仮想世界に魅せられて〜剣豪少女はネット界に名を刻む〜

なすびづくめ

第1話 少女は電脳の中に

 ――刀を振るう。


 ただ何も思わずに、繊細な一太刀を。

 

 ――刀を振るう。


 周りの音などないに等しく、ワタシの音すらも何処かに消えた。


 ――刀を振るう。


 感慨など刀に不要である。


 ――刀を振るう。


 他人などとうに消えた。


 ――刀を振るう。


 この刀に重さなどなく、自分の意志の下でしかすることは許されない。


 今までも、これからも。


  ――――


「ふ……あぁ……」


 カーテンの隙間から刺す光で目を覚ます。


 春を経て現在は7月。

 普通に高校受験を越えて高校生活を一年過ごしたワタシ【南雲楓】は高校二年生である。

 そして7月と言えば夏休みに入り始める時期。高校二年生と言えば意識が高い人は受験勉強を始める時期であるが大半の人が部活を頑張る時期であろう。

 

 しかしワタシは部活をしていない。

 興味のあるスポーツもないから。剣道はスポーツであり、剣術は戦闘術なのだ。

 そういうわけで夏休みはすごい暇なのである。

 ……え?友達と遊べばいいものも悲しいことにワタシには友達と言える人間が一切存在しないのだ。


 前置きが長くなってしまったが要約すると友達もおらず、されど部活もないワタシは夏休み中することがないのだ。


「……暇だな」


 部屋のドアを開け一階へ降りる階段に向かう。

 今住んでいる家は伯母が祖父母の土地を受け継ぎ、そこに建てられていた二階建てのものである。

 都心より少し離れたところにあるが交通面はそれなりによく通学通勤には困っていない。

 

 一階に降りるとキッチンに料理をしている伯母を見つける。


 伯母は優しい人だと思う。

 、誰よりも早くワタシのことを心配し、引き取り先になってくれた。

 

「ご飯作ってるから座って待ってて!」

「わかった」


 正直言うとワタシは伯母に対して保護してくれたという感謝しか感じていない。

 伯母側は私と家族のようになりたいらしいのだが、それに答えることができない。


 キッチンから一番近いテーブルに着き静かに待つ。少しすると目玉焼きとその他諸々が乗った皿が運ばれてくる。


「じゃあ食べましょうか」

「うん」


 手を合わせて小声で「いただきます」と呟く。何も考えずに目玉焼きをつつく。

 

「ね、楓」


 伯母が笑顔を向けていた。

 いつの間にか伯母の皿には料理がなかった。

 そこまでワタシは考え事をしていたということではなく、伯母の食べる速度が速いのだ。

 決してワタシが遅いわけじゃない……多分。


「なに?」

「後で少し渡したいものがあるから身支度が終わったらリビングにまた来てくれる?」

「……わかった」


 どうやら伯母から何かあるようだ。

 伯母とは食事時などの面と向かい合うときしか喋らないし何かを誘うなどということもなかったため、今回の誘いは少し衝撃的である。


 その後はいつも通り静かな食卓だった。

 伯母も少し笑みを浮かべながら食事を食べていたので件の誘いはそこまでマイナスなものではないのだろう。

 

 食べ終わった後食器を台所に運ぶ。

 どうやら伯母は上の部屋にものを取りに行くそうなので食器を洗った後も少し時間がかかるらしい。

 

 部屋に戻ってもやることはないしここで待機してようか。

 最近はリビングも食事以外来ることもなかったから妙な懐かしさがある。


「おまたっ……せ!」

「……おぉ」


 そうすると自らの部屋から伯母が帰ってきた。

 その腕にはそこそこの大きさの段ボールが抱えられている。

 その大きさに反して伯母は少し重そうにしている。

 それだけの密度……もしかして電子機器の類?そうすると重いのも少し納得できる。


 伯母はその段ボールをテーブルの上に置き、私の方にスライドしてくる。

 目の前に来たこれはなんなのだろうか。

 大きさ的に炊飯器……?いやそれにしては大きすぎるし、そもそもワタシを呼ぶ理由がない。


 では一体……?

 

「……これは楓にプレゼント」

「ワタシに?」

「そう。開けてみて?」

「うん」


 段ボールのテープを丁寧に剥がし、段ボールを解体していく。

 中に入っていたのは六面体の機械とヘッドセットのようなもの。

 中を見たところでワタシには検討がつかない。

 機械……なのは間違いないのだろうが生まれのこともあり機械はこの方スマホとか冷蔵庫などの生活に必要なもの以外ほとんど触ったことがないのでどのようなものなのかはさっぱりわからない。


「これ、何かわかる?最近の若者で流行ってるって聞いたんだけど……友達とかと話って」

「フゥゥゥ……」

「……ま、貴女の友人関係について口出しするつもりはないわ。よほどの危険なことがない限りね」


 危険なこととかそういうことの前にまず前提の友達が一切いないんですよねぇこのワタシには。

 ……なんか心にグサッてきたな。

 まぁ今は目の前のことに集中しよう。

 えぇとこれはなんなのかって話だったっけ。正直全然わかんないな。なんだこれ。


「その様子だとわからないみたいね」

「……うん、わかんない」

「これ【ダイブ型VRヘッドセット】って言うの」


 伯母は私を見据えて言う。


「貴女、仮想現実に行ってみない?」


 

――――


「VR……」

 

 リビングでダイブ機械を受け取った後、ワタシは自室に戻っていた。


 【VR技術】

 

 現在の2100年より15年ほど昔、ある世界的IT企業が開発した電子的データで作られた完全3次元空間を作り出す技術である。

 その技術はすぐ世界的に話題になり一時は制限がかけられ一般には程遠い存在になっていたが、つい六年前に厳重な規則の元その制限が取り払われ普及が急速に進んでいった……らしい。


 まぁ剣術しかないワタシには関係のない話。


「と、思っていたんだけどなぁ……」


 夏休み、ワタシが友達がいなく暇なことを伯母は察していたらしく、この機会にとワタシに端末を買ってきたらしい……それも買い替えができるだけ無い様に最新型を。


 VRの存在はさすがに知っていたが、その端末がこんなヘルメット型だというのは知らなかった。

 付属で着いていた四角い機械――どうやら高スぺpcらしい――が処理を主に担当しているらしくこれがないと入れないとのこと。

 伯母の自室にもこの機械はあるらしくて仕事などで使っているらしい。

 なのでこれの使い方はリビングで教えてもらった。


 自室のベッドに近いコンセントにpcを接続し、本体はベッドの側に新しく設置した台に置く。そのままpcにモニターとキーボードを接続する。


「アカウント設定……は必要ないんだっけ」


 初めて起動されたpcにはアカウント設定が必要らしい。

 だがそこらへんは伯母が事前に起動して済ませたらしく、そのままスムーズにデスクトップ画面に行く。

 デスクトップにはデフォルトでついているアプリのショートカットがあるが、その中で1つだけ異質なものがある。


「Rercadia……」


 【Rercadia】とは。

 本格型MMORPGを謳っているダイブ型ゲーム。

 そのダウンロード数は国内で№1を記録しており、その人気具合が伺える。……と伯母が言っていた。


 そう、言っていたのだ。

 なぜそんなに言い切れないのかというと……ワタシは生涯においてゲームというものを1回も触ったことがないのである。

 なのでこれから何が起きる。


 ショートカットを介してアプリを起動させる。

 起動したのを無事確認した後ベッドに移動し、ヘッドセットを頭に着ける。

 少しの違和感もあるがそんな物すぐになれるだろう。それ以上にワタシは行き先である世界のことで頭がいっぱいなのだ。

 そのままベットに横たわる。


 甲高い音が鳴り、微かに排気が始まる。


 それとともに意識が電子の海へと沈む。


 今飛び立つは現実とは違う人工の異世界。

 

 そこで私は何を見るのだろう。

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