第13話

『いいこと教えてあげるわね。ハジメテは特別だから、特別好きな相手とじゃないとヤったら駄目。特別好きな相手だったら、すんごい気持ち良くなれるから』


別れ際貰った伊夜のアドバイスが週明けになっても耳から離れない。


そんな事言われたって、これまでの人生で、死ぬほど誰かに焦がれたことがないのだから、その気持ちが分からない。


学生時代は、同級生たちが異性とのやり取りに赤くなったり固まったりするのをずっと眺めるだけだった。


中には優しいな、もう少し話したいな、と思える相手もいたけれど、真緒の家がある学区は、陰陽師とその関係者が大勢住んでいて、殆どの子供が同じ学区の学校に通っていたので、真緒の波乱万丈な幼年期のすべては筒抜け状態だったので、どこかみんな他人行儀だった。


あーこの子が例の、勘解由小路の子なんだぁ。


昔の栄光どこって感じだよね?ほんとに神童だったの?


ママが昔貰った護符の加護が尋常じゃなかったって言ってたけど、今がアレじゃねぇ・・・


そんな声を聞くことも少なくなくて、だから余計自分から他人との距離を置いていたようにも思う。


離れた場所で繰り広げられる青春活劇に、漫画みたいにキラキラは出ないのか、なんて感想を抱きながら、傍観者を決め込んでいる間に思春期は終わってしまった。


だからこそ、人一倍恋愛への憧れは強くて、けれど叶わないこともどこかで知っていたから、仕事を見つけた時は嬉しかった。


全力で打ち込めるものが出来れば、寂しさは埋められるから。


人は、どんな風に人生の伴侶を探して、知り合って、結ばれるのだろう。


必要なやりとりをすっ飛ばして始まった名ばかりの新婚生活に、いきなり超ど級の愛情をぶっ困れても、どうしていいかわからない。


こういうものは、少しずつ育まれるものではないのか?


少なくとも真緒の読んでいる漫画や小説ではそうだ。


どんなに運命を感じても、いきなり突撃してくるヒーローはいない。


相手をリサーチして、少しずつ距離を縮める過程が、恋愛のだいご味ではないか。


ああそうだった、もう結婚してるんだ、私。


左手の薬指の指輪。


契約履行の証拠のように思っていたこれに、急に別の意味合いが含まれるなんて。


もんもんと考え込む真緒の耳に、玄関ドアが開く音が聞こえてくる。


けれど、もう慌てることはなかった。


最近はこれがデフォルトになりつつあるのだ。


「ただいま。真緒、今週末の予定は?」


いつもより5秒ほど早くリビングに飛び込んできた龍詠からの質問に、ソファーから返事を返す。


「・・・おかえり。今日は早かったのね」


時刻は22時すぎで、先に入浴を済ませてしまったが、パジャマ姿ではない。


龍詠からの視線に耐えられなかったからだ。


眠る前にパジャマに着替えることにして、いまは急遽調達した脱ぎ着しやすいロング丈のルームワンピースを着ている。


当然髪も下ろしたままだ。


お風呂上りにまた洋服を着るのも変だし、意識しているとも思われたくない。


あくまで身だしなみの一環、ということにしておく。


「お前が部屋に戻るまでに会いたくて、急いで戻った。夜中に呼び出しが入るかもしれないから、起きた時居なくても心配すんなよ。今日はパジャマじゃないんだ・・・この服見たことないな?足が見えねぇけど、可愛い」


「足は見せません。また出るの?」


「家では見せてもいいだろ。外では困るけど・・・今のところ7割出る予定」


「足の論争は終わんないからやめよう。え、お風呂どうすんの?お湯張ったままなんだけど」


龍詠が帰宅する日が増えてから、湯船のお湯を残しておく癖がついた。


沸かし直すのは勿体ないし、身体のためにも出来るだけ湯船につかって貰いたいからだ。


「・・・は、入るよ。当然だろ」


毎回微妙にどもるのはなんでなのか。


もしかして家族っぽいやり取りに照れているのだろうか。


だとしたら、真緒に負けず劣らず龍詠だってなかなかの恋愛初心者ではないか。


「なら良かった。で、なんだっけ、今週末の予定だっけ?」


「ああ、うん」


心なしか顔を赤くした龍詠が、ちらちらとバスルームのほうに視線を向けながらおざなりに返事をする。


疲れすぎていてすぐにでも入浴したいのかもしれない。


「美容室行くつもりなの」


「え!?」


「毎月毛先のカットとトリートメントに行ってるの。これでも一応手を掛けてるのよ」


「ああ、うん。そっか。真緒の髪はいつも綺麗だもんな。美容室の後、飯食いに行こう。店まで迎えに行く」


あまりに自然な誘い文句に頷きかけて慌てて留まる。


「へ?ご飯?」


「昼休みはゆっくりできないだろ?」


休憩時間は1時間だが、ランチの後は化粧直しもしなくてはならないし、何より食堂は落ち着かない。


「ああ・・・うん。まあ。はい、わかった。お店の場所」


何となくご飯かな?と思っていたので、デートと言われなかったことにホッとしつつ頷けば。


「ああ、知ってるからいい」


「え、なんで?」


龍詠は真緒の美容室なんて知らないはずだ。


だってそんな会話一度もしたことないから。


「え?あー・・・前にDM届いてるの見たから?たしか、スフィアビルの2階だろ?」


「うん。そう。よく覚えてるね。店の前駐禁だから気を付けて」


「わかった。あ、じゃあ、俺風呂入るから」


妙にソワソワしながら、龍詠がリビングのドアを開ける。


「うん。いま上がったところだから、追い炊きは必要ないと思う」


真緒の言葉を聞いた途端、急に真顔になった彼が足早にバスルームへ消えて行った。


「入るならちゃんとあったまって!」


先日真緒の後に入浴した龍詠が、ものの10分で上がって来て、それはお風呂に入ったとは言いません、と本気で返したことがあった。


普段シャワー派らしい彼は、湯船に浸かる習慣がないらしくて、長湯出来ないと話していたが、たしかに耳まで真っ赤だったので、設定温度も低めにしておいた。


今日は逆上せないことを祈るばかりである。

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