第12話

「明日何してる?って・・・・・・彼氏かっっ!!!」


大口を開けて豪快に笑った倉橋伊夜が涙目でビールジョッキをテーブルに乗せた。


美人はゲラゲラお腹抱えて笑っても絵になるからずるい。


真緒の週末の過ごし方は、結婚前も今も変わっていない。


土日どちらかで家事を済ませて、予定が合えば早めの時間から伊夜を誘って飲みに行く。


一人、また一人と独身の女友達が減っていく中で、気兼ねなく誘える友人兼同僚は本当に貴重なのだ。


伊夜の場合は親の勧めでお見合い結婚して、その後家の都合で離婚したバツイチなのだが、それすらも彼女の魅力になっていて、今もひっきりなしにお誘いがかかっている。


無理に再婚したくない伊夜と、結婚したけれど独身時代と何ら変わらない生活を続けている真緒の休日は、数年前からずっとこんな感じだ。


今日も14時に駅前で待ち合わせして、足つぼマッサージに行った後、こうして大衆居酒屋でグラスを合わせている。


昨日届いたメッセージに気づいたのは仕事が終わった後のこと。


どういう意図があって送られたのか分からずにさんざん悩んで、20時前に、伊夜と出かけることを伝えた。


何を言われたわけでもないのに、今日龍詠が戻って来たらどうしようとうんうん悩んで、ベッドでゴロゴロしているうちに眠ってしまい、気づいた時には朝方の4時で、龍詠は帰宅していなかった。


届いていた返信は、至極あっさりしたもので、そっか、分かった。とだけ書かれたメッセージは、それ以上の情報を真緒にくれない。


「ごめんごめん。彼氏じゃなくて旦那様だったわね。あーおっかしい」


本気で涙目になっている伊夜に、苦笑いを返すしかない。


「まさかここまで何もなかったとは」


「うっ」


「なんで教えてくれなかったのよーこの裏切り者ぉ」


「うっ・・・その件はほんっとごめんってば・・・」


伊夜は間違いなく真緒の大切な親友だが、職場の同僚でもあり、彼女の生家である倉橋家は幸徳井の側近である有栖川の縁続きで、主要派閥同様に何人もの身内が養成機関アカデミーで働いでいる。


いつどこで誰の耳に入るかわからないのに、私たち契約夫婦なんです、とはどうしても言えなかった。


家人を守るために護衛が付けられるのは普通のことで、それは、人間だったり、人間じゃなかったりする。


真緒も力を使えた子供の頃は、祖母が長年側に置いていた言葉を話さない鏡の式神を付けて貰っていた。


陰陽師ではなくなった瞬間から、気配を感じなくなったので祖母のところに戻ったのだろう。


龍詠が真緒に護衛をつけるであろうことも予想出来ていたし、同じように勘解由小路からも誰かが偵察を向かわせる可能性を考えて、なおさら慎重になっていた。


今となってはもう後の祭りである。


万一この会話がどこかの間諜から勘解由小路と西園寺に入ったとしても、龍詠は開き直ってこう答えるだろうから。


始まりこそ契約夫婦だったが、いまは愛し愛される本物の夫婦だ、と。


こういう想像が安易に出来てしまうところがもう、いい具合に絆されている証拠だ。


「うん、でも気持ちは分かる。西園寺と勘解由小路の結婚は、業界が揺れたからね、しかも養成機関アカデミー絡みだしねぇ・・・でもそっかー・・・チューはおろか、手も繋いでなかったかー」


「きゃーっ言わないでよっ!!!・・・あ、す、すみませ」


ここが店内だということを思い出して慌てて立ち上がって頭を下げる。


結構な音量でBGMが流れているし、店も繁盛しているのでにぎやかだが、それでも大声は大声だ。


「騒がしくしてすみませーん!」


一緒に立ち上がった伊夜が、にこやかに微笑んでぐるりと店内に顔を向ければ、一斉に好意的な眼差しが返って来てホッとする。


美人に優しくしたくなるのは全国共通である。


伊夜が読唇術使えたことを思い出して、先日のフロアでの一幕を思い出す。


あの時の小さな龍詠のつぶやきを、遠目にはっきりと読み取るなんて、一流も超一流である。


「それにしても、とんだ白い結婚ねぇ。まあ、もう龍詠さんにそのつもりはないみたいだけど」


「うっ、やっぱりそうだよね、そうなんだよねぇ・・・」


恋愛経験はなくても、彼が物干しそうな視線を向けてくる意味くらい理解できる。


「真緒を見つめる視線がどろっどろに甘いもんねぇ。視界に他の男は入れたくないって顔に書いてある。早く自分だけのものにしたくてしょうがないって感じ。ほんっと情熱的だわあの人」


「知らないし知りたくなかったわよ」


確かに人並みに幸せな家庭を築きたいと思ったが、それはこんな劇場型熱愛ではない。


レモンハイボールをぐびぐび飲んで、行儀悪く頬杖を突く。


「いいじゃない。改めて新婚ってなんかドキドキしない?」


「・・・・・・初心者には荷が重いのよ」


あんな風に見つめられても返せる術がないのだ。


真緒の言葉に伊夜がきょとんとなってそれから視線を天井に向ける。


たっぷり30秒ほど黙り込んでから、口を開いた。


「・・・・・・・・・・・・え、そなの?」


「あのね、世の中の女性がみんな伊夜みたいに甘酸っぱくて華やかな青春時代を謳歌してるわけじゃないの!!凡人舐めんなぁ!!」


見た目も平凡で、あんなにほめそやされた陰陽師としての資質も全部失くしてしまった真緒を見つけてくれる人なんて、一人もいなかった。


自分で言って虚しくなる。


「うー・・・ごめん。酔ってる。八つ当たり。美人好きよ。伊夜も大好き。暴言だった。許して」


自分には無いからと言って、片っ端から弾いたり拒んでいたら、そのうち誰もいなくなってしまう。


何もかも持っていた自分だから、世界が自分の味方だと信じられるあの時の気持ちも、十分すぎるくらい理解できるし、その世界に背中を向けられた時の絶望も、理解できる。


だから、投げだすのは駄目だ。


グラスを持ち上げて、改めてごめんね、と口にすれば。


「別に気にしてないわよ。だって私美人だもん。美人な私好きだしー。真緒だって可愛いわよ。ほら、素敵な私たちにカンパーイ!!」


あっけらかんと笑った伊夜が、軽やかに告げてグラスを合わせて来た。

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