくれるから、何とかなると思う。それに、私も自転車で行くし」

「そうやね。・・・舞、誰か玄関に~」

「うん。舞たち、もう帰って来たんかな!」


 愛が玄関を覗くと、徹が腰を屈めて靴を脱いで居た。

 

「母さん、父さんが~」

「えっ、早く片付けないと~」


『ガサガサ、ゴタゴタ・・・』


 おやまぁ、慌ただしい限りの有様である。


「どうかしたんか?」


 徹が居間に入るまでにテーブルの上は片付けられたが、居間全体を念入りにとまでは行かなかった。


「父さんたら、こっちに来るんやったら電話してくれれば良かったのに」

「家族に会うのに一々伺いを立てなあかんのか?」

「そんな事は無いけど~」

「舞はどうしてる?」


 綾と愛は目配りに余念がない。


「愛!」

「は、はい」

「舞は?」

「あっ、友達と一緒に出ています。その辺をぶらついてるんやと思う」

「友達って?」


 落ち着きを取り戻した綾が応えた。


「N中の時の同級生です」

「わざわざここまで訪ねて来たんか」

「何処かの帰りに寄ったみたいです。突っ立ってないで腰を降ろしたら」

「うん」


 徹は一通り部屋を見渡してからソファーに腰かけた。

 愛たちの手抜かりを見過ごさなかった徹の顔色に疑惑の念が浮んでいる。

 

『カレンダーに赤丸印。棚の上には見かけない怪しい物が~。さて、何を始めるつもりなんだか?・・・』


 棚の上には例の見取り図が野放図に置かれて在る。これでは徹でなくても自然に目が行くと云う者だ。

 カレンダーの赤丸印は最早手遅れである。

 万事休す。後は問われた折々に誤魔化すしかない。


 相対する陣営の真っただ中に乗り込んで来た徹はどっしりと構えている。

 先ずはと、懐から封筒を取り出した。


「愛、ラブレターが布施の家に届いてた」


 愛はソファーから腰を上げ手を伸ばしたが心の動揺が災いしてか、バランスを崩し掛けた。


「あっ!ごめんなさい」

「な~に。・・・心ここに非ずか?」

「そんな事は有りません。それに、ラブレターでないからね!」


 愛が眉を吊り上げてそう言うと、


「それは大変失礼しました。僕にも覚えが有ったからね」


 徹の言葉は愛では無く綾の心の奥の襞を逆撫でした。

 

『今日の徹さんの言葉は棘を含んでいる。こちらの心を揺さぶり、隙あればぐさっと本題を突き付け情報を掴もうとしている』


 綾は話題を逸らせた。


「夕食はこちらで?」

「そのつもり来たんだが、間に合うかな」

「まだ時間は有るし、・・・愛っ」

「はい」

「メモ書きをするから買い物をお願いね?」

「分かりました」

「チャコちゃんはどうやろ。折角やから一緒にとは思うけど~」

「母さん。いくらあの子でも、久しぶりの親子水いらずの夕飯に入り込む事はせんと思うけど~」

「取り敢えず多めに用意するに越したことはないやろ」



 愛が買い物に出かけると、

 束の間では有るが、家には徹と綾が居残った事となった。


「丁度いい、この前の夜はどうやった。僕は満更でもなかったけどな~」


 綾は徹が何の事を言って居るのか分かり兼ねて居たが、ハタっとその顔に恥じらいを帯びた戸惑いが浮んだ。

 徹は綾と久しぶりに閨(ねや)を共にしたことを言って居たのである。

 幾ら娘たちが居ないからと云って、陽が翳り始めた時刻に話題にする事では無いだろう。

 綾は答えようが無い。アナルセックスと云う言葉を知らない訳ではなかったが、まさか、自分がそれを経験するとは夢にも思って居なかった。

 心地よかった筈が無い。快感などは蚊帳の外、ただただ痛いだけの行為だった。


「そんな事を聞かれても~」


 と応えるのが関の山だった。


 徹は綾の本心を探る様な眼差しを放っていた。

 綾の身体が何処となくむず痒さを感じ出した。

 徹はここが攻め時と話題を変えた。


「それにしても、ここは人の出入りが盛んなようだけど、そちらの計画は順調に進んで居るのかな?」


『やっぱり、興信所の人間を使ってこっちの様子を探ってたんだ』


 そう云う事には疎い綾だったが、そうとしか考えようが無かった。

 だが、徹が綾自身の素行までを調べさせてるとは気付いて居ない。


「計画だなんて、みんな舞を心配して来てくれて居るだけです」

「どう考えて見ても、郡と云う人間は場違いじゃないか」

「ご存じだったんですか。彼は私の昔の知り合いで、最近になって再会したんです」

「その彼が何の用でここまで~」

「詳しくは聞いてませんけど、愛に力添えをしてくれたそうです。そんなこんなで訪ねて来られたんです」


 徹にしては初耳だった。綾が苦し紛れに出まかせを行っている様には見えない。郡と同僚の宮からは何も聞いて居なかった。尤も、宮には愛にまで目配りをしろと伝えては居なかったので彼を責める訳には行かない。

 ただ、郡と云う名は以前に宮から聞かされては居た。その時は綾の浮氣相手の候補者として聞いて居ただけで、愛とは繋がりようが無い。


 郡との関係を細かく説明するとなれば、どうしても妹の香の名前を出す事に成ると考えた綾は、この話題を断ち切ろうと、


「ところで、今日は随分と早いんですね」

「うん。年度末の忙しさもひと段落と云ったところだ」

「それは何よりですね。私が布施に行けなくて、おまけに、愛までがこっちと成ると何かと不便だったでしょう」

「うん。それにあっちの家で一人となると寂しいもんだ。それもこれも、元を正せばアイツらのせいだがな」

「・・・ええ、そうですよね」


 二人の間に沈黙が訪れた。互いの胸の内は分かっていた。共に忌々しい限りである。勢い余った連中に娘を弄ばれたのだ。幾ら月日を重ねてもその悔しさ怒りが消えることはない。

 徹は自分の信念でもって彼らに罰を加え、加えようとしてきた。紆余曲折は有ったがその企ては半ばまで達していた。


 綾は別の方法、つまり、哲司の助言に従って事の解決に当たって来た。


 どちらも、舞を思っての事で有るが、その手段は大いに違っていた。


 二人が次の言葉を探しあぐねて居た時、舞とチャコが帰って来たのである。



 テーブルの上の四つの茶碗から湯気が立ち上っている。

 片方のソファーには徹と綾が、向かい合って舞とチャコが腰かけている。


「父さん、紹介するね。この子は山崎千亜子さん。みんながチャコって呼んでる。母さんも姉さんも前からの顔見知りです」

「うん。チャコさんでいいかな?」

「お好きなように呼んでください。どっちかと云うと、千亜子よりチャコの方が自分では合ってる様な気がしています」

「気落ちして居た舞を支えてくれて居たそうだね。僕からも礼を言うよ、どうも、ありがとう」

「いいえ、そんな風に言われても。ただ、舞は転校生やったし、たまたま隣の席になったんで、余計な世話を無理くり焼いてただけです。そうやろ、舞?」


「余計な世話?・・・うん、初めはな。何処に行くにも着いて来るし、トイレに入っってたら、『ドンドンドン、まだか?』ってやかましいし、声を掛けて来る男の子は追っ払うし、尾行はするし、お巡りさんまで呼んで来るし、何でなんでそこまでしてくれるんか分らんかった・・・そんでも、今では有難うしか有れへん・・・」


 舞の頬から涙が溢れ出していた。


 心身共に疲れ切った人間にとって、寄り添う言葉や、差し出された手の温もりは何よりも得難いものである。

 有難迷惑(ありがためいわく)と思われようがその様な行動を起こすには勇気が必要だ。簡単に受け入れられる筈も無い。だが、チャコはその余計な世話を焼き続けて来たのだ。

 天性と云えば良いのか、チャコは軽々しくそれらをやって退ける気質を持ち合わせて居たとしか思えない。


 綾はもとより、徹までがじ~んと胸を打たれたようである。


 えっ!チャコはって?

 

 くしゃくしゃに成った顔を舞の肩に預けている。


 この半年余り、他人(ひと)には言えない心の傷を共有して来た二人の胸の内に、万感の思いが込み上げても可笑しくない。

 青空法廷はお別れ会を模して行われるが、この場も別れの場となっている。

 チャコはNS商業に進学するが、今の所、舞のこの先になんの手がかりも無い有様である。


 ややあって、チャコは暇を告げた。


「遅くなると家のもんが心配するので、この辺で~」

「それもそうやな。もう少し瓢箪山での事を聞きたかったけど」

 

と云った徹の言葉に偽りはなかった。

 綾や愛は多少では有るが舞の瓢箪山での暮らしぶりは知って居たが、徹は皆目で有った。

 舞に尋ねたところで快く話してはくれないと考えての事で有る。

 心が和む話を聞きたかったのかも知れない。


 名残は尽きないのは誰しも出会った。

 殊更、舞は片手が削がれるような思いで有っただろう。


「駅まで送る」

「ええて。来馴れた道やし~」


 二人をほほえましく捉えて居た綾が何やら思い出したようである。


「チャコちゃん、ちょっと、待ってて」


 腰を上げかけたチャコを足止めした。

 一同何事かと構えて居ると、綾はそそくさと場を離れ、しばらくして、包装紙に包まれた二つの品を手にして戻って来た。


「はい、約束の定期入れ。舞の好みでピンク色にしたけど良かったかな?」

「良かったもなんも、有難く三年間使わせて貰います」


と応えたチャコの顔がすぐさま曇った。

 そうだ、舞にはその三年間が空白になって居たのだ。

 チャコは舞を気遣ってか、


「ん~ん。四五年、使う事に成るかも」

「私が追い付いたりして」

「うん、それもあり得るな。舞の定期入れには追い越し禁止て書いて置かな」

「そうやね。そんでもチャコの字やと見てくれが悪うなる」

「人様の前でそれはないやろ」


 徹は成る程といった表情を浮かべている。

 瓢箪山で二人はこんな調子で暮らして居たのだと思うと、幾らかの救いを感じた様である。


 玄関先で舞はチャコを駅まで送ると言い張ったが、


 チャコは、


「駅まで行ったら、今度はあたしが舞を家まで送りたくなる。行ったり来たりで夜が明けるやろ」

「うん、なら、聞い付けてね。それから、卒業式に行かれんでごめんやで」

「別に、気にしてるから~」

「もう・・・、またね」

「高校に通い出したら、帰りに寄るから」

「そうやね。行きはクンちゃんに合わせるんか?」

「うん、遅刻するから毎日は無理やけど~」

「程ほどに」

「分ってる。ほな!」

「うん」







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