遠方で駅近のくまざわ書店
この頃の私は、個人書店巡りを趣味にしている。もちろんチェーン店も好きだけど、もっと書店ごとの個性を見たいとも思っている。本屋ゼロの自治体が増える中で、チェーン書店が二つもある市に住んでいる私は恵まれているのは分かっているけれど。
少しだけタイムスリップして、私は高校三年生。秋から冬に変わるころと言えば最適かな。第一志望だった大学の入学試験の日は、受験期なのに短歌を作ってばかりの私に付き合ってくれた友人の誕生日でもあった。その前の夜、新幹線を降りた私が入ったのは大きな商業施設。プレゼントは、そこに一店舗はあると予測して本屋さんで買うと決めていた。実際にあったのはくまざわ書店、地元にはない。薄手のコートを羽織って過ごす秋のような温かさを持った店内には、自己啓発の香りはあまりしなかった。現代短歌のアンソロジーを左手に一冊持って、パスケースも添えようと文具コーナーを見渡した。パスケースは、いつも喫茶店に行くのに飲まないカフェオレのような色。ICカードの普及していない地域に住んでいるけれど、どこかで聞いた「よく東京に行く」の言葉は覚えているから、改札で使ってほしいな。プレゼント用の紙袋にはえんじ色と紺色があった。くまざわ書店にしては珍しいと思って紺色を選んだ。
その駅にはたくさんの路線が乗り入れているのに、大学に向かうモノレールがどこよりも混雑していた。ここにも自動改札があるんだなと思いながら、もちろん利用したのは一回限りの切符。小論文の試験、時間に追われて内容も文字も乱雑になったけれど、楽しい気持ちは大きかった。帰りの新幹線で触れたくまざわ書店の紙袋、やっぱり温かいものだった。
融通の利く私立高校で、登校は体調しだいだった私たち。いつもの喫茶店に寄り道したのは火曜日だった。授業は三時半に終わるのに、店を出るのはいつも八時や九時。移動を加味してもかなりの長居をしている。その場で開けてくれたときの、直接当たった暖房、寒色であるはずの紺色、友人の声、すべてが温もりに満ちていた。その後にこんな短歌ができた。
遅くまで話せる日々のお返しに紺のくまざわ書店の袋
結果が思うようでなかったことは、「第一志望だった」の言葉で予想できたはず。進学した大学に行けなくなる未来もこの後にあるけれど、受験を忘れるほど短歌に夢中だった高校三年生の二学期が、私の目標を作ってくれた。どんな形であっても、温かい文章を届けられる文筆家になれたら、私は思っている。
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