第2話 一歩を踏み込む

 意識が蘇る。


 寝起きのように少しだるい体を起こし瞼を上げる。

 そこは目の前5mほども見えないほど暗く、外ではないことが容易にわかる。ふと意識を体に移してみると水が滴っていることがわかった。

 水が張っている、どこかの水たまりの上なのだろうか。というか……暗い。

 周りが見えないと何もできないぞ。

 夜とは思えないな。太陽も月も星も見えないとなると何かの中なのだろう。

 周りも嫌になるほど静かだ。

 立ち上がってみる。


「よいっ……しょ」

 

 どこか質素な服から水が滴り、地面の水たまりに落ちる。立ち上がってみたものもよくわからない視線の高さが上がっただけで何もわからない。


 瞬間、自分の背後で石臼のような重い石同士がこすれる音が重く、大きく響く。


「なにっ……?」


 急いで視線をそちらに向けると一筋の光が暗闇にさしていた。

 いや一筋の光とは言えないのかもしれない。

 その光は時間が経つにつれ大きくなっているからだ。石の扉のようなものがゆっくりと開いているのだろう。

 そうか、石に包まれた遺跡か何かの中にいたのか。

 扉が開くにつれ光が強くなり、眩しくて目を反射的につむってしまう。

 暗いところにいて目が慣れてしまっていた。

 思わず人間には普通ついていないも反応してしまった。


 光に目が慣れ白い視界が普通に戻る。


 外に歩を進める。

 一番最初に見えたのは緑、そして茶色。言わずもながら草と土である。視線を上げると木がこれでもかというほど生い茂っている。

 森……だな、間違えなく。

 初期の出現地点が森とは、本当に現実からかけ離れているんだな。

 周りをキョロキョロと見回りていると真後ろに石でできた質素な遺跡があった。

 ここが私の出てきた場所か。なんというか……普通の歴史の教科書で見たころあるような普通の遺跡だな。

 遺跡の中には水が張っている。覗き込んでみるとそこには黒の猫耳少女が映っている。


 そう猫耳少女である。


 なぜ猫耳少女かというと単純に新鮮みを感じてみてみたかったからである。

 ちなみに猫耳少女ではなく【獣族】というくくりらしい。特に説明も見ずに選択したけどまぁ悪くはないかな。

 髪と目の色は現実と同じ黒で髪型は普段のポニテを解いたロングだ。

 ファンタジーというだけあって戦闘はあるのだろうから邪魔だったらまとめよう。


「そういえばさっきからずっとあるな……


 ずっと点滅している矢印。それはワタシの後ろ……遺跡からみて前方を指している。多分ガイド的なあれなのだろう。

 そういうことをしないと初心者も迷うだろうから。

 

「こっちと……」


 一歩一歩進める事になるザッザッという音は現実と遜色ない音で再現性が高いことが初心者でもわかる。

 さすが今のゲーム界トップに君臨するゲームだな。

 リアルから入る瞬間が知覚できなかったら本当に現実と勘違いしてしまいそうだ。

 しばらく歩いていると曲がり角に当たる。

 道は右に進んでおり、マークも右を指示している。

 ワタシは初心者だし、ここで従わない理由はない。ここは指示通り右に進もう。


「もうそろそろ……?」


 マーカーがチカチカと点滅をしている。

 終わりが近いのだろうか。ゲーム初心者のためこの勘は間違っているかもしれない。

 まぁこの点滅が案内の終わりを指し示しているかは定かではないが、変化が起こっているということは何かしらが起こるということだろう。

 正直少し森にも飽きてきたから終わってほしいのだが……。

 

 ぶらぶらと点滅しているマーカーに従い道を歩いていると前に森が開けている場所が見えた。

 

「あれが終わりかな」


 やっと……。

 少しため息をつきながら速度を一定にし進む。


 森を抜ける。


 ――――

 

 赤、黄、青、藍、水、茶。


 色彩あふれる世界。


 広大な湖沼、激烈な火山、雄大な大地。


 抑揚のある大地。


 そこには多くの動物が闊歩している……なんかよくわからないやつもいる。

 

 そしてところどころに人間の生活圏とも思われる建物の集合体も観測できる。


「おぉ……」


 似合わない感嘆を上げるほど幻想的なその光景。それは紛れもなく現実にはない自然あふれる世界だった。

 正直、森を歩くぐらいでは特に実感がなかった。そりゃ現実にも森とか山とかは普通に現実にある。だが、こんな自然が自然たるべき姿である光景など近代日本にはそうない。


「こんなの本当に再現できるんだ……」


 正直下に見ていたのは否定できない世界。

 だがその世界は思ってたより現実に似ていて、思ってたより現実とは違っていた。


「まずは街に向かうかな」


 一歩を。


 未知を知るための一歩を。

 

――

 

「うっわ……すごい……」


 さっきの場所は山の上だったっぽくて今はその麓にあった街に来ている。

 街は中世のにぎわっている街のような雰囲気でこの世界によく合っている。

 しかし普通の街ではなくしっかりと城壁に囲まれている。これは外敵対策てきなあれなのだろうか。動物とかにしては少し大げさなような気がする……。

 街の入り口には警備兵がいたがよそからの人間なのにすんなりと通してくれた。おいおいそれで大丈夫なんか警備員さん……。いやこの世界自体が平穏なのだろうか。

 

 入り口からは大きな大通りが続いている。

 その進む先には噴水があり周りには椅子や花壇があり、広場のような雰囲気を感じる。

 通りの沿いには屋台のような出店が多く出ており、そこにはみずみずしくておいしそうな野菜や果物、剣や弓のような武器、すこし怪しげな薬が売っている。

 そしてそこの前には多くの人々が商品を見ており、店主と客の間では良きコミュニケーションがとられているように見える。

 電子機器もなく直接話す機会が増えるこういう世界ではコミュ強が増えるのだろうか。いやここは電子機器の中なのだから関係ない?……ややこしい。忘れるか。

 

「っと……もう噴水についちゃったか」


 歩いていたら噴水まで来てしまった。

 噴水広場……なかなかに趣があってきれいだ。まぁだがワタシは観光のためにこの世界に来たわけではない。

 早速だけど準備を……。


「ん……?」


 準備……。


「何の準備……?」


 そういえばこのゲームの主体……所謂メインテーマってなんだっけ。え……本当になんも思いつかないんだけど……。


「いやうん……きっと伯母が言ってるはずだ……きっと……」


 頭の中で伯母との会話を思い出す。そうそう、伯母はしっかりとこのゲームは本格RPGと……。


「そういえばRPGってなに……?」


 あの時は話なんて珍しいから深くは聞いてなかったけど、今改めて思うとRPGなんて言葉、ゲームとかサブカルチャー方面を触ったこともない人間が知るわけないだろう。


「ちょっとそこの君、挙動おかしいけどどうしたの」

 

 まずは食糧?いややっぱり寝床の確保とか?


「……おーい?」


 伯母に1回話を聞きに戻るか?


「おーい!」


 いやいやここには伯母はいないわけだし……そもそもどうやって現実に戻るんだ?本当にワタシ何もしらないな?


「……」


 いったん探索をしてそれから何をするか決めよう……うんそうしよう。さぁ一秒も惜しい早速行動を……。


「おーいって……言ってるでしょっ!!!」

「へぶっ!?」

 

 瞬間、ワタシの顎に下から大きい衝撃が走る。

 視界が青一色になる。

 その青はだんだんと近づいてくる……いやワタシが吹き飛んでいるのだろう。

 どうやら下顎に受けた力は馬鹿みたいに大きかったらしく上方向に吹き飛んだのだろう。いやはやこの世界ではこんなこともあるのだろうか。本当に摩訶不思議……。

 

 ……あれ?これは結構ピンチでは?

 

 体が急激に落ちる。

 その行き着く先はもちろん石のタイル。


「ふにゃっ!」


 見事な放物線を描いていたワタシは豪快に頭を石タイルにぶつけた。ゲームの中だったとはいえものすごい衝撃だった……現実だったら確実に死んでいるだろう。なんでこんなことになっているんだ。


「やばっ……こんな吹っ飛ぶってことは初心者さんだった?」


 すぐそばで誰かが喋っている。どうやら声からして女性なのだろう。


「えーっと……立てる?」

「あっはい」


 手を差し伸べられワタシはようやく自分が寝っ転がっていることを思い出した。

 差し伸べられた手を取り起き上がる。ホコリ等はついていないらしくこれもゲームならではだなぁと思う。目の前には金髪ミドルの女性がおり、ワタシのことを観察するようにじーっと見ている。


「あの?」

「やっぱり初心者さんだよね……?――ん?なになに?」


 女性が目線を合わしてくる。

 顔はやさしい感じな表情をしている。


「貴女は誰でしょうか?」

「……んえ?あぁいやそうだよね初心者さんだもんね。私を知ってるわけないか」


 髪を手で靡かせ、胸を張る。


「私はメイ。魔法使いやってるんだ」

 

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