見えるところに来てからが本番

 ショートカットの自分じゃなくて、自分の髪がばっさりと切られていく過程が好きだ。完成した髪型を大切にする気持ちは、後からついてくればいいと思っている。

 停滞した台風に対応も分からなくなった夜、翌日に美容室を予約していた私に、「ばっさり」の欲求が生まれていた。衝動とはいえその髪と付き合うし、どこまでなら思い切れるか考えて画像を探した。でも私にはリサーチ能力がない。そこで、同じような時間まで起きている友達に画像の提供をお願いした。画質が荒いけれど、自分の理想にかなり近い。いわゆるベリーショート。センター分けのショートからでも、これなら切った感じがありそうだ。

 本当に台風が来てるのかと疑うほど、朝は天気がよかった。車社会で免許だけ持っている状態の私は、タクシーを使う。運転手さんに美容室の名前を伝えるけれど、結局地名を言うほうが早かった。

「最近パーマ屋さんの名前も横文字が多いね」

パーマ屋さん、と呼ぶあたりにも運転手さんが歳を重ねていることを感じた。なぜか少し飛ばしていたタクシーは、美容室の前ぴったりの位置に停まった。

 席についた私は、さっそく質問を受ける。

「長さどうする?」

ばっさり切りたい気持ちは、秘めることができないほどあからさまだったかも。おそるおそる友達からの画像を見せた。美容師さんいわく、前髪の生え癖さえクリアできればその髪型にできる、できてしまうらしい。衝動は収まらないけれど、やっぱりドキドキはしていた。

「男の子みたいになるけどいい?」

私はどこか「男の子」に憧れがあるから、にっこりとして答えた。

「はい、思い切りやってください」

 ショート歴が長いからバリカンはもう怖くない、私って成長してる。その後、鏡では見えない後ろの髪がザクザクと切られる感触を覚えた。

「切られてるって感じだ……」

怖いけれど、それを楽しんでいる。それは、男の子のような髪型を女の子に注文された美容師さんもきっと同じ。

「切られてるところはまだ見えないですし、見えるところに来てからが本番ですよね」

怖い気持ちをごまかすようにそう話していると、横の髪がクリップで留められた。ここからだ。

 以前刈っていた耳周りはそのままで、耳を隠していた長い髪は耳よりもはるかに上で切られた。さっきよりもドキドキしている。頭のてっぺんの髪も短くなった。美容師さんのハサミは、これまでベリーショートが怖かった一番の理由である前髪に巡ってきた。ハサミの先で少しずつ切られていく。耳にかけられるほどあった前髪は、おでこの真ん中ぐらいまでの長さになった。

 カラーとシャンプーも終えた美容師さんは、私の髪にワックスをつけてくれた。高校のクラスメートが持ち歩いていたけれど、私には使い方が分からない。そこで尋ねてみると、髪をワシャワシャすることだけは分かった。

 仕事が早く終わったらしく、父が迎えに来てくれた。変化には驚いていたけれど、「れなが気に入ったならいいよ」の言葉は温かかった。帰りにドラッグストアで買ったワックス、うまく使えるといいな。ベリーショートと仲良くなるための期間、始まります。

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