酒と女とゲームサークルと懐旧

あるまん

ほろ酔い気分で回想

 なつのよる。いや今の様に夏じゃなくても二、三カ月に一度程度の頻度で酒を呑みたくなる時はあるが、度数高めの缶チューハイ一缶で満足してしまう。葡萄味、桃味の様な度数低目で果物味が濃い物ですらアルコヲルの苦みに不快さを感じてしまう為、同じ味のジュースとの二択ならば確実にジュースを選ぶであろう。他の酒類はまず好んで買う事もしないが、ウヰスキーや日本酒の様な二十度を越える物は十年単位で呑んでおらず、かといって麦酒の様に苦く量を呑まねば酔えない物は、濃い味付けの食事やおつまみ等用意されてない限りは拷問とすら考えている。

 世間的に僕は下戸と迄は言わないが酒に弱い人に分類されるであろう。碌に仕事もせず友達も少ないので呑むという行為すらしなくていい筈だが、何故か無性に呑みたくなる時がある。季節や時間、温度、何らかの慶事弔事の有無は関係無く、精神的に酔わねばやっていられない訳でもないのに何故か、である。

 思うにやはり酔うという状態其の物が気持ちの良い事だと理解し無意識に其の状態を欲しているのであろう。前記通り苦みが不快な為、若しかすると錠剤等に加工した物があるならば其れの方が良いし、血管に直でアルコヲルを注射する方がいいのかもしれない。そして気持ちよくなれるのなら他の薬剤でもいいのであろう、我ながら危険な考えだが。


 今もほどほどの感覚に包まれていると、とある出会いを思い出す。無論酒の力を借りずとも時たま思い出すのだが、この様な時のがより鮮明に思い出せる気がする。


 部活にも入ってなく進学する気もなく、就活もまだ活気溢れていて将来に対する不安も危機感もなかった思春期。

 僕は当時からゲームオタクで不良の影に怯えながらもゲームセンターに通い、毎月の様にゲーム雑誌を買っていた。其の雑誌には編集者の出す御題に沿った読者の文や、ゲームキャラの葉書イラストを載せるコーナーがあり、同好の士を集うサークル活動紹介のページもあった。僕は趣味だったイラスト……其処に毎度掲載される程上手くはなく、かといって他の人に見せたい承認欲求を抑えきれなかった時、彼女の描く美麗なイラストと、運営するサークルの紹介葉書を見かけた。ゲームのみではなくアニメ・漫画等含めた俗にいうの募集で、自分の好みと彼女の絵・好きな作品が合致していた為、少しの考慮の末参加したい旨の手紙を送った。

 数日後歓迎の手紙と共に、サークルの参加要項と活動内容、募集する原稿のサイズ、締め切り等が書かれた紙が同梱されてきた。二カ月に一冊程サークルメンバーのイラストやフリートーク・漫画や小説を載せる会報作りがメインの無難な活動内容だった。僕と同時に集まったメンバーのイラストレベルはピンキリといった感じで、プロと遜色のない程上手い人もいれば、正直子供の落書きと同等な人もいた。僕のイラストは客観的判断で可もなく不可もなく、増長する事も無ければ周りが上手過ぎて凹む事もない程度だったと思う。其の中でもやはり、代表である彼女のイラストが一番好きだった。女性らしい、というと今はセクハラになるかもしれないが、繊細なタッチと可愛い絵柄、細部まで手抜きなく描かれた衣装や背景……お互い好きだった作品が共通していた為イラストの感想を言い合ったり、漫画の内容を熱く語り合ったり、偶に合作をしたりもした。彼女から送られて来た生原稿は美麗で、トーンすら碌に扱えない僕は感動しつつも、其のイラストの横に描く事はどんな試験を受ける時よりも緊張した。其の甲斐あって当時の僕としては自慢出来るLVで描けたと思う。やはり好きな(絵の)人と共作をするというのは何よりも強い成長促進剤だなぁ、と思った。

 サークル活動も一年近く過ぎ慣れてきたとある夏の日、彼女から今度同人誌販売会、解り易く言うと地方のコミックマーケットの様な物に参加する、其の時会えませんか? という手紙が来た。彼女は僕と同じ県の県庁所在地に住んでいて……断っておくが其れ目当てで彼女のサークルを選んだ訳ではない……電車で小一時間程の場所だったので、特に考えなく是非会いましょう、という返事を返した。当時は今よりは痩せていたが其れでも下の中~上程度の容姿で、生まれてこのかた彼女処か匂わせすら一度もなく、オタク特有の二次元の彼女が居るから現実の女には興味持てない状態だったので、女性に会うという事に何も感じる事が無く、いつも通りの野暮ったい格好をして向かった気持ちは、ただ僕と同じ様にイラストを趣味としている人に会いたいというだけだった。


 当日電車に揺られ待ち合わせの場所に向かう……駅に着き、出迎えてくれた彼女の姿に……


 後頭部をバールの様な物で殴打された気分になった。


 芋臭い同級生女子共とは比べ物にならぬ、芸能人かと見間違う程のお洒落な服を着て、軽くウェーブのかかった栗色の長髪を風に揺らし、つり目がちな瞳で此方を上目使いで見てくる美少女が其処に居た……勿論TVでアイドル等は見ているし、この街にも何度も訪問し都会の女性に免疫が無かった訳ではない、でも、正に彼女の様な娘の事を「美人」というのだろう。サークルの会報で僕の思春期特有の下世話な話でも笑って返事してくれ、時たま僕のリクエストで好きだったキャラのあられもない……まぁ下着程度だが、そういう物を描いて下さったのが目の前の彼女……僕は途端に何て事をさせてしまったのか、と目の前を走る車に飛び込もうと思う程恥ずかしくなった。僕と同年代で化粧をしなくても綺麗だろう肌と顔を薄桃色の口紅が更に引き立てていた。

「早速、向かいましょうか?」

 子猫が母を呼ぶ様な愛らしい声だ。ゲームで聞き慣れた声優の声とはまた違う、優しく導いてくれる其の美声に、僕は吃音がちの声ではい、と返事するしか出来ず、其の動揺を悟られたくなかったのか挙動不審に廻りを見つつ、小柄な彼女の歩幅に合わせて会場へと向かった。

 其の間も、会場に着いてからも改めて自己紹介し合う様に色々な話をした筈だが正直よく覚えていない。女子と喋り慣れていないオタクとしては頑張って相槌を打っていたと思うが、自分からは今やっているゲーム、見ているアニメ等会報でさんざ喋った事しか話せず……多分に、いや絶対つまらない男だと思われただろうな……彼女は邪気を微塵に感じられない笑顔で笑ってくれていたが。

 対照的に彼女の話はとても刺激的で、会報の延長線上的なオタク話もそうだが、家庭環境や学校の話、昨日見たTVの話、友達の女子と行ったお店の話、今思えば他愛もない世間話なのだろうが、田舎者の僕には慣れていない女子との会話という事も相成り、此処は本当に同じ国なのか? 彼女の口紅と同じ薄桃色の霧に包まれ異世界に迷い込み、其処で出会った麗しき精霊に惑わされてるのではないか? まぁ其の様なハイカラな比喩を思いついた訳ではないが、僕は其の話に、いや彼女其の者に魅せられていた……。


 無事に? 販売会が終わった夕刻、まだ残暑冷めやらぬ八月、涼しい店内で食事でもしましょう、という事になった。この県発祥のハンバーグ・レストランに入り注文をし、待っている間にお互いのを確認ついでに、即興で合作をしましょうという流れになった。彼女は慣れた手付きで紙ナプキンを広げ、細いマジックペンですらすらと絵を描き始めた。其処には確かに会報で見慣れている彼女の絵が描かれ、僕のお気に入りのキャラが描かれた。10分程で描かれた絵を渡され、僕も普段下書きから気を付けないと直ぐバランスが崩れるのを気にしつつ、実際の会報での合作時の数倍緊張しつつも、彼女の好きなキャラを必死に思い出しながら描いた。其れを見た彼女は

「嬉しい♪ 大事にしますね♪」

 と外の太陽より眩しい笑みを浮かべてくれた。其れに当てられた僕は熱くなり、何か飲み物を頼もうと碌にメニュー表を確認せず追加注文した。彼女は一瞬吃驚した顔をしたが、特に何も言わずにいた。直ぐに運ばれて来た、自分としてはメロンジュースと思っていた物……此処迄来ると解るだろうか? そう……初めて飲む甘みの中若干の苦みを感じる、年齢確認もノーチェックで来た飲み物を、僕は紅潮した顔を覚ます様に飲み干した。


……


 此処からは記憶が曖昧だ。

「大丈夫ですか? 今日は近くのホテルに泊まっていくので、少し休んでいきますか?」

 彼女はそういうと、僅か数パーセントの、度数低目で果物味が濃い物で足取りが覚束なくなった僕を誘った。其の時の僕は一応は固辞しつつも、結局彼女に二の腕を抱きつかれ向かったと思う。歩いて数十分の彼女の泊まるホテル、彼女の部屋に着いた瞬間、僕はおう吐してしまった。とんでもない事をしてしまったと謝る僕の背中を優しく摩り、彼女自身にもかかってしまったのに嫌な顔せず処理をしてくれ、

「汚れてしまいましたね……お風呂、入って行ってください……」

 と言われた筈だ。判断力も鈍っていた僕は素直に彼女の部屋の浴室に入り、シャワーを浴びる。其の時の状態は服も碌に脱げなかった筈だが、何故か上着は勿論、下も履いていなかった筈だ。そして数分後、ガチャリと浴室のドアが開き……今まで見た事のないうつくしきものがそっと、僕の背中にぬるり、とくっついてきた……ぼくはかんがえないようにしたが、そのうつくしく、あたたかいものはそっとぼくのてからしゃわーをうばい、

「あらってあげますね」

と、こねこのようなこえで……ぼくのあそこを……


……


 何時の間にか自宅に戻っていた。まさかこれまでの出来事は全て白昼夢か? とも思ったが、連絡もせずに外泊した事を親に怒られたのと、背のバックパックにしっかりと戦利品が残っていた事、そして……ホテルのシーツの上で二匹の獣がまるで御互いを貪り食う様に激しく、獣臭と粘液に塗れた行為をした、彼女の体温、汗の臭い、荒い吐息、そしてシーツに付いた血痕……其れらの記憶が夢を否定した。


 ……この様な事があった後、直ぐさま彼女にお詫びの手紙を書いたが、

「気にしないでください、私から、ですから……」

 という返事ののち、何事も無かった様に次の会報の原稿の話に戻ってしまった。サークルは其の後も暫く活動を続けたのだが、彼女が就職活動の為サークル活動を縮小するという事になり、運営を他の方に譲る事になったのを機に僕も何となく活動を縮小していった。彼女とはあの時の一度しか会わず、活動縮小すると言った時に手紙をやり取りした後は連絡も付かなくなった。現運営に彼女の事を聞いたがやはり連絡が途絶えたとの事だった。


 数十年経った今も、あの時の事は……曖昧な部分も多いが思い出せる。あの当時と酒に対する強さは其処迄変わっていないが、少なくとも僅か数パーセントの缶チューハイ一本程度で前後不覚になり人前でおう吐し、記憶が曖昧になる事は無くなった筈だ。

 今は彼女の顔すらも良く思い出せないが、今でも、何故、僕なんかと……と思う。言った通り容姿は並以下、肥満体形で喋りも覚束ない典型的なオタクだった僕と……。

 多分に誰でも、良かったのだ。じゃなければ僅か一年程の付き合いの僕なんかに、初めてを……あれからも失敗だらけの人生だが、もし彼女と其の侭、付き合う……とまでいかずとも未だに会えていたのなら、僕の何かが変わっていたのは確かだろうな。僕如きが彼女の人生を少しでも善き方に変える事が出来たとは思えないけれど。

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