第17話
抗うように目を見開いた倉田だったが、すでに体を動かす力は残っていないらしい。
遠野にされるがままに身を横たえても、倉田は喋り続けた。
「子がない私にとって右近は息子も同然。不憫さ故に情けをかけたが、間違いであった。先代を殺めた咎ですぐに右近を番屋につきだしていれば、少なくとも右近は悪事を重ねずにすんだものを……私の愚かさが罪を誘い、多くの人を地獄へ突き堕としたのだ」
倉田は苦痛に顔を歪めた。
それは源之進とて同じ思いであった。
源之進は右近を討つことはおろか、捕えることもできなかった。
姿を晦ませた右近がまた人を殺めることあらば、それは己のせいだと自責の念に苦しんでいた。
源之進でさえそうなのだから、倉田の苦しみは想像し難い。
「倉田殿……」
源之進は言い淀んで、唇を噛み締めた。
倉田は絞り出すように云った。
「私は迷いを断ち切るべきだった。この手で右近を斬らねばならなかったのだ」
それでも倉田には斬れなかったのであるまいかと、源之進は胸の内で考えていた。
ならば、源之進が右近を斬らねばならなかったのだ。捕えねばならなかったのだ。
倉田にしてみれば、右近を野に放ったままでは死んでも死にきれぬのだろう。
「この朝倉源之進、次は必ず右近を止めてみせます」
源之進の言葉に、倉田は微かな笑みを浮かべたように見えた。
倉田の荒い息遣いが、穏やかな寝息に変わるまで見届けると、二人は倉田宅にそっと暇を告げた。
三日後の夕刻、遠野がまた源之進を訪ねてきた。
今回はひとりではなく、格三郎を伴っている。
源之進は小さな蝋燭を灯しただけの薄闇でごろりと横になったまま、ぼんやりとしていた。
それを見ると、遠野は行燈に火を入れながら、大声を出した。
「なんだ、まだいじけておるのか」
源之進は不快そうな顔をして、じろりと遠野を見やったが、遠野は気にする風もない。
「お前の好物を持ってきてやったぞ、一杯やるか」
勧めもしないのに源之助の前に胡坐をかいた遠野は、格三郎に手招きをした。
「さあ、格三郎殿も遠慮なく、こちらへ」
まるで自分がこの屋敷の主であるかのような遠野の振る舞いに、格三郎は困惑した表情で源之進を見返したが、それでも「では、邪魔させてもらおう」と応じて、遠野の隣に腰をおろした。
源之進は苛立ったように横を向いた。
「酒なんぞ飲む気分ではない、帰れ」
だが、遠野は立ち上がるどころか、己が懐から何故か大ぶりの茶碗を三つ取り出した。
「茶碗まで用意してきたのですか。しかし何故、茶碗なのです」
格三郎が呆れると、遠野はわずかに笑みを浮かべて「杯では小さすぎます」と云いながら、持ってきた酒をなみなみと注いで源之進に差し出した。
源之進が怒りを込めた視線を投げると、その視線を受けとめて、遠野は淡々と云った。
「倉田殿が身罷った」
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