第18話

 源之進は「そうか」と一言応じて、茶碗を受け取ると注がれた酒を一気に飲み干した。

 続けて、遠野は格三郎にも酒の入った茶碗を差し出した。

 格三郎はそれを受け取ったが、口をつけることなく手で持ったまま俯いている。

「弔い酒だ。格三郎殿も口をつけられよ」

 格三郎は小さく頷いて、茶碗を持ちあげたものの口先で手を止め、それを畳の上に置いた格三郎の顔には無念さが滲んでいた。

「一時期は回復の兆しもあったようですが、気病みが重かったようです。結局、右近の行方はわからず仕舞い、私がちゃんと捕えてさえいれば、或いは……」

 云い淀んだ格三郎を見て、源之進は怒りを押し殺した声を出した。

「格三郎、お前が悪いわけではない。悪いのはこの私だ。迂闊にも右近にまんまと欺かれ、倉田殿を下手人と勘違いした挙句にこの様だ」

 源之進は己が右腕を押さえた。

 刀傷は癒えても、源之進の悔恨は薄まるどころか益々強くなる一方であった。だが、稽古をする気には到底ならなかった。

 そんな源之進の思いを知ってか知らずか、遠野がさらりと言ってのけた。

「怪我はとっくに癒えているというのに、如何して稽古に行かぬのだ。お前がおらぬと、皆が稽古に身が入らず困っておると道場長が嘆いておったぞ」

 仏頂面で黙り込んだままの源之進を見かねて、格三郎が口を開いた。

「そう急がずともよろしいのではないのですか。ゆるりと療養することが今の源之進には必要なのかもしれません」

「だが、いつまた右近が現れるやもしれぬ」

「これだけ捜して見つからないのです。それにせっかく逃げ果せたものを、手配された今になって、おめおめと出てくるでしょうか」

「奴は、源之進のことを痛く気に入った様子でした。それに源之進は、今際の刻みに倉田と約定を交わしたのです。次は右近を止めると。そうであろう、源之進」

 源之進は何も答えず、一升瓶を持ち上げて己の茶碗にあふれんばかりの酒を注ぐと一気にあおった。

 遠野は素知らぬ顔で、更に言葉を重ねた。

「ああ見えて奴は手強い。ただでさえ厄介な相手なのに、腕の鈍った源之進であれば今度こそ討たれてもおかしくない」

「それほどの相手なのですね」

 格三郎は身震いをした。

「剣術の腕は源之進が数段上でも、奴は身のこなしは、到底常人には見極めがつかない。この源之進が二度も斬られて、いつまでもいじけておるくらいだからな」

 源之進はぴくりと眉を上げて、遠野を睨みつけた。

「私がいじけておるだと。偉そうに、わかった風な口をきくな。お前に何がわかる。人の気も知らないで、この虚け者が」

「虚け者はお前だろう、源之進。臆病風に吹かれおって、情けない。お前から剣術を取ったら何が残るのだ。虚けも虚け、大虚け者め」

「何だと」

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