第5話 他人を尊ばず

「うーん……」


 前にいるメイが悩むような仕草をする。

 先ほどの店を出たときからかれこれ10分はこんな感じだ。

 武器も買ったことだし町の外に出て剣を振ってみたいのだがメイがこんな感じでは行けそうにない。

 メイはなにか悩んでいるようで「ここから王都まで……」や「配信もしなきゃだしなぁ……」などと呟きながらぐるぐると同じところを回っている。

 王都とか配信とかはよくわかない。よくわからないことは聞くのがいいのだろうが……まぁ後々聞くことにしよう。

 人の悩み事に関わるわけにはいかないので特に触れない。


 ……だがこのままでいられるのも少し不愉快だ。

 

「あの……もうそろそろいいですか?」

「……あっごめんごめん」


 声をかけたことでようやく目が合う。

 

「これからどうすればいいのでしょうか」


 そう、一番聞きたいのはこれだ。

 剣を振るにしてもそれ専用の操作があるのではないかと予想したのだ。


「まずはね、スキルツリーからスキルを取るんだよ」

「スキルツリーといえば店の中で言っていたあれですか」

「そうそれ。とりあえずUI開いて」

「……UIとは」

「なんかメニューみたいなやつ。あれUIって言うの」


 その言葉に納得しながらメニュー……もといUIを開く。

 一番上には今の私そっくりの立体模型があり、その横には【HP】【MP】といったバーが並べられている。

 さらにその下にはステータス、クエスト、持ち物など様々な欄があるのを目にする。


「右下にスキルツリーってのがあると思うんだけど」


 ワタシがメニューを開いたのを確認したメイは覗き込むようにして師事を出してくる。

 言われた通り右下に視線を移動させると【スキルツリー】と書かれている項目を発見する。


 それをタップすると無数のアイコンが表示される。

 だがその多くは鎖のように縛られている。

 まぁロック状態ということだろう。それでこのロックを外すにはさっき言っていた条件をクリアする必要があると。


 今開放できるのは【片手剣】【魔法:火】【弓】【斧】だ。

 まぁワタシのステータスは初期値なのでこれは初期の解放できるスキルの全てなのだろう。


「とりあえずは片手剣……」


 片手剣をタップするといくつかの項目が表示される。

 そこには多くのことが書かれていたがその中でも気になるのが1つあった。


 ――スキルポイントが50必要。


「スキルポイント」

「あぁそれ外にいるエネミーとかを倒してレベルを上げるともらえるんだよ。だけど初期は50たまってるから今は気にしなくていいよ」


 そういうことらしい。

 気にしなくてもいいということなので遠慮なくスキルアイコンをタップする。

 押した瞬間そのアイコンから一本の直線が出てくる。だがすぐに二本、三本と次々枝分かれしていく。

 そしてその分け目にはまたアイコンがある。


「これがスキルツリー……」


 確かにこれは木のようだ。


「スキルとったー?」

「あっはい」


 スキルを取ったか確認してくるメイ。

 片手剣の上にあるスキルは2つだがそれらはポイントが足りなくて取るのは不可能だ。

 あとすることは特にないだろう。


 そういえばメイとは武器選びまでだったな。

 武器だけじゃなくてスキルについてまで付き合ってもらってしまった。


「それじゃあこの辺で……」

「よっしゃー!それじゃ!レベル上げとしゃれこもうぜぇ!」

「……え?」


 メイが当たり前のように声を上げる。

 

「あ、あの……付き合ってくれるんですか?」

「ん?……あぁ、私も直前まで迷ってたんだけどね。やっぱりこのままコーチングしてあげよっかなって。……迷惑だった?」

「……いえそんなことは」

 

 正直助かる。

 これからどういう動きをすればいいか分からないし、先ほども言ったエネミーというものがどれかもわからない。

 

「それじゃあ行こうか」

「……ッ」

 

 声が出なかった。

 そこまで他愛もないことのはずなのに驚愕がワタシの脳内を支配していた。

 メイともまともに目線を合わせることができない。

 ついさっき……店に入る前にもこんなことがあった。

 なぜこんなことに……。


 ――いや理由は明白だ。


 未経験を急に体験するということはしょうもないことと頭では理解していても驚くことだ。

 ただそれが起きているだけだ。

 相手に気遣われることなどワタシにとっては初めてのことだ。


「ど、どうしたの?」

「本当にいいのですか」


 つい自信がなくなってしまう。

 貴方にも都合がある。ワタシに構わなくていい。


 ――ワタシも他人を気にしたことなんてないから。


 そんな言葉がのどまで出かかる。

 それほどまでにワタシは他人を知らない。

 だからこそ。

 

「いいに決まってんじゃん!」


 その言葉を聞くとワタシがぶれそうになる。

 感慨など不要だと、他人など不要と断じたワタシが。


 ――――

 

 結局それからは何も気にすることなく話は進み、一緒に街の外に行くことになった。

 街の外へはもともと入ってきた入り口と対象の位置にある門から出た。

 そこには広大な草原が広がっていた。

 現実では見たこともないようなそんな草原だ。


「いよーっし!それでは授業をはじめまーす!ぬるっふっふっふっふっ……」

「なんですかその奇妙な笑い声」

 

 メイとワタシは現在その草原のど真ん中にいる。

 少し遠くにさっきの街が見えるがかすんで見えるほどである。


「はい、注目。まずはお手本から見せようか」

「お手本ですか」


 懐から先ほど買ったと思われるナイフを出すメイ。


「ゲームの中と言えど体をなれない行為で動かすことになる。お手本でも見ないと上達しないでしょ」


 正論だ。

 だがそれは少し妙でもある。


「メイみたいにお手本を見せてくれる知り合いがいない人はどうするのですか」


 お手本がないと上達しないといった。

 それならその前提がない人はどうするのかという至ってシンプルな疑問だ。


「そこなんだよねぇ……貴女と出会ったとき『よりにもよってこのゲーム……』って言ったでしょ?」


 確かに言っていた。

 ワタシはなぜそうなるかと疑問に思っていた。


「このゲームは所謂上級者向けのゲームでね?ここに1人で来る人は他ゲー触ったことある人だし、それ以外の人はこのゲームに知り合いがいる人なんだよ」


 なるほど。


「ま、そこはいいでしょ。なんせ私みたいなパーフェクト・ティーチング・ガールがいるわけだしぃ?」

「自己評価高すぎません?」


 言葉に合わせてセクシーポーズを取るメイから視線を外して草原の方に目を向ける。

 草原……は草原なんだがいくつかおかしい点が見受けられる。

 見たことない生き物がいる。結構多く。

 なんかぶにょぶにょとしてて、それでいてぬちょぬちょという効果音ではなく、ポヨンポヨンというのが似合いそうな進み方をしている生き物だ。

 

「あぁ……あれはスライムだね。知ってる?」

「……洗濯ノリとホウ砂でできる?」

「いやそれじゃないよ」


 ワタシの知るスライムはそれなのだが。


「スライムも知らないなんて純度100%だね」

「純度……?」


 スライムとはゲームではそこまで有名なものなのだろうか。

 とても奇妙な生き物だ。


「まぁあれがエネミーだね。……こんな風に、っと」


 メイの手からナイフが放たれる。

 それは引っ張られるようにスライムの中心に刺さる。

 たちまちスライムはポリゴンになって消えていった。


「体力も少ないし鈍足で逃げないから初心者向けのエネミーだよ、ほらそこにいるから試しに切ってみてよ」


 メイが指さす先には一匹のスライムがいる。

 

「切る、か……」


 スライムを見下しながら呟く。

 切るという行為は特に体験したことはない。生きたものに刃を下すなどしたことはない。

 

 集中する。

 眼前の的に刀を振り下ろすために。

 口から自然と息が吐かれ、体の中の空気が丁度よくなってくる。


 周りの音が消え、ワタシの視界には前のスライムしかいない。


「ふっ……!」


 流れるように振り下ろした。

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